第54話「森の中の戦い」
マリアと別れたソフィは超過強化を発動させて、さらにスピードを上げた。十分に引き絞られた弓から撃ち出された矢のように加速したソフィは、一筋の光を残しながら駆け抜けていく。少し走ると森の道に入り、左右を木々が流れるように過ぎていく。
そして、ついに二頭の馬に乗った男たちが見えてきた。平服を着ているが腰には剣を携えているし、体つきはしっかりしている。それに大きな麻袋が馬に括り付けられているのが見えた。
「見つけたっ!」
そのままさらに加速すると馬を抜き去り、ソフィは右足に力を込めて無理やりブレーキをかけた。物凄い勢いで土煙が巻きあがり、それに驚いた馬が後ろ足で立ち上がり、男たちは何とか手綱を操ってバランスを取っている。
「なっなんだ!?」
「わらかん、なにか光ってたぞ?」
男たちが様子を窺っていると、土煙の中から光り輝く聖女が姿を現した。驚いた男たちは即座に剣を抜く。ソフィは彼らを睨みながら告げる。
「レーティア様を返してください」
その声に反応したのか、馬に括り付けられた麻袋がジタバタと動いている。男たちは突如現れたソフィを、まるで化け物を見たかのような表情で睨み付けている。彼らは戦い慣れしているようで、身体強化の輝きをよく理解しているようだった。しかし目の前の少女が放っている超過強化の輝きが、彼らの常識を遥かに越えていたのだ。
「く……来るんじゃねぇ! こいつがどうなって……うげぁ!」
男の一人が剣を麻袋に向けた瞬間、跳びあがったソフィの右拳がその男の顔面を捉えていた。盛大に吹き飛んだ男に、もう一人の男は唖然として振り返る。
「えっ?」
目の前にいたはずのソフィが、いつの間にか現れて仲間を殴り飛ばしていたのである。まったく見えなかったことに、さらに恐怖を感じながらも男はソフィに向かって剣を振り下ろした。
ペキッ
振り下ろされた剣に、ソフィが裏拳を打ち据えると軽快な音を立てて剣が砕け散った。ソフィがそのまま右手を男の腹に打ち込むと、まるで口から臓物が飛び出るかのように血を吐き出して、馬から崩れ落ちた。
「ヒヒーーンッ!」
主人が落ちた馬が暴れだしたが、ソフィは手綱を引きながら馬の首を優しく撫でて落ち着かせる。そして括り付けられている麻袋を引き裂いて、レーティアを救出した。レーティアは大きな瞳に涙を浮かべながらソフィに抱きついてきた。
「あ……ありがとうございます、ソフィ様っ!」
「怖かったですよね。もう大丈夫、私が必ず護ってあげますから」
ソフィは優しげに微笑むとレーティアの頭を撫でる。しかし、その間に先程倒した男たちが起き上がってきた。潰れた顔や打ち込まれた腹はすっかり治っており、不思議そうな顔をしていたが一人は落としていた剣を拾い、もう一人は腰の裏から短剣を抜くとソフィたちに向かって凄んできた。
「おい、てめぇ! そいつをこっちに寄越しなっ!」
一発貰ったことで覚悟を決めたようで、先程のように震えてはいない。その怒鳴り声にレーティアは、ソフィの腕の中でビクッと震えている。ソフィは落ち着かせるように彼女の背中を撫でてあげる。
「大丈夫だから、ちょっと待っててね。貴方たち! こんな小さな子を怖がらせるなんて、恥を知りなさいっ!」
ソフィが剣を向けてきている男たちに言い放った。
「うるせぇ! 化け物がぁ!」
後ろから斬りかかって来た男の剣を、ソフィはレーティアを抱きしめながら躱すと、そのまま上体が逸れた男のこめかみに拳を打ち込んだ。しかし、超過強化を発動してないため、男は殴られた頭を押さえて怯んだだけだった。
「いてぇぇなぁ! ぶっ殺すぞ、てめぇ!」
再び剣を構えた男に、ソフィは眉を顰める。超過強化なしのソフィの膂力では、傭兵を昏倒させるほどの力が出せない。しかし、レーティアを抱きしめたままでは、超過強化の発動は躊躇われた。発動中の超スピードで掛かる負荷に、華奢なレーティアでは耐えれないからである。
距離を取りながらジリジリと下がるソフィたちだったが、先程の動きを見て男たちも迂闊には近付いてこなかった。
「マリアちゃんがいてくれれば……レーティア様を預けられるのに」
ソフィがそう呟くと、森の奥の方から馬蹄の音が聞こえてきた。音の反響具合からかなりの数のようだ。男たちはお互いの顔を見てニヤリと笑っている。
しばらくして、傭兵風の男たちがその場に現われた。その数は百名はいる感じである。
「おい、アットー! てめぇ何してんだ?」
先頭にいた髭面の中年男性がそう問い質すと、先程ソフィに殴られていた男が振り返って答える。
「すみません、バーツ隊長。ここまでは上手くいってたんですが、そいつに邪魔されまして」
「その神官にだぁ? 女相手になんて様だぁ?」
バーツ隊長と呼ばれた男はソフィを見て眉を顰める。ソフィの見た目が、そんなに強そうに見えないからである。しかし、それを感じ取ったアットーが警告する。
「バーツ隊長、見た目に騙されないでください。そいつぁ、化け物ですぜ」
「……おい!」
少し考えたバーツ隊長はアットーの話を信じたのか、後ろに控えていた仲間たちに手で合図を送る。その合図で彼らはソフィたちを取り囲んだ。さすがのソフィもレーティアを守りながら、武装した百名強の集団相手では分が悪いため表情に余裕が無くなっている。
「お嬢さん方、素直についてくれば乱暴な真似はしないがね?」
バーツ隊長は自嘲気味に笑うとそう提案してきた。しかし、ソフィは睨んで問い返す。
「レーティア様をどうするつもりですか!? 貴方たちの目的は?」
「はっ、そのおチビちゃんには恨みはねぇが、そいつの兄貴にはあってなぁ……まぁいい、おい捕まえろ! 丁重にな……特におチビちゃんには傷一つ付けんじゃねぇぞ」
「へぃ!」
バーツは取り囲んでいた仲間たちに、捕らえるように合図を送る。傭兵たちが一歩前に出た瞬間、ソフィは右手を空高く突き上げて叫ぶ。
「モード:城!」
ガントレットの宝玉が光輝き聖印が浮かびあがる。そして天高く打ち上がった鎖が、螺旋を描くように落ちて来ると地面に突き刺さって固定された。ソフィたちの周りを囲むように展開した鎖に沿って光の壁が次々と形成されていく。傭兵たちはその異様な光景に呆然としている。
程なくして形成されたそれは半透明の塔のようであり、まさにチェスの城のような形状をしていた。それを睨みながらバーツ隊長が眉を顰める。
「なんだ、こりゃぁ? 防壁魔法の一種か?」
傭兵稼業をやっていれば、この様な守護者の加護を代表とする防壁系の魔法は何度も目にしている。しかし、この様な形状になる魔法は初めて見たのだ。
「ちっ、面倒なことしやがって……かまわねぇ、ブチ破れっ! どんな防壁だって衝撃を与え続ければ壊れる!」
「おぉぉぉぉ!」
隊長の命令に、傭兵たちは一斉に殴り掛かってきた。どれほど堅い防壁でもダメージを与え続ければ、それを展開している術者は維持するための魔力や法力を消耗していく。その為、最終的には術者が持ちこたえれないというのが常識である。
強面の男たちが必死の形相で襲いかかってくる様子に、レーティアは小さく悲鳴を上げるとガクガクと震えている。
「ヒィ……」
「大丈夫! どんな攻撃でも、この城は絶対壊せないから」
ソフィはレーティアを優しく抱きしめて励ましていく。傭兵たちはその後も攻撃を繰り返していたが、殴る付けた武器が根元からへし折れると同時に心も折れたようで、肩で息をしながらバーツ隊長に泣き言を始めた。
「た……隊長、全然壊せる気がしやせんぜっ!?」
「どいてろ、テメェら!」
バーツ隊長は背中の大剣を引き抜くと振り上げて構えた。その剣が赤く輝き出したと思えば刀身から激しい炎が噴き出した。
「うぉぉぉぉぉぉ、爆炎剣!」
雄叫びを上げながら燃えさかる大剣を思いっきり振り下ろすと、ソフィの周りを囲っていた城を爆炎が包みこむ。
「キャァァァァ!」
衝撃と共にレーティアの悲鳴が響き渡った。この攻撃は魔法剣と呼ばれるもので、魔法力を持つ剣士や魔法力の宿った属性武器などを使用して発動させることができる。この傭兵の隊長が使用しているのは後者の属性武器のようだった。
ソフィの神器ガントレット:レリックはあくまで自身の能力を強化するものだが、属性武器は使用者に魔法の素養がなくても使用できるのが特徴である。
爆炎が晴れるとバーツ隊長は顔を顰めて舌打ちをする。そこには腰を抜かしたレーティアと、隊長を睨み付けているソフィの姿があった。そして、その間には城の防壁が傷一つなく燦々と輝いていた。
「おいおい、一体どんだけ堅いんだよ」
「諦めて退きなさい」
「そういう訳にはいかねぇんだよ、こっちも仕事だからな」
隊長が呆れた様子で首を横に振っていると、ソフィたちを囲んでいた傭兵たちの一角が突然騒がしくなったのだった。




