第55話「北の若獅子」
突然ざわめき始めた部下たちに向かって、バーツ隊長が苛立った様子で叫ぶ。
「どうしたぁ!?」
「騎兵だっ! フォレストの騎士が十騎ほど向かってきてる!」
その報告を受けたバーツ隊長は、顔を歪めながらソフィたちを睨み付けた。城の強固な防壁に気を取られて引き際を見誤ったのだ。ソフィが狙っていたのは、まさにこの展開だった。
バーツ隊長はギリギリと歯軋りをすると、悔しさを隠すように部下に向かって叱咤した。
「迎え撃て! 騎士って言っても相手は十人やそこらだ、ビビッてんじゃねぇぞっ!」
「おぉぉぉ!」
バーツ隊長の号令で傭兵たちは雄叫びを上げると、フォレストから向かってくる敵に対して馬を向けた。しかし、向かってくる騎兵の先頭を駆る白馬の人物を目視した傭兵が怯えた様子で
「や、奴だっ! 北の若獅……っ!?」
と叫ぼうとした男は通りすぎ様に首を刎ねられて、最後まで口にすることが出来なかった。その白馬の青年を睨みつけてバーツ隊長は、苦々しい顔で吐き捨てるように言う。
「北の若獅子……アルバート・フォン・フォレストかっ!」
白馬に乗ったアルバートは、手にした騎士剣の切っ先を傭兵たちに突きつけると告げた。
「貴様らが何者かは知らんが、我が友と妹は返してもらうぞっ!」
「お、お兄様っ!?」
レーティアは城の防壁の中で、突然現われた兄の姿に驚いていた。傭兵たちも突然現われた大物に武器を持つ手に力が入る。傭兵たちの意識がアルバートに向いていた瞬間、遅れていた騎士たちが突撃してきた。意識外からの突撃に、傭兵たちは対応できず簡単に蹴散らされてしまう。
「うわっ」
「ぎゃぁぁ」
そのまま乱戦に持ち込んだ騎士たちは、勢いに任せて次々と傭兵を討ち倒していく。その騎士の一人の背中に張り付いていたマリアとレオは、飛び降りるとソフィの元に駆け寄ってきた。
「聖女さま~騎士さんたちに途中で拾って貰いました~」
「マリアちゃん、レーティア様をお願い! レオ君も」
「がぅ!」
ソフィが城を解除すると、マリアはレーティアの手を握って戦場から離れていく。ソフィは彼女たちを庇うように立つと戦場を見回した。アルバートとバーツ隊長が一騎打ちをしており、若干ながらアルバートが優勢に見える。
その周りではフォレストの騎士たちが、混乱を脱しつつある傭兵たちに囲まれながら戦っていた。最初の突撃は虚を突いたため優勢だったが、今は明らかに数で劣る騎士たちが押され始めていたのだ。
「へへへ、騎士どもめ! 調子に乗ってんじゃねぇーぞ!」
「くっ!」
じわじわと包囲を狭めていく傭兵たちに、騎士たちは盾を構えて追い詰められていく。機動力を奪われた騎兵など、並みの傭兵たちと大差はないのだ。その状況に傭兵たちは勝利を確信して、月並みなセリフを言いながらニヤついている。しかし彼らは一つ、大きな過ちを犯していた。
それはソフィの存在を忘れていたことである。ソフィは右の腰に拳を構えて重心を下げと、短く息を吐いて拳に力を込めた。
「モード:拳」
その言葉と共に全身から光が発せられた。その輝きに騎士たちを追い詰めていた傭兵たちも、何事かとソフィを見る。その瞬間右足で地面を蹴って間合いを潰すと、ソフィの右拳が手近にいた傭兵の腹に叩き込まれた。
まるで全力疾走している馬車に撥ねられたように吹き飛んだ男は、騎士たちを取り囲んでいた男たちを派手に巻き込んだ。
「なっ!?」
「ぐわっ!」
騎士たちはその一瞬の隙を見逃さず、攻勢に出ると一気に包囲が崩れ始めた。それを見ていたアルバートは嬉しそうに笑いながら
「はははっ! ソフィは凄いな、噂以上だ。これは私も負けてられない!」
と言って騎士剣を水平に構えた。対するバーツ隊長は、激高しながら先程と同じく剣を振り上げて構えている。
「若造が調子に乗りやがってぇ!」
そして、どちらかともなく馬を走らせて交差した。
まずバーツ隊長が炎の吹き荒れる剣を振り下ろしたが、アルバートは剣でそれを受ける。その剣と剣が触れた瞬間、そこを基点に突然大量の水蒸気が発生した。突然の出来事にバーツ隊長が驚いて剣を引くと、ガラ空きの脇腹にアルバートの横薙ぎが滑り込む。
しかし傷は浅かったようで、隊長は構わず再び剣を振り上げた。しかし、ペキペキという音と共に傷口から氷が広がっていく。
「なっ!?」
バーツ隊長は驚いた様子で目を見開くと、次の瞬間には馬ごとバーツ隊長を氷漬けになってしまったのだった。この効果は、氷騎剣と呼ばれるアルバートの剣によるものだった。
「さぁ、お前たちの隊長は討ち取ったぞ! 諦めて縛に就けっ!」
「た、隊長!? うわぁぁ逃げろぉ」
ソフィと騎士たちの活躍もあり、半数近くまで削られていた傭兵たちは逃走を始めた。騎士たちが追撃しようとしたが、アルバートがそれを止める。
「妹たちも無事だ、無理に追わなくてよいっ! 生きてる連中は縛り上げろ! 城に引き上げるぞ」
「はっ!」
こうして爆破事件に端を発したレーティア公女誘拐事件は、一応の幕を閉じたのである。
◇◇◆◇◇
五日後 ──
リント祭の期間中は、それ以上の騒動は起きなかった。あの事件も民衆には偶発的な爆発事故として認識されており、事故現場で献身的な治療に奔走した白き聖女の噂が広まっているだけだった。その結果シルフィート教へ信仰心と、寄付金が凄い勢いで集まったのだった。
その寄付金の一部はソフィとユル司教の話し合いにより、今回の事故における被害者への慰労金と、破壊してしまった建物の修繕費に使われることが決まった。
そんな中、ソフィたちは北のシリウス大聖堂に向かうため準備を終えて、挨拶のために公爵の城館を訪れていた。大きな応接室に通されたソフィたちは、ソファーに腰を掛けて待っている。
しばらくして、アルバートとレーティアが姿を現した。
「やぁソフィ、よく来てくれた。もう行ってしまうんだってね? 残念だよ」
「そろそろ行かないと叔母様が怒りそうなので……」
ソフィが苦笑いをすると、アルバートも心辺りがあるのか小さく首を振った。
「あぁ、アルカディア聖堂長か……私も彼女は怒らせたくはないな」
アルバートの後ろで大人しくしていたレーティアに、ソフィは微笑みながら語りかける。
「レーティア様もお元気で」
「はい、お義姉さまもお元気で、道中の安全をお祈りしておりますわ。必ずまた来てくださいねっ!」
上目遣いで懇願してくるレーティアに、ソフィは彼女の肩を優しく叩くとゆっくりと頷いた。
「必ず、また寄りますよ」
そのソフィの言葉に、レーティアは心底安心したように微笑む。そんな二人を見守っていたアルバートだったが、何かを思い出したように頷くと口を開いた。
「そう言えば、君も気になっているだろうから教えておこう。レーティアを攫おうとした例の犯人どもは『スヘドの炎』と呼ばれている傭兵団だった。名前の通り主にスヘド王国で活動しているらしい」
「スヘド王国ですか?」
ソフィは神妙な顔をすると、首を傾げて尋ね返す。
スヘド王国とは帝国の北に位置している王国で、数年前までは帝国と激しく戦っていた国である。その彼らがレーティアを誘拐するとなれば、金銭目的の誘拐ではなく何か思惑があることは間違いなかった。
「あぁ、どうやら私に恨みがある連中らしくてね。レーティアを攫えば、色々と利用価値があると思ったようだ」
北の護り手であるフォレスト公爵家を押さえることで、次の戦いを有利に進めようと考えたのか、捕虜になっているスヘド王国の重要人物との人質交換を狙ったのかはわからないが、傭兵たちは依頼を受けて誘拐を実行したらしかった。
しかし、どれだけ問い詰めても依頼者に関しては決して口にしなかったため、スヘド王国との関係だけは不明のままだった。
「君にもレーティアにも迷惑をかけたね。今回無事にレーティアを取り戻せたのはソフィのおかげだ。今後もし何か君が困ったことがあれば、いつでも私を頼ってくれ。必ず君の助けになると誓おう」
アルバートはそう言いながらソフィに握手を求めた。ソフィは微笑みながら握手を交わす。
「はい、ありがとうございます」
その後しばらく別れを惜しんだあと、ソフィたちはシリウス大聖堂に向かって出発ために城館を後にするのだった。




