表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
北方暗躍編
49/130

第49話「フォレスト公爵」

 聖女巡礼団がフォレスト滞在二日目のこと、ソフィが聖堂で祈りを捧げていると一人の騎士が聖堂に尋ねてきた。聖堂の入り口で彼女の護衛に付いていたフィアナが、その騎士を止める。


「騎士団の方が、どのような用件でしょうか?」

「聖騎士か……こちらにアルカディア大司教猊下が、居られると聞いてきたのだが?」

「猊下は祈りの最中です」


 騎士がやや不遜な態度を取るのには理由があった。騎士団は帝国所属の正規軍だが、聖騎士団はシルフィート教の私設の軍隊である。表面上で対立している訳ではないが、騎士団からすれば教会の私兵が騎士団を名乗っているのが気に入らないのだ。


 ソフィが祈りの最中と聞いた騎士は、少し眉を動かすと小さく首を横に振った。


「そうか……では、しばらく待たせて貰おう。閣下より猊下に対しては、最大限の礼を尽くせと命じられているからな」


 しばらくしてソフィが祈りを捧げ終わると、近くで控えていたイサラがソフィに来客を告げる。


「猊下、騎士団の方がいらっしゃってますが?」

「騎士団の方が? お待たせしたかしら?」

「いえ、先程来たばかりですので……それにお勤めですので」


 お勤めとはソフィの祈り時間のことである。大司教として慈愛の女神シルに対して、全ての者の安寧を祈願するのがソフィの本来の役目である。決して各地をまわって悪党を殴り飛ばすのが仕事ではないのだ。


「とにかくお会いしましょうか」


 ソフィが聖堂の入り口に現れると、そこで待っていた騎士が敬礼をする。


「ソフィーティア・エス・アルカディア様ですね? 初めまして、私は騎士団所属のカーティス・エル・ソーグと申します。公爵閣下のご命令でこちらをお持ちしました」


 カーティスと名乗った騎士は、黒い封筒をソフィに差し出した。ソフィは封筒を受け取ると、開けずにカーティスを見て首を傾げる。その意を察した彼は頷くと用件を伝えてきた。


「今夜行なわれる、前夜祭への招待状になります」


 詳しく話を聞くと明日に控えたリント祭を前に、公爵の城館で執り行う晩餐会への招待状とのことだった。その手の堅苦しい場はあまり好まないが、招待をしてくれた公爵の顔に泥を塗るわけにもいかず、ソフィはその申し出を受けることを伝えた。


 カーティスは満足そうに頷くと、スケジュールと会の内容を伝えてきた。リント祭が民衆の祭ということもあり、その前夜祭も格式を重んじるような会ではなく、使用人も参加するような会なので、服装もそのままで構わないとのことだった。仮にも皇家と親戚筋である公爵が、そのような会を開いているとは思わず、ソフィはとても驚いていた。


 送迎の馬車を出すので開始の二時間前には、聖堂(ここ)で待っていて欲しいとのことだった。ソフィが快諾すると、カーティスは再び敬礼をしてから帰っていく。


「護衛の方も構わないとのことなので、皆さんで行きましょうか?」

「はっ、何があってもお守り致します」


 フィアナと彼女の部下たちは一斉に敬礼する。その際ガチャガチャと鎧の音が鳴ると、ソフィは苦笑いを浮かべて忠告する。


「でも、さすがに鎧は仰々しくなるのでやめてね? 帯剣は騎士法で守られているので、大丈夫だと思うけど」


 騎士法とは名の通り騎士のみに適用される法律で、例えば『騎士は如何なる場所であっても帯剣を許される』などがある。これは特例としてシルフィート教の騎士である聖騎士にも適用されるものだった。


「……はっ、心得ました」


 正装である鎧を禁止された聖騎士たちは少し不服そうだったが、ソフィのお願いであれば頷くしかなかった。



◇◇◆◇◇



 数時間後 ──


 カーティスと他に二名の騎士が、馬車を引き連れて聖堂の前に来ていた。ソフィとイサラは、いつもの格好ではなく白を基調としたドレスにケープを羽織っており、靴もブーツではなくヒールを履いている。


 さすがにレオを晩餐会には連れていけないため、マリアがレオと留守番をすることになっていた。最初は不平を漏らしていたが、試しにヒールを履かせてみたところまともに歩くことができず、肩を落とし留守番を引き受けていた。


 フィアナや聖騎士は、白を基調とした式典用の制服を着ている。フィアナはソフィたちと共に馬車に乗り、残りの騎士たちは馬車を護るように周辺を固めている。


「公爵はどんな方だろう?」

「アルバート・フォン・フォレスト公爵閣下は稀代の英雄ですよ。スヘド王国との戦いでは大きな功績を上げているはずで、当時は公子として将軍職でしたが、停戦後に先代公爵から家督と爵位を譲られたと聞いています」

「稀代の英雄……怖い人かな?」

「どうでしょう? 人となりについてはあまり聞きませんね。確か若いとは聞いてますが……」


 ソフィとイサラがそんな話をしていると、公爵の城館に着いてしまった。ユル司教の聖堂と公爵の城館はさほど離れていないのだ。その為ソフィは徒歩でいいと思ったが、賓客を歩かせたとあっては公爵家の名が傷つくとのことだった。


 面倒なことだと思いながらカーティスにエスコートされたソフィたちは、事前に公爵が会いたいとのことで応接室に通されていた。しかしフィアナたちは締め出され、部屋の前で騎士たちと共に待機中である。


 その部屋は一見して豪華な造りで、調度品なども品がある物のみで構成されていた。中央に飾られているは、少しソフィに似た雰囲気を持つ女性が微笑みながら両手を広げ、それに対して一人のシスターが祈っている絵だった。


「立派な絵……」

「『慈愛の女神と始まりの神子』の絵ですね。私も本物は初めて見ましたが」


 ソフィの率直な感想にイサラが答えてくれた。すると後から拍手の音が聞こえてくる。ソフィたちがそちらを見ると、黒を基調とした貴族調の服を着た金髪の青年が拍手をしながら立っていた。


「この絵の良さがわかるとは素晴らしいね」


 落ち着いた様子の声で、歳の頃はソフィと同じか少し上、着ている服が一目で上等な物とわかる。ソフィはお辞儀をすると首を傾げながら確認する。


「初めまして、貴方がフォレスト公爵ですね?」

「えぇ、美しいお嬢さん(レディ)。私がアルバート・フォン・フォレストです。気軽にアルとお呼びください」


 にこやかに答えるアルバートに、随分と軽薄そうな男性だなと思いながらもソフィは笑顔で答えた。


「わかりました……それでは、私のことはソフィとお呼びください。こちらはイサラ司祭です」

「よろしくお願いします。公爵閣下」


 アルバートは微かに笑うと、両手を広げて歓迎の意を示す。


「あぁ、よろしく頼むよ。君たちの噂は前から聞いていたんだ、各地で大活躍のようだね。会えて嬉しいよ。あぁ、すまない……どうぞ、こちらに座ってくれ」


 アルバートに勧められて、ソフィとイサラはソファーに腰を下ろした。アルバートは背の低い棚のところまで歩くと、振り返って尋ねてきた。


「何か飲むかな? お酒でいいかい? それともお茶にしとこうか?」

「えっと、お茶をお願いします」

「了解だ、少し待っていてくれたまえ」


 ソフィが驚きながら答えると、アルバートは優しげに微笑んでから、自分でお茶を淹れ始めた。しばらくしてトレイに乗せてお茶を運んできた。


「どうぞ」

「あ……ありがとうございます」

「ん? どうしたんだい?」


 驚いて目を見開いている二人に、アルバートは不思議そうに尋ねてきた。


「い……いえ、給仕などは専任の方がいらっしゃるのでは? と思いまして」

「あぁ、私が淹れたお茶が不安なんだね、大丈夫! そんなに下手ではないと思うよ」

「いえ、そういうことではなく」


 ソフィが困ったような表情を浮かべながら首を横に振ると、アルバートは軽快に笑い出した。


「あははは、冗談さ。私が自分で淹れたのが珍しかったんだろう? 友人になりたいと思える人には、自分で用意するようにしているんだ。驚かせて悪かったね」

「友人ですか?」


 ソフィはそう尋ねてから淹れてもらったお茶を飲むと、驚いた表情を浮かべて呟いた。


「……美味しい」

「そうだろう? これでも結構練習したんだ」


 ソフィに褒められて嬉しいのか、アルバートはとても上機嫌な様子だった。見た目は立派な青年だが、少し子供っぽいなとソフィは思った。


「それで私に何か御用でしたか? アル様」

「用事? 今、言った通りだよ、君とは歳も近いし友人になれないかと思ってね。巡礼の旅をしているんだろ? その話を聞かせてくれないかい?」


 どこまでも気安い青年にソフィは軽く笑うと、旅の最中にあった色々なことを話し始めるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ