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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
北方暗躍編
57/130

第57話「聖堂長」

 老齢の司祭に案内されて磨きあげられた石の床を進むと、巨大な礼拝所に辿り着いた。歴史を感じる重厚感のある部屋で、一番奥には巨大な女神像が鎮座している。その女神像の前では神官たちが静かに祈りを捧げていた。


「わぁ、大きな神像ですね」


 ソフィが感嘆の声をあげると、道案内をしていた老齢の司祭は満面の笑みを浮かべて自慢げに語り始めた。


「フォフォフォ、立派でしょう? この国で一番大きな神像ですからなぁ。帝都のアルカディア大聖堂にも負けておりますまい」


 確かにこの老司祭の言う通り、ソフィたちがいたアルカディア大聖堂にも立派な神像はあったが、これほど巨大な物はなかった。もっとも帝都の一等地にある大聖堂なので、山奥にあるシリウス大聖堂ほど広大な土地が使えなかったという事情もある。


 しかしそれを大司教であり、アルカディア大聖堂の最高位の神官でもあるソフィの前で、口にしてしまうのは明らかな失言だった。老司祭もすぐにそれに気が付いたようで、慌てた様子で深々と頭を下げた。


「も、申し訳ありません、猊下。失礼を申しましたっ!」

「いいえ、気になさらないでください。自分が所属する聖堂を愛することは良いことですよ」


 彼女は元々あまり虚栄心がないため、元々神像の大小など気にしておらず、信仰心があれば神像すらなくてもいいと思っている節がある。多くの巡礼者が旅をする際に小さな神像を持ち歩くのに対して、ソフィは一切持ってないことからもそれは窺えていた。


 ソフィは優しく微笑みながら、彼の肩に軽く手を添えて顔を上げさせる。顔を上げた老司祭がソフィの笑顔を見ると、そこに女神の姿を見たのか恍惚した表情で呟く。


「おぉ、女神さま……」

「さぁ叔母様に会いにいきましょう」


 ソフィはそう言いながら、再び彼の肩に触れて立たせるのだった。



◇◇◆◇◇



 聖堂の脇を通り長い通路を進むと、立派な門構えの部屋の前まで来た。そこで老司祭がノックをして部屋の中に声を掛ける。


「聖堂長、大司教猊下が到着なさいました」


 中からガタッと物音が聞こえると、続いて扉に向かって近付いてくる足音が聞こえてきた。そしてバンッと大きな音と共に扉が開け放たれた。


挿絵(By みてみん)


 現れたのは豪華な紺色の司祭服に身を包んだ中年女性で、ソフィと同じく長い金髪を編み上げて前に垂らしている。瞳は左右で色が違い右目は碧眼、左目はソフィと同じく金色に輝いていた。その女性は扉の前に立っていたソフィたちの顔を、睨むように見つめるとソフィのところで視線を止めた。


「貴女がソフィーティアね!? お姉様そっくり! 会いたかったわっ!」

「うぷっ!?」


 その女性は顔がパァと明るくなると、そのままソフィを抱きしめた。豊満な胸を押し付けられてソフィはジタバタと暴れている。イサラは呆れた様子で首を横に振ると、ソフィを抱きしめている女性を窘めた。


「アルカディア聖堂長、猊下が嫌がっておりますのでそろそろ……」


 この女性こそがソフィの叔母で、このシリウス大聖堂の聖堂長を務めるカサンドラ・エス・アルカディアである。カサンドラはイサラのほうを向くと眉を顰めて反論する。


「あら、お父様に付いていたイサラじゃない? 私のソフィが嫌がるわけが……」

「もがもが……」


 自分の胸の中でもがいていたソフィに気が付くと、カサンドラは慌てた様子でソフィを自分から離した。


「あぁ、ごめんなさい。大丈夫、ソフィ?」

「は……はい、大丈夫です」


 ソフィは弱った顔をしたあと、体裁を整えて丁寧にお辞儀をする。


「お久しぶりです、叔母様」

「そんな他人行儀に呼ばれると寂しいわ。私のことは気軽にドラちゃんと呼んでもいいのよ?」

「さすがにそれは……」

「歳と立場を考えてくださいよ、ドラちゃん様」


 ソフィがさすがに難色を示すと、イサラは馬鹿にした様子で窘める。カサンドラは眉を顰めると首を横に振る。


「貴女に呼ばれたくないわ、イサラ。まぁいいでしょう。とりあえず立ち話も何だから入りなさい。オリズン司祭、しばらく人払いを」

「はい、わかりました」


 先ほどの老司祭はオリズンと名前らしく、返事をするとお辞儀をして先ほど通ってきた道を帰っていった。そしてカサンドラに招かれたソフィたちは、彼女の部屋に入っていくのだった。



◇◇◆◇◇



 彼女の部屋を見たソフィは少し驚いた顔をした。まず目に入ったのが机で、その上には書類の山が積まれていた。しかし、それ以外の場所は綺麗に整頓されており、どこか仕事熱心だった祖父の部屋を思い出したのだ。


 カサンドラにソファを勧められたソフィたちは、荷物を降ろして腰を下ろした。カサンドラは棚から金色の液体が入った瓶を取り出すと、首を傾げて訪ねてきた。


「貴女たち、飲めるわよね?」

「はい、少しなら……でもマリアちゃんは違うもので」


 カサンドラはチラリとマリアを一瞥すると、その容姿に納得したように頷く。マリアは抗議の視線を送っていたが、イサラの鋭い視線に気が付いて肩を竦めていた。


 カサンドラはソフィたちの対面に座って、グラスを彼女たちの前に置く。ソフィとイサラは金色に輝く飲み物、マリアは果実で味付けされた飲み物だった。


「貴女の噂は聞いていたわ、大変だったわね。本当は帝都を追われた時点で、すぐにでも駆け付けたかったのだけど立場上難しくてね」


 聖堂長とは単純に聖堂を治めている者のことを指す役職ではなく、各地の司教を取りまとめるのが仕事になる。権威的には公爵と同等程度であり、カサンドラは帝国内の北部を統括している。


 その当時のことを思い出したのか、カサンドラは歯軋りしながら吐いて捨てるように言う。


「ノイスのハゲ野郎めっ! 小物のくせに、私の可愛いソフィを追放するとは本当にいい度胸だ! アルカディア家を敵に回したらどうなるか、近いうちに教えないといけないようねっ!」


 アルカディア家は帝都のアルカディア大聖堂の名前になるほど、多くの大司教を輩出した家で初代聖女である始まりの神子も、アルカディア家所縁の者だと言われている。


 そんなカサンドラの激高をイサラは呆れた様子で聞いていたが、マリアはあまりの殺気にガタガタと震えている。その隙にレオはマリアのグラスに鼻を突っ込んで、彼女の飲み物を勝手に舐めていた。急に怒り出した叔母を、ソフィは慌てた様子で窘めていく。


「叔母様、落ち着いてください。私はそんなに気にしてませんから」


 ソフィとしては、正直大司教として帝都で鳥籠の中にいるような生活をしているより、イサラやマリアたちとの旅のほうが楽しかったのだ。


「そもそも、なぜ叔母様が大司教にならなかったんですか?」


 ソフィは話が出たついでに、ずっと思っていた疑問を口にしてみた。先代大司教が崩御した際、通常であれば聖堂長が次の大司教を務めるのが一般的だった。しかしソフィの祖父でカサンドラの父であるカトラス・エス・アルカディアは、なぜか役職についていないソフィを指名したのだ。


 その質問にカサンドラは微かに笑うと、自身の左目を手で押さえて青い右目だけでソフィを見つめる。ソフィは金色の瞳でそれをジッと見ていた。


「二番目に大きな理由はこの瞳よ。真実の瞳が両眼の貴女を差し置いて私がなれないわ」

「それが二番目の理由ですか? ……では一番目の理由は?」


 ソフィが首を傾げながら訪ねると、カサンドラは肩を竦めておどけた様子で答えた。


「もちろん面倒だったからよ。本当なら聖堂長だって嫌だったのに、お父様がどうしてもって頼むから、仕方がなく勤めているんだもの」


 その答えにソフィは驚いた状態で固まっていたが、イサラは呆れた様子でため息をつく。


「本当に変わっていませんね、アルカディア聖堂長は」

「それは貴女もでしょう、イサラ。貴女がソフィの教育係なんですって? 私の可愛いソフィが、悪い子になってしまったらどうしましょう」


 カサンドラがわざとらしくおどけて言うと、イサラはさらに呆れた様子をみせた。ソフィはニッコリと微笑むと首を横に振って答える。


「先生は、とても良い先生ですよ」


 その笑顔に毒気を抜かれたのか、カサンドラもイサラもそれ以上は何も言えなかった。


 その後はソフィたちの旅の話で盛り上がっていると、どこからか鐘の音が聞こえてくる。カサンドラはチラリと時計を見て驚いた表情を浮かべる。


「あら、もうこんな時間なのね。食事の時間だわ、食堂に向かいましょう」


 そう言いながら立ち上がると、ソフィたちも一緒に立ち上がり荷物を背負おうとする。それを見たカサンドラは首を横に振る。


「その大荷物では大変でしょう。後で部屋に運ばせるから、そこに置いておきなさい」

「わーい」


 マリアは喜んで荷物を置きイサラもその上に肩掛けカバンを置いたが、ソフィだけは肩掛けカバンを持ったままだった。カサンドラは首を傾げたがソフィがカバンをコツンと叩くと、鳴り響いた金属音で納得したように頷いた。


「なるほど、肌身離さずってわけね。まぁここには泥棒はいないけど、それで安心ならそうなさい」


 ソフィは頷くと、カサンドラたちと共に食堂に向かうのだった。

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