第5話「鈴鳴りの儀」
ソフィとマリアが間借りしている家から出ると、村人たちは宴の準備と焼け落ちた家屋の片付けなどを平行して進めていた。村人たちはソフィを見かけると、作業を止めて駆け寄ってお礼を言ってくる。
「村を救っていただき、ありがとうございました。白き聖女様!」
「攫われた者たちだけではなく、奪われた食料まで取り返していただき……おかげでまだ生きていけます」
度々村人たちに取り囲まれながら、重傷者の家に辿り着いたソフィたちは、その負傷した男性の妻に出迎えられた。
「マリアさん、それに聖女様! 来ていただいてありがとうございます」
「旦那さんは、様子はどうですか?」
マリアが尋ねると、女性は暗い顔のまま首を横に振った。重傷だった彼女の夫に治療を行ったのはマリアである。そのおかげで彼は一命を取りとめることができたが、治療を行う前に血を流しすぎたのか寝たきりの状態である。
「そうですか……でも安心してくださいっ! 今日は聖女さまがいらっしゃいますから、きっとすぐに治してくれますからっ」
自信満々に言うマリアに、ソフィは少し困った顔をしたが、彼の妻は縋るようにソフィに跪き懇願する。
「お願いします、聖女様! 夫を……あの人を助けてください!」
「……全力を尽くさせていただきます」
ソフィは彼女の腕にそっと触れて立たせつつ軽く治癒術を使う。そのおかげで少し穏やかな表情に変わっていく。おそらく夫を気遣って寝ずに看病をしたのだろう。
女性を落ち着かせたソフィは、彼女の夫が寝ている横の椅子に座り、彼の胸に手を当てると目を瞑って集中していく。
「女神シル様の大いなる慈悲を……女神シルの息吹」
ソフィがそう唱えると彼女の手が輝きだし、その光が男性の全体を包んでいく。
女神シルの息吹は治癒術の中でも上位の法術であり、失った血や肉まで創り出し、瀕死の状態からでも回復させる。使えるのはシルフィート教の上位神官でも、それほど多くない秘術である。
みるみると顔色がよくなっていく男性に、彼の妻は感嘆の声を漏らす。
「あぁ、神よ……」
「うぅ……ここは……?」
程なくして男性が目を覚ますと、ソフィは安堵のため息をつく。その奇跡とも呼べる力に、マリアは誇らしげに胸を張っている。
「あなたっ!」
男性の妻は夫に抱きついて涙を流した。状況が未だに掴めてない夫は、戸惑いながらも妻の髪を撫でて宥める。しばらくして落ち着いた夫婦は、ソフィに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、聖女様! このご恩は一生忘れませんっ!」
「いえ、元気になられてよかった。おそらく大丈夫だと思いますが、しばらくは無理はあまりしないようにしてくださいね」
ソフィは微笑みながら答える。そして椅子から立ち上がってマリアを見る。
「マリアちゃん、次の家に向かいましょう」
「はい、聖女さまっ!」
この後は残りの家々を回り、重篤だった者にも同じように治癒術を施すと、ようやく一息つくことができたのである。
◇◇◆◇◇
その日の夜、村長の指示で全ての村人は広場に集まっていた。簡易的に造られた祭壇に、今回の襲撃で亡くなった五名の男性が安置されている。その広場全体には、かがり火が設置されていた。
ケープやローブなどを脱ぎ、手首と足首に鈴を付けたソフィが、仲間と共に祭壇に向かって歩いていく。本来は鈴鳴りの儀専用の衣装があるのだが、今回の旅では用意していないため、通常の聖職者の衣装を動きやすくアレンジしたもので対応することになった。
ソフィたちが姿を見せると、村人たちは跪き彼女のことを口にする。
「おぉ、白き聖女様だ」
「お姉ちゃんだ!」
祭壇の前には老齢の村長が立っており、ソフィに対して深々と頭を下げた。
「すみません、聖女様。こちらからお願いしておきながら、このような祭壇しか用意できず……」
「いえ、大切なのは死者の安寧を願う心ですから」
首を横に振ったソフィは、並べられた死者の前に跪いて祈りを捧げる。
「不幸にも命を落とした者たちの魂よ、慈愛の女神シル様の御許に……」
ソフィの言葉に合わせて、村人たちも黙祷を捧げる。
祈りの言葉が終るとソフィが、その場で立ち上がる。そして両手を広げて数歩前に歩くと、手首を返して鈴を鳴らした。
シャリン!
その音を合図に村人たちは目を開き、静かに祭壇を見つめる。
こうして不幸にも命を落とした、死者の魂を慰める鈴鳴りの儀が始まった。鈴鳴りの儀は、その名の通り踊りながら手首と足首の鈴を鳴らす儀式だ。非常にゆったりとした動きから手首を返し、時に踏み込んで鈴を鳴らす。ソフィの流れるような動きが金の髪を揺らめかせ、その髪がかがり火の灯りを反射して、より美しいものにしていた。村人たちは息を飲んで、その踊りを見つめている。
「お姉ちゃん、綺麗だ……」
昨夜助けられた子供が思わずそう呟くと、一瞬ソフィと視線が合った。少年は顔を赤くして俯いてしまった。
しばらく厳かな雰囲気で踊っていたが、最後に一際大きな鈴の音が鳴ると、白き聖女による鈴鳴りの儀が終った。その瞬間、祭壇の横に立っていたイサラとマリアが手にした松明を傾け、祭壇に火を放ち死者の魂を女神シルの御許に送る。
村人の中からは、死者を偲んですすり泣く声も聞こえてきたが、村長が前に立って村人たちに言う。
「皆の者……聖女様のおかげで、彼らの魂は女神シル様の御許に向かった。しかし生きている我らは、この悲しみを越え明日を生きていかねばならん。さぁ宴だ、悲しみは死者の魂を迷わせるぞ」
その言葉に村人たちは頷くと、死者の家族以外は宴の準備を始めるのだった。死者を焼いている間、その場で宴を設けるのがこの世界の通例である。これには火の番として、火を絶やさないようにする意味もあった。
しばらくして宴会の準備が整う。まともな机や椅子などは用意できず、床に茣蓙を敷いただけの簡単なものだったが、ソフィたちは上座に座ることになった。まず村長が酒の瓶を持って、ソフィの前に座った。
「聖女様、此度は色々とありがとうございました。貴女様が来られなければ、村は滅んでいたかもしれません。どうぞ一献、お納めください」
「ありがとうございます」
ソフィは自分の杯に注いでもらうと、軽く掲げてから口をつけた。
「貴方に女神シルの祝福があらんことを……」
「感謝致します」
ソフィと村長がそんなやり取りをしている間に、他の者がマリアに酒を勧めていた。
「ささっ、マリアさんもどうぞ!」
「えっ、そうですか? お酒ってどんな味なんだろ?」
マリアは注がれた杯を一気に飲み干す。それに対して村人も調子に乗ったのか
「おぉ、良い飲みっぷりですな~。さぁ、どうぞもう一杯」
「えへへ、ありがとうございます~」
再び注がれた酒を一気に飲み干したところで、ようやくイサラ司祭がその事態に気が付いた。
「あぁ、やめてください! マリアにお酒を飲ませてなりません」
「えへへ、いい気分だな~」
顔を赤くして立ち上がったマリアは、すぐにイサラに捕まった。彼女はソフィに頭を下げて
「猊下、申し訳ありません。私の失態です……彼女の酔いを醒ましてきますので、少し席を外します」
「あはは……よろしくお願いします」
ソフィは苦笑いで返す。マリアは酒を飲むと記憶を失うので、彼女自身には酒を飲んだ記憶がなく、お酒を勧められると興味深々で飲んでしまうのだ。一応イサラからは絶対に飲まないように言われているのだが、そんなことより好奇心を優先してしまうところがマリアらしいと言えた。
「暑いな~脱いじゃおうかな~」
「いいから、こっちに来なさい! 暑いなら頭から水を掛けてあげます」
こうしてマリアはイサラに引きずられていった。その後は朝まで宴が続いたが、ソフィたちは途中で抜けて休むことにしたのだった。




