第46話「頑固者たち」
シハレの町を出発した聖女巡礼団は、フォレストの街に向かうためにまず街道を目指していた。直線距離では徒歩でも三日ほどの位置だが、やや遠回りの街道ルートを選択したのには訳があった。
「猊下に野宿などさせられませんっ!」
と、聖騎士の小隊長フィアナが強弁に主張したためである。ソフィからすれば、ここまで来るまでに何度も野営をしているし特に問題はないのだが、聖騎士が信奉する女神シルの化身とまで呼ばれているソフィを野宿させるなど、彼女たちの信仰心が許さないようだ。
しかも徒歩のソフィたちに合わせて、馬を引いて歩こうとしたが鎧を着ているため動きが鈍く、騎乗するように命じられるほどの堅物集団である。せっかく堅苦しい帝都の大聖堂から放り出されて、自由気ままに旅を満喫していたソフィからすれば、規律を重んじる聖騎士団は面倒な集団だった。
常に監視されているような気分を味わいながら街道に辿り着いた聖女巡礼団は、宿場町に着き次第さっそく宿を取るために向かった。そこでも安全確保のため、宿屋を丸ごと接収しようとしたフィアナと一悶着あった。
結局四人部屋を二部屋取り、聖女巡礼団の三人とフィアナ、そして男性聖騎士の四人で別れることになった。ソフィは部屋に入るなりベッドに倒れるように横になり、深くため息をつくと呟いた。
「はぁ……なんだかとっても疲れました」
ソフィには永続回復があるので、この程度の旅程で肉体的に疲れるということはないのだが、精神的にはかなり疲弊しているようだ。
その様子を見たフィアナは、首を横に振ってオロオロしはじめる。
「如何しましたか、猊下!? 大変だ、医者を呼んでまいりますっ!」
「だ……大丈夫ですからっ! 貴女も鎧を脱いで休んでください」
「し、しかし……それでは猊下に、何かあった時に守れません。それに猊下と同室など恐れ多いので、今夜は部屋の前で寝ずの番をするつもりです」
あまりに重い忠誠心にソフィは頭を抱えると、身を起こして真っ直ぐにフィアナを見つめる。
「いいですか、フィアナさん。貴女はおいくつですか?」
「はっ、今年十七になります」
「私より少し下ですね……歳下の女の子に、そんな無理をして欲しくありません。ですから貴女は、鎧を脱いで休んでください。護衛も寝ずの番も不要です」
「……はっ、心得ました」
フィアナは何かを言いたそうだったが、命令に応じて鎧を脱ぎ始める。鎧は一人で脱着できるように工夫されているようで、スルスルと脱いでいくと中からは歳相応の華奢な身体が姿を現した。
鎧などではなく普通のドレスでも着れば、年頃の男が黙っていないだろう可愛らしい女の子である。しかし、現実は騎士用のジャケットを着込み、剣だけは頑なに手放さない女の子がそこにいた。
「まぁ、とりあえずそれでいいでしょう。それじゃお腹も空きましたしご飯を食べにいきましょうか」
「わーい、ご飯だ~!」
マリアは喜んで両手を挙げた。結局シハレの町では観光どころではなく、まともな料理は食べれなかったので、久しぶりのまともなご飯だった。
◇◇◆◇◇
客室は二階にあり、一階は食事もできる酒場になっていた。宿場町の宿屋としてはよくあるタイプである。ソフィたちが降りていくと、聖騎士たちも鎧を脱いで先に下りていた。
「フィアナ隊長、先にやらせてもらってますよっ!」
フィアナの姿を見つけた聖騎士の一人が、酒が入っていると思われるジョッキを掲げて言ってきた。フィアナは呆れた様子で手を振ると、ソフィたちと一緒のテーブルに座った。
それを見ていたソフィは、聖騎士の中でもこの少女が特別に頭が堅いのだなと思い微かに笑った。
椅子に腰を掛けるとイサラが適当に注文してくれた。このような宿場町では、それほど多くのメニューがあるわけではないので、適当に希望を伝えて出てくるのを食べるだけだ。
しばらくして出てきたのは、ジャガイモと腸詰のポトフと黒く固いパンが運ばれてきた。
「美味しそう~」
「では、いただきましょうか」
軽めの祈りを捧げたあと、四人は食事を取り始めた。しかし食事の途中からイサラが落ち着かない様子で、何度か酒場の一角を見ていた。そんなイサラに、ソフィが首を傾げながら尋ねる。
「先生、どうしたんですか? 落ち着かないようですが」
「いえ……少し気になることがありまして」
ソフィがイサラが気にしている方向を見ると、フードを目深に被った人物が酒を煽っていた。冒険者の中でも偵察などを主任務とする斥候は、あんな感じの格好をしていることが多いので、特に気になるような人物ではない。
「彼が何か?」
「見たことがあった気がしたのですが……おそらく気のせいでしょう」
その後、食事が終わったソフィたちは部屋に戻ることにした。その時イサラがフィアナに耳打ちをすると、フィアナはパァと明るい表情を浮かべて、部下の騎士たちの所へ小走りに向かっていった。
◇◇◆◇◇
ソフィたちが部屋にいると、遅れてフィアナが戻ってきた。ソフィはレオを膝に乗せてブラシで毛繕いをしており、レオは尻尾を振りながら気持ち良さそうに鼻を動かしている。イサラとマリアはテーブルの上に指輪などを置いて、指差しながら何かを確認していた。
戻ってきたフィアナに、ソフィは首を傾げながら尋ねる。
「遅かったですね、何かありましたか?」
「いえ、部下たちと少し話していました」
満面の笑みで答えるフィアナに、ソフィは少し訝しげに見つめていたが、真実の瞳が反応しなかったので小さく首を振った。
「そうですか、それでは……今日はそろそろ休みましょうか」
「わかりました」
ソフィがそう言うと、イサラやマリアも割り当てられたベッドに横になりランプを消した。部屋の中が暗闇に覆われると、ソフィが静かに告げる。
「それでは、おやすみなさい……」
◇◇◆◇◇
それから数時間後 ──
階下から聞こえてきていた酒場の盛り上がりがようやく静かになった頃、一人の男性が部屋から出てきた。そして、隣の部屋の前に静かに立っている男に囁くような小声で話しかける。
「おい、交代だ。起きてるだろうな?」
「もちろんだ、異常はない。おっさんが一人向かいの部屋、斜め向かいに若い男と女が入っていったぐらいだ」
この状況報告をしているのは聖騎士団の男性隊員だった。イサラに一応警戒するように告げられたフィアナは、四人の部下たちに交代で部屋番をするように命じたのだ。彼らはこんな宿屋で襲ってくる奴もいないだろうと考えていたが、隊長であるフィアナの命令であれば仕方がないと従っていた。
さすがに鎧姿というわけにはいかず、装備はジャケット姿で懐に短剣を仕込んである程度である。この狭い通路では、長大な騎士剣は振り回せないためである。
「まぁ、隊長の寝姿でも想像しながら頑張れよ」
「馬鹿なことを言うな、それなら美人の司祭様にするぜ」
「ははは、違いない」
そんな軽口を叩き合いながら手を振ると、先程まで部屋の前で護衛をしていた男は自分たちの部屋に入っていった。残された騎士は壁に背をつくと、警戒するように唯一の通路を一瞥して鼻で笑うのだった。
それから、一時間ほど経過 ──
皆寝静まったのか人の出入りもなく、聖騎士は月明かりしかない通路で退屈そうに欠伸をしていた。
「任務とは言え、実に退屈だな……」
聖騎士として大司教を守ることに異論はなく、むしろ光栄なことだと思っているが、そもそもソフィを狙っている者がいるかも不明の状況である。この状況で集中力を保つのはなかなか難しいことだった。
聖騎士はまた欠伸をすると、再び通路を一瞥する。その時目の端に何かが映った。反射的に懐に隠した短剣に手が伸びたが、その手が何者かに押さえられた瞬間、脇腹に激痛が走った。
聖騎士が自分の手を押さえている手から先を見ると、フードの男が大きなナイフを自分の脇腹に刺している。そして助けを呼ぼうと息を吸い込んだ瞬間、喉を横に切り裂かれ力なく崩れ落ちる。
崩れ落ちた聖騎士を抱きかかえると、フードの男は静かに彼らの部屋の前に下ろした。まだ息があるのかパクパクと口を動かしながら、虚ろな目でフードの男を見つめている。
フードの男はソフィたちの部屋の前に立つと、ナイフを片手に扉のノブに手を掛けるのだった。




