第44話「死霊使い」
ガントレットの宝玉が輝きを放つと、同時にソフィ自身も超過強化の光に包まれる。
神器からは放たれる聖光が伴う輝きに、亡者たちは動きを止めて苦しみ出した。
「ウガァァァァ!?」
そんな亡者の群れに、ソフィーは指を開いた状態で右手のガントレットを突き出した。
「モード:聖!」
モード:聖── モード:癒と同様に属性を強化するモードであり、文字通り聖なる属性を強化するものである。
ソフィの意思に呼応してガントレットの形状が少し変化すると、掌を中心に強い輝きに包まれる。ソフィは掌に意識を集中しながら瞳を閉じる。
「女神シル様の御手は、全ての哀れなる者を包みこみ、大いなる安らぎを与える……女神の御手」
そう唱えながらソフィが目を見開いた瞬間、彼女から光の掌が放たれた。その光の掌は亡者の群れを包みこんでいき、瞬時に光の粒子になって消えていく。その一撃で亡者の群れを半数近く失ったドリー婆は、閉じ掛けの目を見開いて叫ぶ。
「な……なんじゃとぉ!? 馬鹿なっ、ザフィー様の加護を受けた者どもを、一瞬で消し去るじゃと!? この化け物めがぁぁ」
死霊使いに化け物扱いされて、ソフィは眉を顰めるが意思なき亡者たちは、半数近く失ってなおソフィたちに向かって進んでくる。
「今のでわかったでしょう? いくら付加魔法しても、レリ君で強化した聖光には及ばない! 大人しく屍操術を解除してください」
「ぬかせぇ小娘がぁぁ! 大いなるザフィー様の加護を受けし者よぉ。集いて、魔女を滅せよぉぉぉぉ」
ドリー婆の絶叫によって死者たちはお互いに重なりあい、おぞましく形に変容していく。
「ウォボァァァァァァァ!」
そしてどろどろの肌に複数の顔を持つ、恐ろしい姿の化け物が産声を上げた。ソフィは化け物を睨みながら拳を握り締める。
「どこまで……死者を冒涜すれば気が済むのですか、貴女はっ!」
「猊下、気を付けてくださいっ! 女神シル様の御手は、全ての哀れなる者を包みこみ、大いなる安らぎを与える……女神の御手」
咄嗟にソフィの前に出たイサラが、掌を化け物に向けると女神の御手を発動させる。異形の化け物を再び眩い光が包みこむ。しかし、すぐに紫の靄が爆発したように聖光を弾き飛ばしてしまった。
「くっ……強化の深度が上がってる」
「ひゃひゃひゃ、馬鹿めぇ! 聖光など、もはや効かんわぁ!」
ドリー婆の高笑いに対してイサラは歯軋りをする。ソフィは腰を落として拳を構えると、イサラに向かって静かに告げる。
「どいてください、先生……」
「猊下?」
イサラが振り向くと、ソフィの瞳には静かに怒りの炎が宿っていた。そのことに少し驚いた顔をすると、イサラは少し後に下がって道を譲った。
「さぁ、奴らを殺せぇ!」
「ウボァァァァ」
ドリー婆の命令で異形の化け物は、ソフィたちに向かって唸り声を上げながら動きはじめた。
「……モード:拳」
ソフィが静かにそう告げるとガントレットの宝玉に聖印が現れ、白く輝く鎖がガントレットに消えていく。
「女神の慈悲が届かなくても……聖女の拳はどう?」
目を見開いてそう呟くと、ソフィは地面を蹴って一足で異形の化け物に接近する。そのまま付き出された右拳が、異形の化け物のどろどろの肌に突き刺さると、そこを中心に水に小石を落とした時のような波紋が描き出す。そして衝撃が限界に達した時、化け物は中心から消し飛んで四散したのだった。
「あぁぁぁ……ば、馬鹿なぁぁぁ。聖光は効かぬはずだぁぁ!?」
ドリー婆は目を見開いて腰を抜かしている。ソフィはニッコリと微笑みながら近付き、ガントレットを見せつけるように突き付け
「これは……ただの物理攻撃だから」
と告げると、ドリー婆は恐怖に顔を歪めて泡を噴いて気絶したのだった。
◇◇◆◇◇
「キャァァァァ!」
突然聞こえた悲鳴に、ソフィたちが振り返ると青い顔をして口を押さえているシスターアルメダがいた。どうやら戦闘音が聞こえなくなったので、様子を窺いにマリアと共に聖堂から出てきたようだ。
シスターアルメダが叫び声を上げるもの仕方がなかった。ドリー婆は泡を噴いて倒れていたし、その周辺にはモード:拳で吹き飛んだ死肉が散乱していたのだ。
「い……一体、何が!?」
「シスターアルメダ、もう大丈夫ですよ。今回の騒動の黒幕もそこで寝てますし、明日の朝にでも証拠と共に衛兵にでも突き出しましょう」
ソフィが説明している間に、イサラは用意してあった縄でドリー婆を縛り上げて担ぎ上げていた。
「先生はそのままシャーマンドリーを聖堂内に運んで、閉じ込めておいてください」
「はい」
「シスターアルメダは、私と共にここを浄化しましょう。さすが聖堂の軒先をこのままというわけにはいけませんから」
「は、はい」
イサラはマリアやレオと共に聖堂に向かい、ソフィとアルメダは浄化の光で、かつては人だったものの残骸を清めていく。浄化の光はによって死体の破片は浄化していき、淡い光の粒子となって消えていった。
その作業をしていると、なにやら叫びながらこちらに向かってくる声が聞こえてきた。
「なに?」
「なんでしょう。女性の声のようですが?」
ソフィとアルメダが首を傾げて聖堂前の道まで出てくると、町の方角から一人の女性が駆けてきた。その女性はアルメダを見た瞬間、安堵の表情を浮かべるとそのまま彼女に縋りつくように抱きついた。
「あぁ……シスターアルメダ、助けてくださいっ!」
「マガルさん!? どうしたのですか?」
マガルと呼ばれた中年女性は何度も転んだのか、スカートは泥だらけになっていた。マガルは取り乱した様子だったが、なんとか事情を語ってくれた。
彼女の話によると、現在町の方にも亡者の群れが現れて暴れている。当初は熱狂的なザフィー教の信者が、ドリー婆が助けてくれると喧伝していたが、逆に近くにいた信者から順に襲い掛かられいったという。かなり被害が出ており、逃げ延びた住民は家の中に閉じこもっているとのことだった。
シルフィート教の元信者だったマガルは、シルフィート教の神官が前回亡者の群れが現われたときに、対処してくれたことを思い出して助けを求めに来たのだという。
おそらくドリー婆は聖堂を制圧したあとに町に行き、亡者の群れを対処することで町の住人の信仰を受けようとしていたのだ。しかし、ここでドリー婆の野望は費えたため、亡者の群れが町で暴れたままというわけだ。
「猊下、すみません。私は行って来ますっ!」
「助けを求める方を見過ごせません。私が先行しますから、貴方はそのご夫人と一緒に」
ソフィはそう言い残すと、身体強化を発動させて町に向かって走り出した。
◇◇◆◇◇
大通りは普段なら夜でも出店などが出ており、観光客が集まるスポットである。ランプで照らされた石畳がロマンティックな雰囲気を漂わせ、観光目的できた恋人たちや家族などが目を輝かせながら歩いている。
しかし、現在は亡者たちが彷徨う地獄絵図となっていた。屋内に逃げた者たちは玄関を堅く閉め、窓は全て鎧戸を下ろしている。衛兵や逃げ遅れた者たちは集まって、荷台などを倒して簡易的な防壁にすると必死の抵抗を見せている。北部は敵国からも近く野盗等も多いので、襲撃に対する対応が事前に練られていたのが功を奏していた。
それでも数が多すぎる上、襲われた端から亡者たちの仲間になっていくので、形勢は明らかに不利だった。未だに湖神ザフィーに祈る者、一度は信仰を捨てておきながら女神シルに祈る者など、違いはあれど最早祈るしかない状況に抵抗の勢いが徐々に失われていく。
しかし……そんな折、希望の光が彼らの後ろを照らした。一人の司祭と眩いばかりの白い鎧に身を包んだ五人の騎士たちが現われたのだ。その中の一人、兜を被っているため顔はわからないが、女性の声で号令を掛けながら剣を抜き放つ。
「女神シル様の慈愛の心は、全ての者を護る。いくぞ、『神聖執行』!」
「おぉ!」
その号令に応じた騎士たちは抜剣すると、抵抗を続けていた者たちの前に出て亡者たちを押し返し始めるのだった。




