第60話「聖騎士の加入」
聖女巡礼団がシリウス大聖堂から発つことをことを決めてから二日が経過していた。ソフィは再びカサンドラに呼ばれて、彼女の部屋に訪れていた。
部屋に入るとカサンドラの他に短い金髪の女の子が立っており、入ってきたソフィに対して聖騎士団式の敬礼をする。髪のせいか雰囲気が随分変わっていたが、ソフィはその顔に見覚えがあった。
「フィアナさん、どうしてここに? その髪はどうしたの?」
ソフィが不思議に思ったのは短くなった髪のこともあったが、彼女がフォレストに駐在している聖騎士の一人で、シリウス大聖堂は管轄外のはずだからである。
「はっ! この度、大司教猊下の専属護衛としての任を受けました。髪は旅をするのに邪魔だと思い切りました。よろしくお願いします」
「彼女は若いが、小隊長に抜擢されるほど剣術の腕も確かだし、護衛にはぴったりだろう。それにフォレストの件で知己だと聞いているぞ」
旅の途中で多少緩和されたとは言え、堅物聖騎士である彼女を連れていくのは少し気が引けたが、下手に男性騎士を護衛に付けられても困るし、髪を切ってまでやる気を見せている彼女を拒絶することなど、ソフィには出来なかった。
「わかりました。フィアナさん、よろしくお願いしますね」
「はっ、命に代えましても猊下をお守りすることを誓いますっ!」
こうして護衛として聖騎士フィアナが、聖女巡礼団に加わることになったのだった。
◇◇◆◇◇
翌日、聖女巡礼団がサイトゥの町に向けて出発するため、正門では彼女たちを見送ろうと、カサンドラをはじめ多くの神官たちと、さらに多くの信者たちなどが集まっていた。
帝都を出発する時は夜逃げ同然だったことを考えれば、シリウス大聖堂からの出発は華々しくも暖かいものだった。応援する声や別れを惜しむ声などが掛けられ、ソフィたちはそれに手を振りながら大階段を下り始める。
シリウス大聖堂ではソフィたちも通常の神官服を着ていたが、今はいつのもの動きやすい服に着替えている。今回から同行することになったフィアナは、以前の金属製の聖騎士の鎧ではなく、徒歩の旅に適したレザー装備に外套を羽織った姿である。
二時間ほど掛けて長い大階段を下り終えると、早速南西に向けて進もうとするマリアをフィアナが止めた。
「シスター、そちらはフォレスト方面です。サイトゥは逆ですよ?」
「えっ? 本当? おかしいな~」
マリアは首を傾げながら、反転してフィアナの言う通り北東に向かって歩き始めた。そんな二人のやり取りを見て、イサラはクスッと笑って呟く。
「これは楽ができるかもしれませんね」
マリアは歩きながらフィアナの方を向くと、何かを思い出したように声をかける。
「そう言えば、わたしのことはマリアでいいよ~。一緒に旅をするんだし、シスターって呼ばれるとイサラ司祭を思い出して、なんか嫌なんだよっ!」
「シスターマリア、聞こえてますよっ!」
後ろから飛んできた叱責に、マリアは舌を出しておどけてみせる。初めての大任に少し緊張していたフィアナは、そのマリアの態度に少し肩の力を抜いた様子だった。
「わかった、じゃ私のこともフィーと呼んでください」
「うん、よろしくね。フィー!」
そんな二人を見守りながら、ソフィは嬉しそうに微笑んでいた。
◇◇◆◇◇
シリウス大聖堂を出発した聖女巡礼団はフィアナの先導で順調に進み、四日ほどでサイトゥの町がある雪山の麓まで来ていた。この雪山の中腹に目的地であるサイトゥの町があるらしい。
その麓にある村で宿を取った一行は、一階の酒場でテーブルを囲んで食事を取っていた。食事と言ってもジャガイモをふかしたものとパン、そして温めたワインだけである。このワインはアルコールは飛ばしてあるので、マリアでも飲むことができた。
しかし肉がないことにマリアとレオは納得できないようで、ブーブーと不平を言っている。そんなマリアにフィアナが窘めるように言う。
「マリア、肉が無いぐらいで文句を言わないの。騎士団の食事なんてもっと酷かったんだから」
「あ~……確かにアレは酷かった。味が殆どしなかったし!」
マリアもフォレストの街で留守番をした時に食べたことがあったが、清貧を重んじる傾向のため食事はとても質素な内容だったのだ。マリアはそれで説き伏せられていたが、レオはイサラの足にすり寄って、テーブルの下でこっそりと干し肉を分けて貰っていた。
「そう言えば、サイトゥはどんな町なんだろう?」
カサンドラの依頼を二つ返事で受けたソフィは、サイトゥの町に関しての情報をよく知らなかった。いつもならイサラが答えてくれるが、さすがに最果ての地には行ったことがないらしく、代わりにフィアナが答えてくれた。
「サイトゥは鉱山の町ですよ、ソフィ様。質のいい銀が採れると聞いています」
名前や愛称で呼びあうフィアナとマリアを羨ましく思ったソフィは、自分のこともソフィと呼ぶようにフィアナに頼んだ。最初は難色を示したが、最終的には「ソフィ様」と呼ばれるようになっており、ソフィも彼女のことを「フィアナちゃん」と呼ぶようになっていた。
フィアナの話では、サイトゥは銀を採掘してフォレストのような大都市に卸しており、色々の地方から出稼ぎにくるほど賑わっている町だということだった。鉱山の仕事はキツく負傷や死亡率も高いため、教会も聖堂を建てて治療や鎮魂などを請け負っているらしい。
「治癒術士がたくさん必要ってことは、落盤事故でもあったのかな? フィアナちゃんは何か聞いてる?」
「いいえ、私も聖堂長からは何も……詳しい話は現地で聞いてくれとのことでした」
フィアナは済まなそうに頭を下げていたが、ソフィは首を横に小さく振って答える。
「ううん、私も聞いてなかったから」
そんな話をしていると、酒場の店主が声を掛けてきた。
「アンタら、ひょっとしてサイトゥに行くつもりかい?」
「えぇ治癒術士が必要だと聞いて支援に」
その答えに店主は首を横に振りながら、やや重い口調で話し始めた。
「やめておけ、あんなところ命がいくらあっても足りないぜ」
「どういうことですか?」
ソフィが首を傾げながら尋ねると、店主はそのまま話を続けた。
「いま、あの町は奇病が流行ってるって話だ。大勢死んでるってよ」
「奇病ですか?」
「あぁ、何でも身体が徐々に石に変っちまうんだってよ」
その話を聞いて、ソフィは驚いた表情を浮かべた。そんな奇病は聞いたことがなかったからである。博識なイサラも知らなかったのか、詳しい話を聞こうとその店主に問い返す。
「石にですか……一体どんな病気なんですか?」
「俺も詳しいことはしらねぇよ、逃げてきた連中の話じゃ手足から徐々に石のようになるって話だぜ」
店主はそこまで言うと、最後に「忠告はしたからな」と告げてテーブルから離れていった。一行は顔を見合わせながら眉を額に寄せていた。
「流行り病でしょうか?」
「そのような病気は聞いたことがありませんが……」
ソフィとイサラが首を傾げていると、フィアナが正義感に燃えた瞳で提案してくる。
「伝染病かもしれません。まず私が様子を見にいきます。ソフィ様たちはこちらでお待ちください。戻らなければシリウス大聖堂に戻ってアルカディア聖堂長に指示を仰いでください」
「フィーが行くならわたしも行く~」
マリアも一緒になって手を上げたが、ソフィは神妙な顔で首を横に振る。
「二人で行かせられるわけがないでしょ。行くなら私が……」
「それこそダメですよ、猊下」
ソフィの提案は即座にイサラに止められてしまった。彼女からすれば永続回復がある自分なら、どんな状況でも大丈夫という自信があったのだが、イサラたちの立場ではソフィだけを送り込むことなどできなかった。
その後いくつか案が出されたが、結局誰一人譲る気配がなかったため、翌朝全員で向かうことに決まったのだった。




