第48話「フォレストの街」
フォレストの街の城門に近付くと、多くの人々が順番待ちをしていた。何台も馬車を連ねる隊商や、冒険者風のパーティ、どこかの村から来たような簡素な服の家族連れなど、様々な人々が溢れかえっている。
「こ……混んでますね、何かあるんですか?」
あまりの人混みにソフィが不思議そうに尋ねると、フィアナは笑顔で答えてくれた。
「はい、数日後に冬の大祭『リント祭』がありますので、祭を楽しもうと近隣の町などからも人が集まってきているのです」
「リント祭?」
聞いたことがない祭の名前に首を傾げたソフィは、説明を求めるようにイサラの方を見た。
「リント祭とは、この辺りだけのお祭りです。確か……商人のお祭りでしたか?」
「はい、よくご存知ですね。この地方の住民が冬を越す準備のために、商品を持ち寄り市を開いたのが始まりだと言われています」
「なるほど、それは楽しそうなお祭りですね」
ソフィは感心したように何度か頷くと、目を輝かせながら街の方を見つめている。マリアもレオを抱っこしながら嬉しそうに言う。
「レオくん、お祭りだって! きっと美味しいものもあるよっ」
「がぅ!」
レオも嬉しそうにパタパタと尻尾を振っている。
「しかし、これはさすがに混みすぎですね。少し歩くことになりますが北門に回りましょう。あちらならシルフィート教の関係者であれば、すぐに入れるはずです」
フィアナは人混みを見てうんざりしたように首を横に振ると、ソフィたちに提案してきた。北門はシリウス大聖堂方面であり、よく教会関係者が通るため神官などはすぐに入れるらしい。
一行はフィアナの提案を受け入れて、南西の門からぐるっと城壁を沿って北門に移動することにした。ソフィたちが移動している間に、騎士の一人が馬を走らせて事前に調整してくれたため、北門に着いた一行はすぐにフォレストに入ることができたのだった。
◇◇◆◇◇
フォレストの街は石造りの町だった。道もしっかり整備され石が敷き詰められており、建物も木造は少なく頑丈な建物が多い印象である。これは戦争が多い北の地の土地柄に起因することだった。
「まずは区長に挨拶をしないと、聖堂に向かいましょう」
イサラの提案に頷いたソフィたちは、そのままユル司教がいる聖堂に向かうことにした。シリウス大聖堂が近いので信心深い人が多いのか、ソフィたちを見かけると祭の準備の手を止めて、祈るような仕草をしてくる人々が多かった。ソフィたちも、それに合わせて微笑みながら会釈していく。
「信心深い方が多いんですね」
「えぇ、この辺りはシルフィート教発祥の地に近いですからね」
現在は帝都のアルカディア大聖堂が総本部になっているが、シルフィート教発祥はシリウス大聖堂の前身、シリウス聖堂であったという説が有力である。
かつて、バケット地方 ── 現帝国北部で起きた大戦は多くの命を散らした戦いだった。それに嘆き悲しんだシスターが、シリウス聖堂で祈りを捧げたところ、慈愛の女神シルが降臨して全ての者を癒した。その結果一度は死の恐怖を味わった者たちは戦うことを止め、この地方に平和が訪れることになった。
概ねこんな感じの伝承が受け継がれている。しかし、この出来事は帝国が出来る前の話であるため、正確な資料はあまり残されていないかった。
しばらく歩いていると、大きな聖堂が見えてきた。どうやらあの聖堂が目的地のようだ。フィアナはソフィに別れの挨拶をすると、部下の騎士たちと共に隣にある聖騎士団の詰所に戻っていった。
聖女巡礼団は聖騎士団を見送ったあと、そのまま聖堂に入っていく。最初に話し掛けてきたシスターはソフィの護符を見るなり、すぐにユル司教の部屋に案内してくれた。
ユル司教の部屋は、ギントのタドリー司教の部屋と比べるのも失礼なほど整っており、司教の几帳面な性格が窺える部屋だった。
部屋に入ってきたソフィたちに、執務机で何かを書いていた司教服を着た中年男性は、顔を上げてジッと見つめてきた。しかしソフィの顔を見ると、驚いた表情を浮かべ近付くと首を傾げながら柔らかい口調で尋ねてきた。
「ひょっとして、アルカディア大司教猊下ですかな?」
「はい、ソフィーティア・エス・アルカディアと申します。ユル司教ですね?」
「えぇ、お会いできて光栄です」
ユル司教はに両手を広げてこやかに笑うと、ソフィたちをソファーに勧めた。
「いや、本当に驚きました。カサンドラ様とそっくりですなぁ」
「叔母様にですか? 小さい頃に一度会ったことがあるらしいのですが、残念ながらあまり覚えていません。そんなに似ていますか?」
カサンドラとはソフィの叔母でシリウス大聖堂の長、バケット地方の教区を全て取り仕切り聖騎士団の直接的な長でもある。ソフィが自分の頬を擦りながら訪ねると、ユル司教は頷きながら答える。
「えぇ、カサンドラ様のお若い時に……おっと、これは失言でした。カサンドラ様は今でも若々しいですからな。今の失言は内緒にしておいてくださいね」
ユル司教は愛嬌のある顔でニッコリと笑うと、ソフィたちもクスクスと笑う。
「それで、こんな北の地に何の用ですかな? ひょっとしてリント祭見物にでも来られましたかな?」
「いえ、巡礼の旅の途中で立ち寄っただけです。とりあえず数日滞在してから叔母様に会いに行こうかと思ってます」
「それはいい! 猊下に会えれば、カサンドラ様も安心するでしょう。猊下が帝都を追われたと聞いた時の、カサンドラ様のお怒りは凄まじいものだったと聞いていますからなぁ」
ユル司教はそこまで言うと、前のめりになってソフィたちに近付くと小声で続ける。
「これは噂ですが……聖騎士団を引き連れて、帝都まで乗り込もうとしたとか」
「えぇ!?」
衝撃的な話にソフィは驚きの声を上げる。そして、まだ見ぬ叔母はよほど苛烈な人物のようだと少し不安を覚えるのだった。
巡礼団の中でイサラだけは、カサンドラに会った事があるのか納得したように頷いた。
「あぁ、アルカディア聖堂長なら……やりかねませんね」
聖堂長とはシルフィート教における大司教の次席に当たる役職で、シリウス大聖堂とアルカディア大聖堂の長がそれに当たる。
大司教を有するアルカディア大聖堂の場合、大司教が兼任することが多いのだがソフィが大司教に就任する際は司教たちの反発に合い、ノイス・べス・ダーナという男性が就任している。皇帝を唆しソフィを帝都より追い出したのは、このノイスを中心とした一派である。
「ちょっと怖くなってきたかも……」
ソフィが不安そうに呟くと、ユル司教はにこやかに笑い
「はっははは、心配ありませんよ。とてもお優しい方です」
と答えるのであった。
◇◇◆◇◇
その後、滞在の許可を得たソフィたちは、隣接する聖騎士団の宿舎に滞在することになった。来る途中に襲われた話をしたところ、驚いたユル司教が「最も安全ですから」と勧めてきたのが聖騎士団の宿舎だったのだ。
宿舎の前ではフィアナが満面の笑顔で待ち構えていた。その後ろにはシハレの町から同行してきた四人の男性隊員いる。
「猊下! ようこそ、いらっしゃいました。滞在中の護衛を我が隊が承りました。よろしくお願いしますっ!」
フィアナの元気一杯の敬礼に、ソフィは苦笑いを浮かべるとお辞儀をしながら
「よろしくお願いします。皆さん、そんなに肩肘を張らなくても大丈夫ですからね?」
「はいっ、努力します。お前たちは、もう帰っていいぞっ!」
「はっ!」
フィアナの命令に聖騎士たちは敬礼をすると、もう片方の建物に入っていく。どうやら男性と女性で宿舎が分かれているようだった。帝立の騎士団に比べて聖騎士団のほうが女性隊員は多いため、軍隊とはいえ多少は配慮されているようだ。
男性用の宿舎の窓から何人かこちらを窺っていたので、ソフィが笑顔で手を振ると何やら盛り上がっているようだった。
「猊下、いけません! 聖騎士とはいえ男ですから、あまり構うと調子に乗ります。では、こちらの女性用宿舎へどうぞっ!」
こうしてフィアナに案内されて、ソフィたちを連れて宿舎内に入っていくのだった。




