第52話「リント祭」
レーティアと共に祭に出掛けることになったソフィたちは、聖女巡礼団の三人と一匹、レーティアと執事のクローベ、そして護衛に聖騎士フィアナと公爵家の騎士カーティスのグループになっていた。
元々はもっと大人数になる予定だったが、さすがに二十人を越えるのは多すぎるという話になった。そこでソフィの護衛である聖騎士と公爵家の護衛である騎士たちとで、出発前にどちらが護衛につくかの一悶着があり、最終的に聖騎士と公爵家の騎士から一名ずつ出すことになったのだ。
さっそく大通りに出たソフィたちは、その人の多さに驚きの声を上げた。
「わぁ、凄い人っ!」
「私も始めて参加しましたが、商人の祭と言うだけあって出店も多いですね」
「とりあえず、何か食べましょうよ~」
朝からレーティアの襲撃を受けたせいで、朝食を取ってなかった一行は屋台で簡単な食事を取ることにした。どうやら串焼きの店のようで肉の焼ける匂いに、マリアとレオが反応して飛び込んでいく。
レーティアも物珍しそうに屋台で肉が焼けている様子を眺めている。ソフィはニッコリと微笑むとレーティアに尋ねる。
「レーティア様は、どれになさいますか?」
「えっ!? えぇっと、お……お任せしますわ」
レーティアは慌てた様子で屋台を見回したが、結局わからず任せることにした。彼女にとってリント祭は馬車に乗って見物するものであり、このように自分の足で見て回ることは今までなかったのだ。
ソフィが全員分の串を注文すると、店主は威勢のいい返事をして肉を焼き次々と渡していく。ソフィは受け取った串をレーティアに手渡した。
「はい、どうぞ。熱いので気を付けてくださいね」
「ありがとうございます。えっと……ナイフやフォークは? そもそもお皿はどこに?」
レーティアはきょとんとした表情で、串焼きを見つめながら首を傾げた。ソフィはクスッを笑うと
「そんなものは使いませんよ。こんな感じでそのまま食べるのです」
と言いながら焼き串を口に運んで食べてみせる。レーティアは驚いた表情を浮かべたが、恐る恐る口に運んで肉を食べた。普段はあまり食べない濃い味付けの肉に、パァと明るい顔になると思わず呟いた。
「……美味しいですわ」
その様子にソフィはかつての自分を思い出していた。彼女も帝都を出るまでは温室育ちであり、食事は全てテーブルで取るものと思っていた。しかし旅に出て様々な経験をすることで、このような食べ方もあるのだと学んでいったのだ。
串は全員分注文したのだが、護衛のフィアナとカーティスは受け取りを拒否した。理由は任務中で、手が塞がるのを嫌ったためである。仕方がないのでその二本はマリアとレオの胃袋に収まることになったのだった。
その後しばらく屋台や遊戯関係の出店を見てまわり、時間的にやや早かったが大通りにある飲食店で昼食を取ることになった。
◇◇◆◇◇
昼時より少し前であったが、店内は非常に混みあっていた。さすが祭の期間中だと思いながら、ソフィたちは何とか空いていた席に着いた。七人が掛けれるテーブルはなかったので、ソフィ、レーティア、クローベの三人と、残りの四人で分かれることになった。
「レーティア様は何にしますか? 私も数日前に着たばかりで、この辺りの食事は良く知らないのですが」
ソフィがメニューを見ながら尋ねると、レーティアも慌てた様子でメニューを見始めたが、やがて取り繕うように澄ました顔になると執事のクローベに頼むことにした。
「……クローベ、お願い」
「畏まりました。猊下もよろしいですか?」
「はい、お任せします」
ソフィにも確認したクローベは、忙しそうに駆け回るウェイトレスを呼び止めて食事を注文していく。その間もチラチラとソフィを見てくるレーティアに、ソフィは首を傾げる。祭見物が始まった時から、時々レーティアはこんな感じでソフィの様子を窺ってくるのだ。
「どうかしましたか、レーティア様? 先程から何か言いたそうですが?」
「えっ? あの……ソフィ様、少しよろしいでしょうか?」
レーティアは意を決したように少し前のめりになると、周りには聞こえないぐらいの小声で尋ねてきた。
「ソフィ様は、お兄様のことをどう思いますか?」
「えっ、アル様ですか? う~ん、そうですね」
レーティアの質問の意図はわからなかったが、真剣な表情で尋ねてきているレーティアにソフィは少し考え始めた。……とは言うものの、そもそも会ったのは昨日の限られた時間だけである。時簡にすれば一時間程度も話していないだろう。そんな人物の話を振られても正直答えようが無かった。
「……変わった人ですね。あまり貴族っぽくない気がしました」
ようやく搾り出した答えがコレである。それでも取り繕って言うよりは、素直に感じたままを伝えたほうが誠実であると思えたのだ。
「変わった……容姿とか性格とか?」
「う~ん、そうですね。カッコいいんじゃないでしょうか?」
ソフィは人の美醜を気にするほうではないが、それでもアルバートは整った顔立ちをしていたと思う。カッコいいという言葉を聞いた瞬間、レーティアの目が輝きだす。
「そうですよねっ! お兄様はカッコいいんです! ちょっと女の人と話をするより、剣を振っていることが好きなだけなんですっ!」
興奮気味に語るレーティアにソフィは若干引き気味である。確かに前夜祭で見たアルバートは、囲んでいた令嬢にあまり興味を示してなかった気がする。クローベは困ったような顔をすると、水が入ったコップをスッとレーティアの前に置いた。
レーティアはそれを受け取ると、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「そんなお兄様が貴女には興味を示した。これは大事件なんです! だから今日は貴女がどんな人物なのか調べに来ましたの。貴女がお兄様に相応しいかどうかをっ!」
ぴしっとソフィを指差しながら告げるレーティアに、横に座っているクローベは焦った様子でハンカチで汗を拭いていた。彼からすれば大司教であるソフィは、遥かに高い位だからである。
「う~ん……つまり私がアル様に相応しいかを確認に来たと? 私もですが、アル様にその気はないと思いますが……」
アルバートはソフィと友人になりたいのであって、恋愛感情のようなものは感じなかった。しかし、その答えではレーティアは納得いかなかったようだ。
「あんなにカッコいいお兄様を、好きにならない人なんていませんっ!」
この絶対的な自信は、どこから来るのだろう? とソフィは思ったが、迂闊なことを言うと話が長引きそうだったので微かに笑っただけだった。さすがにこのままではマズイと思ったのか、クロードが口を挟んできた。
「申し訳ありません。レーティアお嬢様は、少々思い込みが激しいところがあるのです。しかし、閣下の婚姻問題は公爵家全体の問題でして……」
彼の話では十五歳で初陣を飾る前から、アルバートは剣術や馬術にしか興味を示さない子供だったそうだ。そして初陣の快勝から戦場で戦い続け、女性の影が無いまま二十歳を超えてしまったそうだ。
このままでは貴族の結婚適齢期が過ぎるのは時間の問題であり、貴族として世継ぎを残さないのは大問題である。そんな事情から、アルバートが少しでも興味を示したソフィに白羽の矢が立ったのだった。
ソフィからすればいい迷惑である。どう断ろうかと考えていると、丁度良いタイミングでウェイトレスが料理を運んできたため、ソフィは微笑みながら
「とりあえず、いただきましょうか?」
と提案するのだった。
◇◇◆◇◇
食事を終えると、一行は再び祭り見物に出掛けていた。先程の話が気になっていたソフィは少しボーっとしていると、イサラが心配そうな顔で尋ねてきた。
「猊下、どうかなさいましたか?」
「いえ、少し考え事をしていただけです」
ソフィが微かに笑いながら首を横に振る。その時、前方から突然爆音が響き渡った。イサラは咄嗟にソフィを庇うように、彼女の服を掴んで身を伏せた。
「な……何事ですっ!?」
「わかりません。ですが、このままではっ!」
イサラはそう言いながら、今度はソフィを無理やり立たせると周辺を確認する。どうやら前方の屋台の一つが爆発したようだった。爆煙が上がっており、そこから逃げるための人波が周辺に押し寄せ、現場は大混乱に陥った。
押し寄せた人波で分断され、マリアやレーティアの姿はすでに追えなくなっていた。イサラはソフィを護るように引き寄せる。
「猊下、今はここから離れましょう!」
「ダメです! あの爆発では大勢怪我をしているわ。私たちが向かわなければいけないのは、あの場所よ!」
ソフィの瞳に決意を感じたイサラは、それ以上は何も言わず自分の身体を盾にしながら、人の流れとは逆に進み始めるのだった。




