第41話「雪小屋の一夜」
翌日予想通り二日酔いで苦しんでいたマリアを女神シルの息吹で回復させると、ソフィは彼女と一緒に最初に訪れた商店に来ていた。
「お嬢さんたち、よく来たな」
数日前に訪れてた時とは打って変わって、店主は愛想笑いを浮かべながら声を掛けてきた。
「はっははは、狼たちを追っ払ってくれたのは、お嬢さんたちなんだって? いや、本当に助かったぜ」
「いえ……私たちは小さいのを少し追い払っただけで、群れのボスを倒したのは別の方ですよ」
このやりとりは昨日から何度も繰り返していることだった。ソフィたちは町長にちゃんとキースがボスを討ち取ったと伝えたのだが、盛り上がった町民たちは報告にきたソフィたちが倒してくれたと勘違いしてしまったのだ。
「ん? そうなのか、まぁどっちでもいいさ。それで今日は何かお探しかい?」
「はい、外套を新たに作っていただくと、どれぐらい掛かりますか?」
その質問に店主は困ったような表情をすると、カウンターを人差し指でトントンと叩きながら答える。
「今から発注となると……革製なら数ヶ月、布製でもそれなりに掛かるぜ」
「そうですか……」
もう少し早くできると思っていたソフィは、落ち込んで肩を落とす。その様子に店主は少し考え込むと、何かを思い出したように頷いた。
「……いや、アンタなら……ちょっと待っててくれ」
「えっ……はい?」
店主が店の奥へ行くと、ガタガタと大きな音が聞こえてきた。そして、しばらくして何かを持って戻ってきた。
「おぅ、これなんてどうだ? 前に仕入れたんだが、全然売れなくてなぁ」
そう言って見せてきたのは純白の外套だった。この店で扱うにしては随分上等な物のようで、滑らかな光沢が高級感を出している。
「これは?」
「以前この町に滞在した巡礼団が、こんな感じの白い外套を身に着けてたんだ。俺はそれを見て『これは売れる!』と思ってな。大枚叩いて何着か作ったんだが、まったく売れなかった。こんな白い外套は、汚れが目立ってしょうがないとか高すぎるとか、そりゃ酷評だったよ。……で、大損した苦い記憶ごと倉庫にしまってあったんだ」
頭を掻きながら店主は苦笑いをしている。ソフィは許可を取ってから、その外套を羽織ってみた。質は申し分なく上品な意匠が施されており、軽いため旅路でも楽そうである。マリアも気に入ったようで目を輝かせている。
「聖女さまっ、これ買いましょう!」
「でも、これきっと高いと思うよ?」
ソフィがチラリと店主を見ると、店主は指を一本立てて
「一着、たったの金貨一枚だっ!」
「き……金貨ぁ!?」
マリアは驚いた顔をして大声を上げる。
「いくらなんでもそれは高いよ、おじさん~」
「そうは言っても、こっちも元手が掛かってるんだ。でも三着一緒に買ってくれたら金貨二枚でいいぜ?」
ソフィはクスッと笑い肩掛け鞄から皮袋を取り出すと、ルスラン金貨を二枚カウンターに置く。店主は大喜びでそれを受け取った。
「仕立て直しはしてもらえますよね? マリアちゃんにはちょっと長いと思うので」
「そっちのおチビちゃんかい? 確かにちょっと長いかもな~どれ?」
店主はカウンターから出てくるとマリアの横に立つ、そして大まかな身長を把握すると、カウンター上の紙にペンを走らせた。
「そっちのお嬢さんと、この前の姉さんは大丈夫かい?」
「えぇ、私と先生はだいたい同じ身長なので大丈夫です」
「それじゃ工房に出しておく、明日には出来てると思うからまた取りにきてくれ」
「わかりました。それではお願いします」
ソフィたちは店主に仕立て直しを頼むと、店を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
数日後 ──
燃える焚き火の光を見つめながら、マリアが首を傾げてつぶやいた。
「おかしい……」
買い物をした翌日、外套を受け取ったソフィたちは、そのままロッケンの町から出発し、北部の中心的な街フォレストを目指していた。
その間イサラは考え込むことが多く少し元気はなかったが、マリアを先頭に順調に進んでいた。そんな聖女巡礼団が現在いるのは、雪山にある小さな山小屋だった。
「すみません、猊下……」
「先生のせいじゃありませんから」
イサラは落ち込んだ様子で頭を下げ、ソフィは慰めるように彼女の肩を擦っている。普段ならマリアの先導が目的地から逸れると、イサラが逐一止めているのだが、物思いにふけっていた彼女はそれをしなかったのだ。その結果マリアは自由に動き回り、こんなところまで来てしまっていた。
道中で吹雪いてきたことで、ようやく異変に気がついた一行は、近くにあった山小屋に避難したのである。幸い毛布や薪などが備蓄されており、一晩過ごす程度なら問題はなさそうだった。マリアはカラカラと笑いながら、イサラの肩を軽く叩いて慰める。
「そうだよイサラ司祭、元気出してっ!」
「貴女は反省なさいっ!」
頭に落とされた拳骨にマリアは、蹲って頭を押さえて涙目になっていた。そんな様子にソフィは口を押さえて笑っている。
「あまり聞いちゃいけないのかなっと思って、聞かなかったけど……先生、あのキースさんという冒険者と会ってから、様子がおかしいですよね?」
「……別に隠しているわけではありませんよ」
イサラは儚げに微笑むと、ゆっくりとキースのことを語り始めた。
キースは以前イサラが、まだ冒険者だった頃に組んでいたパートナーだった。
彼女が冒険者を辞めて教会のシスターになった後も、その関係は続きソフィの祖父カトラス・エス・アルカディアが視察の旅に出たときは、イサラと共に護衛の一人として同行していた。
しかし今から九年前、とある事件が起きたのだ。魔獣による大司教襲撃である。この襲撃によって大司教が負傷することはなかったが、護衛が二名死亡、行方不明のため推定死亡が一名、そして一名大怪我を負ったのだった。
この時負傷したのがイサラであり、行方不明になり後に死亡扱いになったのがキースだという。顔の半分を切り裂かれ、血塗れのまま魔獣を道連れに崖下に落ちていった彼のことを、今でも夢に見ると話してくれた。
「でもあの人、イサラ司祭のこと知らないって……いたたたた、レオ君噛まないでっ!」
マリアの頭に飛びついたレオが、ガブガブと彼女の頭を噛み付いた。それに対してソフィとイサラは苦笑いを浮かべている。
「何故かはわかりませんが、キースは私のことを覚えてないようでした」
イサラが悲しそうな顔をすると、ようやくマリアは失言に気付いたようだった。ソフィはそんなマリアからレオを引き剥がすと、彼女の頭に治癒術をかけていく。
「何かショックを受けて、記憶を失っていたのかも?」
「そうかもしれませんね。ふぅ……話したら少し気が楽になりました。ありがとうございます、猊下」
「話を聞くぐらいなら、いつでも付き合いますから」
ソフィが優しげに微笑みながら答えると、イサラは拳を握り締めて
「とりあえず、次に会ったらぶん殴ってみます」
と答えた。ソフィとマリアは、それに対して声を出して笑うのだった。
翌朝 ──
雪に埋もれた山小屋を這い出るように脱出すると、一面銀世界が広がっていた。
「わぁ真っ白!」
「ガゥガゥ」
マリアの腕から飛び出したレオは、雪にまみれて走り回っている。どうやらレオンホーンは、寒さに強い種族なようだ。マリアもレオを追いかけてはしゃいでいる。
イサラは太陽の位置と眼下に広がる地形を確認しながら、しばらく地図を見つめてから頷いた。
「だいたいこの辺りですね。たいぶ北に逸れてますが……目的地はフォレストの街でいいですか?」
「えぇ、行けそうですか?」
ソフィが首を傾げて尋ねると、イサラは小さく頷いて答える。
「はい、問題ありません。ほら、シスターマリア! 行きますよっ」
「はーい」
「がぅがぅ」
こうして聖女巡礼団は、再びフォレストの街に向かって進み始めるのだった。




