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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
北方暗躍編
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第43話「ザフィー教」

 ソフィがマリアと共に聖堂から出ていくと、そこには怪しげなローブを着た老婆と町の住人だと思われる男たちが五十人ほど集まっていた。


 ソフィたちの姿を見た途端、男たちは怒りに満ちた顔で暴言を浴びせてきた。


「邪教は、今すぐ町から出てけっ!」

「見ない顔だ、やっぱり仲間を呼んでたんだっ!」

「お前らのせいで、町がこの有様なんだっ!」


 ソフィは微笑みながら両手を広げると、暴徒と化した民衆に語りかけ始める。


「私はソフィーティア・エス・アルカディア。シルフィート教の大司教を務めております」


 名乗ったソフィに民衆はどよめきながら、お互いの顔を見回す。しかし聞いたことがない役職に、首を横に振るだけだった。


「大司教ってなんだ? 司祭とは違うのか?」

「何だか知らんが、シルフィート教なのは一緒だろ」


 先頭にいた老婆だけは目を見開いている。大司教など縁がない辺境の町である。民衆には大司教の権威は理解されなかったが、どうやら老婆だけはソフィが何者なのかを悟ったようだった。


「よくわらかねぇが、やっちまえっ!」


 民衆が石を手にしはじめたので、マリアが両手に盾を携えてソフィの前に出ようとする。しかしソフィは彼女の肩に手を置いて止める。


「マリアちゃん、大丈夫だから下がってて」

「はーい」


 ソフィが大丈夫だと言えば、マリアは文句を言わず大人しく従う。これはソフィが大司教ということもあるが、マリアがソフィのことを深く信頼しているからである。


「舐めやがって、くらえっ!」


 そのやり取りを目にした住民たちは、ソフィ目掛けて一斉に石を投げ始めた。しかし彼女に近付く前に、飛来する石は粉々に砕け散っていく。


 飛んできた石は全てガントレットから伸びた鎖が、彼女に届く前に砕き割っていたのである。微動だにせず微笑んでいるソフィに、民衆は驚いて攻撃の手を止めた。


「な……なんだ!?」

「いがみ合っていても仕方がありません。まずはお話をしましょう」


 ソフィが優しげに諭しながら近付こうとすると、恐怖に駆られた民衆は逃げ出してしまった。


「ひぃぃぃ」

「こらっ、お前たち!?」


 ただ一人残された老婆は逃げていく民衆に怨嗟の言葉を吐いている。しばらくして決心したようにソフィを睨み付けると叫んだ。


「えぇい、魔女めっ! この地から出ていけぇ。我々はザフィー様に抱かれて生き、そして死んでいくのだぁ」

「それが貴方たちの神のご意思ですか……随分と狭量な神なのですね? 慈愛の女神シル様は他の神を信じる心もお許しになられますよ」

「な……なんじゃとぉ!?」


 ソフィの挑発とも取れる言葉に、老婆は手足をバタつかせて怒り狂っていた。老婆は震えた手で杖を振り上げると、老婆とは思えぬ大声で叫ぶ。


「おぉ、ザフィー様を愚弄した貴様や愚民どもには災いが起きるぞぉ。覚悟しておけぇぇぇ!」


 絶叫した老婆は肩で息をしながら聖堂から離れていった。それを見送ったソフィは深くため息をついた。


「ふぅ……怖かったぁ」

「わたしもです~。でも、聖女さまを魔女扱いするなんて許せないっ!」


 聖堂の周りが静かになると、中からイサラとアルメダが出てきた。イサラは先程のやり取りに首を傾げながら尋ねる。


「猊下、なぜあのような挑発を?」

「だって、今の方がザフィー教のシャーマンですよね?」

「はい、今のがザフィー教のシャーマンドリーです」


 ソフィの質問にはアルメダが答えてくれた。その答えに満足したソフィは頷くと微笑みを浮かべた。


「これで、すぐに解決できるかもしれませんね」



 ◇◇◆◇◇



 その日の夜、聖堂の中で食事を取ったソフィたちが待っていると、灰色の雨外套を着たイサラが戻ってきた。


「先生、お疲れ様です。どうでしたか?」

「はい、猊下の予想通りです。挑発に乗ってまんまと屍操術(リビングデッド)の儀式を……記録宝珠で証拠も押さえてきました」


 記録宝珠とは魔道具の一種で、術者の視界に捉えていた者を宝珠内に記録することができる道具である。主に軍事や冒険者の報告用に利用されており比較的高価な道具だ。


「ありがとうございます。それではお出迎えしましょうか? シル様の聖堂がこれ以上荒らされるのは、見るに耐えません。私と先生が前に出るから、マリアちゃんはシスターアルメダと聖堂を守ってくれる?」

「はーい」


 マリアが元気良く返事をすると、レオが首を傾げながら一吼えする。


「がぅ?」

「レオ君? レオ君はこっちかな。先生と一緒にいて」


 ソフィがイサラを指差すと、レオはイサラの足元に近付け身を擦り付けている。ソフィは右手にガントレット:レリックを装着すると、静かに頷いてから告げる。


「さぁ、行きましょうか……哀れな死者をシル様の御許へ」



 ◇◇◆◇◇



 満月の綺麗な夜だった。北の地の冷たい風が身に染みる。その冷たい風に微かだが腐敗臭が混じり始めると、ソフィは右手を握り締めた。


「うぅぅぅ~……」


 水の中で喋っているような鈍い唸り声が聞こえてくると、ソフィたちの前に死者の群れが現れた。ゆったりとした足取りに、濁った瞳、そして強烈な腐敗臭が鼻につく。白骨化している死体も含めて百体ほどが聖堂に向かって進んでいた。


 眉を顰めたイサラは、ソフィに確認をする。


「猊下、どうしましょうか?」

「少なければ鈴鳴りの儀で、丁寧に送ってあげたかったんですが……あの数では仕方がありません」


 ソフィが目を瞑って首を横に振ると、イサラは小さく頷いて右手を亡者たちに向ける。


「わかりました。不浄なる者を、神の御許に……浄化の光(ターン・アンデッド)


 巨大な光の柱が打ちあがり、亡者たちの先頭を飲み込んでいく。光に包まれた死者はボロボロと崩れ去り光の粒子になって消えていった。


 しかし亡者たちから紫色の靄が、浮かび上がったかと思えば、それが爆発したように膨れ上がり光の柱を消し飛ばした。自分の法術を破壊されたイサラは、目を見開いて驚いている。


「なっ!?」


 その瞬間、左右から犬のような獣のアンデッドが、彼女に向かって跳びかかってきた。


「ガゥ!」

「させませんっ!」


 一匹はレオの雷撃に飲まれて丸焦げになり、もう一匹はソフィの右フックに吹き飛ばされて近くにあった木に激突した。


「先生、大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫です。しかし浄化の光(ターン・アンデッド)が弾かれるとは……死霊術の付加魔法(エンチャント)ですね」


 付加魔法(エンチャント)とは、他者の能力を向上させる魔法の分類である。身体強化やソフィの超過強化(リミットブレイク)は術者自身にしか掛けれないのに対して、付加魔法(エンチャント)は他者に掛けることができるため、冒険者の中にはそれを専門に習得する付与術士(エンチャンター)という職業もある。


「この数を同時に付加魔法(エンチャント)するとは、高位の付与術士(エンチャンター)が……」


 イサラがそこまで口にすると、亡者たちの奥から笑い声が聞こえてくる。


「ひゃひゃひゃ……その程度の法術で、ザフィー様の加護を受けし者どもを倒せると思うたかぁ」


 死者の群れがゆらゆらと揺れながら左右に割れると、先程の老婆が杖をつきながら姿を現した。


「シャーマンドリー……」

「これほど高度な死霊術に付加術を習得しているとは驚きです。年の功でしょうか? さすがに片足どころか、首元まで墓穴に踏み込んでいるだけありますね」


 イサラの強烈な皮肉に、ドリー婆は気味の悪い笑い声を上げる。


「ひゃひゃひゃ、ぬかせ小娘どもがぁ」


 ソフィは置いてあった肩掛け鞄から、記録宝珠を取り出すとドリー婆に突きつける。


「シャーマンドリー、貴女が死霊術で死者を操っている証拠はここにあります。このように愚かな行動は止め、大人しく罰を受けてくださいっ!」


 記録宝珠にはドリー婆が怪しげな術を使い死者を蘇らせている映像が記録されている。それを片目を開いて観ると、ドリー婆は再び怪しげな笑い声を上げる。


「ひゃひゃひゃ、馬鹿かぁ小娘ぇ! 貴様らはどうせここで死ぬのだ、そんな証拠が何になるというのだぁ。者ども、そいつらを殺して仲間に加えてやれぇ」

「ウガァァァァ」


 ドリー婆の命令に、亡者たちは唸り声を上げるとソフィたちに向かって動きはじめた。ソフィは悲しそうな表情を浮かべると腕をクロスした。


「これ以上、死者を冒涜することは許せません! ……聖女執行セイントジャッジメント』!」

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