第45話「聖騎士団」
騎士たちの到着とほぼ同時刻、湖側からの道から進んできたソフィが町に辿り着いていた。彼女は到着するなり彷徨っている亡者たちと、町の被害状況に眉を顰める。そして右手を前に突き出すと、浄化の光の発動に入った。
「不浄なる者を、神の御許に……浄化の光」
イサラの浄化の光より、遥かに大きな浄化の光が打ち上がる。その光に巻き込まれた亡者たちは、瞬時に光の粒子になって消えていく。光の柱が徐々に小さくなり完全に浄化が完了すると、前方が騒がしくなっているのが聞こえてきた。
「ひょっとして逃げ遅れた人たちが?」
そう考えたソフィは、すぐに声が聞こえた方に駆け出すのだった。彼女が少し進むと前方に白い鎧を着た騎士たちが、その剣で亡者たちを両断しているのが見えた。彼らの姿を見たソフィは少しは眉を顰める。
「あの装備は……聖騎士? もう来てしまったの?」
「何者かっ!?」
聖騎士と呼ばれた者の一人が、突然現われたソフィに剣を突きつけて叫ぶ。しかしその聖騎士に対して、隣の隊長各と思われる騎士が殴り飛ばした。
「馬鹿者っ! あの方の胸元の証を見ろっ!」
ソフィの胸元には大司教の証である緑の護符が輝いている。それを見た騎士たちは一斉に膝をつくと、司祭服を着た男性が戸惑いながら前に出てきた。状況が掴めていない彼の代わりにソフィが声を掛ける。
「貴方がシスターアルメダが言っていたジューン司祭ですか? 私はソフィーティア・エス・アルカディアです」
「だ……大司教猊下!?」
名乗られたことで、ようやく目の前にいる人物が何者なのか気が付いたジューンは慌てて跪く。
「堅苦しい挨拶は後にしましょう。今は町中に溢れかえった亡者たちの浄化と、民衆の救助を優先してください」
「はっ!」
ソフィの命令に騎士たちは一斉に立ち上がり亡者たちの浄化を始めた。その後シスターアルメダやマリアも合流し、すべての状況が治まったのは空が白み始めた頃のことだった。
「女神シル様の加護だ!」
「信じられるのは女神様だけだぁ!」
ソフィたちに救われた民衆は、昨日の昼までシルフィート教を弾圧していたことなど忘れたかのように、女神シルとソフィたちを讃えている。そんな民衆に節操の無いことだと思ったが、ソフィは微笑みながら手を振っていた。
その日の昼頃、シャーマンドリーは証拠と共に生き残った衛兵に突き出された。最後までシルフィート教への怨嗟の言葉を叫んでいたが、町の住人からは「魔女めっ!」などの罵詈暴言を投げかけられていた。
◇◇◆◇◇
シャーマンドリーの引渡しが終ったあと、ソフィたちは聖堂で遅めの昼食を取っていた。同席しているのは聖女巡礼団の三人と一匹、この聖堂の主ジューン司祭とシスターアルメダ、そして五人の聖騎士だちだった。
聖騎士の隊長はやはり女性で、脱いだ兜からは長い金髪が現れた。まだ幼さが残る顔から、年齢はソフィより若く、おそらく十代であると思われた。
「改めまして、お会いできて光栄です。アルカディア大司教猊下、私は聖騎士団の小隊長フィアナ・フェル・ティーです」
聖騎士団というのはシルフィート教が抱えている騎士団で、女神の尖兵という別命で呼ばれることもある。王都のアルカディア大聖堂にも二百人程駐在しているが、その本営は北部のシリウス大聖堂にあるが、彼女たちはフォレストの街に駐在している部隊から派遣されたそうだ。聖騎士団の最優先の職務はシルフィート教徒の保護である。
ソフィは少し困った顔をして尋ねる。
「フィアナさん、聖騎士団がこの町に来た理由を教えて貰える?」
「はっ、ジューン司祭の訴えにより異教徒と衝突が確認されましたので、シルフィート教徒の保護のもと、聖騎士との職務を全うするために参りました」
淀みなく告げるフィアナにソフィは頭を抱えた。悪い予感が的中したためである。
「続行するつもりですか?」
「はっ、別命あるまでは聖騎士の職務を全うするのが、我々の使命かと存じます」
彼女たちが言っている職務とは、シルフィート教に攻撃を加えた者たちを殲滅することである。シルフィート教は他の宗教にも基本的に温和政策を取っているが、攻撃された場合はその限りではない。聖騎士を派遣して徹底抗戦することも辞さないのだ。その姿勢が抑止力になり、他の宗教との争いはほぼ起きていない。
「わかりました。では私は大司教の権限で貴女がたが受けた命を解き、新たに聖堂の復旧に尽力後、原隊への復帰を命じます。責任者から叱責を受けぬように私が一筆したためますので、それを持っていくように」
「はっ、大司教猊下の命に従い我々は聖堂の復旧に助力後、原隊に復帰します」
聖騎士団もシルフィート教の一機関なので、最高責任者は大司教である。つまりソフィであれば、彼らの命令の上書きが可能なのである。
せっかく住民が今までのことを悔い改め、シルフィート教に改宗を始めたのに虐殺などされては困るのだ。ソフィたちが早期解決のために動いたのは、このことが懸念されたからだった。
……とは言え、聖騎士団に助けを求めたジューン司祭たちに非があるわけではない。このような事態に陥った場合、聖騎士団に助けを求めよというシルフィート教が定める規範に沿っているし、なによりあのままエスカレートすれば殺されていたかもしれないのだ。
とりあえず何とか状況を治めることが出来たソフィは、安堵のため息をついたのだった。
◇◇◆◇◇
それから数日間は皆で荒れ果てた聖堂の修繕を行なった。その間に町の住民たちがこれまでの事の謝罪に訪れ、聖堂の修繕にも積極的に参加してくれた。ジューン司祭たちにも思うところはあっただろうが、慈愛の女神を崇めているシルフィート教としては、慈悲の心で彼らの改心を認める以外はなかった。
また住民たちにより、ザフィー教の神殿や神像が壊されそうになったが、ソフィがそれを止めた。曰く「この像を神殿を心の拠り所にしている方がいるはずだ」と言うのが理由だった。この寛大な処置に息を潜めていたザフィー教徒たちも涙し、その一部はシルフィート教に改宗したという。
無事に聖堂の修繕が終わると、ソフィたちはフォレストの街に向かうことを決定した。聖堂の前では、そんな彼女たちを見送るためにジューン司祭とシスターアルメダが立っている。
「猊下、本当にありがとうございました」
「助けていただいたご恩は一生忘れません」
ジューン司祭は深々と頭を下げる。ソフィはそんな彼らに優しく微笑んだ。
「全て女神シル様のお導きですよ」
彼女たちが町を訪れたのは、マリアが盛大に迷子になったせいなのだが、ここでそれを言うのは無粋だと言えよう。
「猊下、そろそろ行きましょうか?」
「えぇ、そうですね」
イサラに言われてソフィは頷くと、ジューン司祭たちは指を組み旅の安全を祈る。
「貴方がたに女神シル様の、大いなる加護があらんことを」
「ありがとうございます」
こうして出発したソフィたちの後ろには、五人の聖騎士たちが付き従っていた。フォレストの街に向かうという聖女巡礼団に、フィアナ小隊長が護衛を買って出たのだ。徒歩だからと断ったソフィたちに「どうしても!」と一歩も退かず、結局ソフィ側が折れて同行を許可したのだった。
聖堂を出た聖女巡礼団と聖騎士団が、シハレの町の大通りに差し掛かると歓声が聞こえてきた。
「俺たちのために戦ってくれてありがとよ~」
「女神シル様の祝福あれ~」
どうやら事前に出発することを聞いていたのか、かなりの数の住民が集まってきている。聖騎士たちは聖女巡礼団を護るように展開すると、歓声で吹き荒れる大通りをゆっくりと抜けていく。
ここまで歓声を送られると少し恥かしい感じがしたが、ソフィは微笑みながら手を振って応えている。その住民たちの笑顔を見て、ソフィがボソッと呟く。
「この町は、もう大丈夫かもしれませんね」
「えぇ観光地として人気を取り戻すには、少し掛かるでしょうが……」
イサラが答えると、ソフィは小さく頷いた。こうして大きな歓声に見送られて、聖女巡礼団はシハレの町から出発したのだった。




