第47話「襲撃者」
フードの男が扉のノブに手を掛けた瞬間、扉にベキベキと亀裂が入りそこから光が洩れた。フードの男は目を見開いて横に飛ぶと先程まで彼がいた場所に雷撃が通り過ぎ、前の部屋すら貫いて宿屋の外壁に穴を開けた。
部屋の中ではレオが、雷を纏ったまま唸り声を上げている。
「ぐるるるるるる」
血の臭いと悪意を感じ取ったレオが、問答無用で扉に向かって雷撃を放ったのだ。その破壊音で飛び起きた聖女巡礼団とフィアナは辺りを見回している。
「なに!?」
「猊下は、動かないでください! 行きますよ、シスターマリア! フィアナとレオは猊下を守りなさいっ!」
「ねーむーい」
「がぅ」
「はっ!」
服を着たまま寝ていたイサラと盾を一枚だけ装備したマリアは、破壊された扉から外に飛び出た。通路ではフードの男が窓を破って外に逃走を始めていた。
同じように破壊音で飛び起きた聖騎士団は、部屋から出ようとしたが倒れている仲間のせいで出れなくなっていた。
「おい、開かないのか?」
「何かが閊えているようだ。体当たりでこじ開るぞ!」
イサラは通路を駆けながら、倒れている聖騎士を一瞥するとソフィに向かって叫ぶ。
「猊下、通路に怪我人がいますっ!」
その場をソフィに任せて、マリアと共に窓から飛び降りてフードの男を追跡する。イサラの言葉を聞いたソフィは、下着姿のまま通路に飛び出ると倒れている聖騎士に女神シルの息吹を掛けた。
緑の温かい光が彼を包み込み、程なくして彼が飛び起きる。閊えが取れた部屋からは、扉に向かって体当たりを敢行した聖騎士たちがドタドタと倒れこんできた。
「ふぅ、なんとか間に合ったようですね」
「はっ、ありがとうございます、猊下……」
体勢を整えた聖騎士たちがソフィの下着姿に見蕩れていると、その視線に気がついたソフィは首を横に傾げて尋ねる。
「あの……どうかしましたか?」
「貴様らぁ、何を見ているかっ! 無礼であろうっ! 賊は窓から逃げたぞ、さっさと追わんかっ!」
「はっ……はいっ!」
このフィアナの怒鳴り声で、ようやく自分の姿に気がついたソフィは、顔を赤くして急いで部屋に戻っていき、聖騎士たちは慌てた様子で窓から外に飛び降りていく。
部屋に戻ったフィアナは、着替えているソフィに深々と頭を下げた。
「部下が申し訳ありません! 状況が治まり次第、罪を償わせます! なんなら私が斬り捨てますのでっ!」
「いえ、私が不注意でした。とりあえず何が起きているのか把握しましょう」
「はっ!」
しかし他の客や宿屋の店主が通路に詰め掛けており、彼女たちと一匹はその対応に追われることになったのである。
◇◇◆◇◇
ソフィたちが足止めを食らっている間に、イサラとマリアはフードの男を追い詰めていた。挟み込むように囲む二人に、フードの男は短剣を構えて警戒している。宿の方では聖騎士たちが、二階の窓からゾロゾロと出てくるのが見えた。
「ちっ!」
懐から取り出した細い杭のような物を取り出すと、牽制のためにイサラに投げつけた。イサラが余裕を持って弾くと、フードの男は短剣を構えてマリアに向かって走り出していた。どうやらイサラより、マリアの方が突破しやすいと考えたようだ。
フードの男はマリアが構えた盾の死角に入り込むように屈むと、飛び上がるように短剣を彼女の脇腹目掛けて突き上げた。
ガキィィィン!
しかし一瞬早く反応したマリアの盾で、防がれた短剣はへし折れて宙に舞った。それに驚いた男は盾を構えたマリアの突撃で吹き飛ばされると、すぐに起き上がり肩を抑えながら逃げていく。
「ぐわぁぁぁ」
フードの男は急に悲鳴を上げて盛大に転んだ。そして喚きながら左膝を押さえて転がりまわる。
イサラは突撃の際に転んでいたマリアに手を貸して起こすと、そのままフードの男に近付いていく。男の膝には後ろから先程投げた杭が突き刺さっており、激痛で叫びまわっている。
「これ……イサラ司祭が投げたの?」
「えぇ、礫のクイックスローは得意なのよ」
クイックスローは彼女が冒険者時代に取得した技術で、本来であれば斥候などが好んで使う技術である。イサラは後方支援の一環として、当時仲間として組んでいた男に教わっていたのだ。
そんな話をしている間に、聖騎士たちが到着してフードの男を拘束した。フードを剥ぎ取って顔を見てみたが、やはりイサラも見覚えのない顔だった。
「狙いは猊下ですね? 素直に話せば命だけは助けてあげますよ?」
「……聖堂に輝きを」
男はそう呟くと赤く輝き出した。
「は、放れなさいっ! シスターマリア!」
イサラの言葉に聖騎士は飛び跳ねるように男から離れる。その前にマリアが盾を構えて踊り出た。
「女神シルさま、悪しき者から我々をお守りください。守護者の光盾」
守護者の光盾が発動した瞬間、拘束された男は大きく膨れ上がって爆発した。爆炎と爆風は守護者の光盾遮断され、イサラとマリア、そして聖騎士たちは無事だったが、男は人であったかすらわからないほどに木っ端微塵になっていた。
「まさか自爆するなんて……」
イサラは残骸から何か証拠になりそうな物を捜したが、結局何も発見できなかった。
その後、事態の収拾や賠償の交渉などをしている内に空が白み始め、聖女巡礼団と聖騎士団は追われるように宿場町を出発することになった。
◇◇◆◇◇
フォレストの街に向かう街道を進む一行だったが、聖騎士たちが聖女巡礼団を守るように取り囲んで進んでいるため、行き交う人々はギョッとした顔をする。そして関わらないように視線を逸らして、通り過ぎていくのだった。
どこか緩い雰囲気だった聖騎士団の隊員たちも襲撃が現実のものになり、真剣な表情で周辺を警戒しているのも避けられる一因になっているだろう。
そんな状況でもどこか暢気なソフィは、騎士たちに聞かれないような小声でイサラに尋ねる。
「先生、襲撃者はやっぱり?」
「はい、おそらくは……証拠はありませんでしたが、最後に『聖堂に輝きを』と」
ソフィは静かに頷くと微妙な表情を浮かべていた。実は彼女が襲撃されたのは、今回が初めてではない。南部にある帝都から出発したばかりの頃は頻繁にあったのだ。
帝都を離れたためか、予想不能な軌道を描くマリアの先導の影響か徐々に襲撃者はいなくなり、最近はパッタリとなくなっていたのだが突然再発したのである。
「やっぱりギントの件が関係してるかな?」
「はい、帝都には戻るなというメッセージかもしれませんね」
「一応警戒だけはしとかないと……周りに迷惑が掛かるし」
イサラが小さく頷くと、先頭を行くフィアナが前方を指差しながら叫ぶ。
「猊下、フォレストの街が見えて来ましたよ!」
その言葉にソフィが目を細めて前方を見つめると、微かに城壁に囲まれた街が見えてきた。
フォレストの街は西部と東部を繋ぐ北部街道の中心にある街で、北部の中でもかなり大きな街ある。現皇帝の従弟であるアルバート・フォン・フォレスト公爵が領主を務めており、北部の諸国との戦争時には本拠地であった。
現在でも五千人規模の騎士と数万に及ぶ常備軍が駐在している。経済的には北部の中心として国内だけでなく、諸外国との交易も盛んな街である。
シルフィート教関連ではユル司教が管理する支部があり、彼が管理する聖堂の横には聖騎士団の詰所がある。詰所にはおよそ二百人ほどの聖騎士が駐在していた。
「あの街では、何事もなければよいのですが……」
ソフィが祈るように呟くと、馬上のフィアナが胸甲を叩いて自信満々に告げる。
「大丈夫、お任せください。猊下の安全は我々聖騎士が必ずお守りしますっ!」
「お任せくださいっ!」
フィアナに続いて、周辺の騎士たちも手を上げて応えた。ソフィはそんな彼らに少し不安を感じながらも、笑顔で手を振るのだった。




