第40話「魔狼と出逢い」
森の中で少し休憩した後、聖女巡礼団は鎖が示す方向にゆっくりと進み始めた。マリアを先頭に守護者の光盾を展開したまま獣道を分けて進んでいた。
「レオくん、重いから降りてよ~」
「にゃふぅ~」
レオは文句を言うマリアを特に気にせず、彼女の頭の上で大きな欠伸をしていた。
しばらくして再び開けた場所に出た一行に、大きな遠吠えが聞こえてきた。その声は
「凄い声……ボスの遠吠えかな?」
「かもしれませんね」
守護者の光盾を解除すると、ソフィたちは声が聞こえてきた方角に向かって進むことにした。
しばらく進むと、一匹の魔狼が飛び出てきて吠え掛かってきた。
「グルルルルルゥゥ」
「おそらく吠え役ですね。周辺を警戒してください、猊下。マリアとレオはその魔狼を」
「はい、わかりました」
「りょーかい」
「がぅ」
イサラが指示を出すとそれぞれ警戒態勢を取った。飛び掛ってきた魔狼をマリアがシールドで弾き返すと、周辺の茂みに隠れていた魔狼たちが一斉に一行に飛び掛かってきた。
一匹が吠え掛かり注意を向けさせて後ろから襲い掛かるのは、普通の狼と同じ習性のようだ。
「グガァァァァァ……ギャウゥン」
飛び掛ってきた狼の横顔にソフィの右フックが突き刺さると、派手に吹き飛んで地面を何度もバウンドする。その強烈な一撃を目撃した魔狼だちは、攻撃を躊躇して警戒した様子で唸りながら周りを回り始めた。
吹き飛んだ魔狼は治癒拳撃の効果で、起き上がると一目散に逃げていった。警戒して動きが鈍った魔狼たちに、イサラとレオの雷撃が炸裂すると生き残った魔狼たちも一斉に逃げていく。
「きゃうん」
聖女巡礼団は、そのまま逃げていく狼たちを追いかけ始めた。今度はそれなりに広い道だったこともあり、つかず離れずで追跡ができていたが、突然大きな音と共に地鳴りのような振動が響き渡ってきた。ソフィとイサラは訝しげに眉を顰める。
「この音、誰かが戦っている?」
「おそらく……少し急ぎましょう」
しばらくすると巨大な魔狼が見えてきた。いや正確には魔狼だったものがそこにはあった。首を斬り落とされて鮮血を撒き散らしているソレは、明らかに絶命しており生前であれば小山のような大きさだっただろう。
胴体から少し離れたところに大きな頭が落ちており、その側に血濡れの剣を手にした一人の男が立っていた。前髪で顔の半分を隠しており、風貌は剣士風傭兵といった感じだった。
「あれは……?」
「アルエさんが言っていた剣士風の冒険者?」
その男性もソフィたちの存在に気がついたようで、剣を振って血を飛ばしてから鞘に収めて話し掛けてきた。
「なんだ、お前ら……んっ? レオンホーン?」
「グルゥゥゥゥ、ガァッ!」
突然レオが鬣を逆立てると、大きく口を開けて男に向かって雷撃を放った。男は瞬間的に剣を抜き放つと、雷撃を切り裂いて後ろに飛び退いた。
「おいおい、あぶねぇだろっ!?」
「レ……レオ君、いきなりどうしたの!?」
ソフィはレオを抑えるように抱きしめるが、興奮したレオは未だに唸り声を上げている。
「そのレオンホーンの幼獣……お前ら、ヤトサー山にいた変な神官どもか」
「あっ、あの時途中で帰っちゃった、おじさんだ!」
マリアがそう叫ぶと、ソフィもようやく思い出したのか頷いている。イサラだけは黙って訝しげに見つめている。
「誰がおじさんだ小娘がっ! あれは契約外の仕事をやらせようとした奴らが悪い。まさかお前ら、ここまで追いかけてきたわけじゃあるまい?」
「私たちは町の人が、魔狼の被害で困っていると聞いて来たんです」
それに対して納得したように頷くと、男は切っ先をボスの頭に突きつけた。
「悪いな、見ての通りもう倒しちまったぜ。この魔獣ハンターのキースがな」
「やっぱり、貴方……キースなの!?」
イサラが驚いて目を見開いて詰め寄る。キースは眉を顰めて首を傾げる。
「誰だアンタ? 俺に神官の知り合いなんていないぜ?」
「私よ、イサラよ! 覚えてないの!?」
さらに詰め寄るイサラに、キースが頭を押さえながら首を横に振る。前髪が揺れ顔に深々と残る傷がチラリと見えた。その傷跡はイサラの右脚に残る爪跡と酷似していた。
「やっぱり知らないな、悪いが昔のことは思い出せないんだ」
「そんな……」
イサラが唖然としながら呟くと、ソフィの腕から逃れたレオが再び雷撃をキースに向けて放った。
「先生っ!?」
しかし、その射線上にショックで立ち尽くしているイサラがいた。その間にマリアが駆け込み守護者の光盾を発動させて雷撃を寸断した。
「レオくん、いい加減にしないと怒るよっ!?」
「ハッ、どうやらちゃんと覚えているらしい。連中がそいつを捕まえるときに、力を貸してやったからなっ」
「えっ!?」
マリアが驚いて振り向くと、キースはすでに逃げ出していた。
「報酬はもう貰ってるし、悪いがズラからせてもらうぜっ! お前らと戦っても金にならんからなっ! お前らのほうでボスを倒したと町長に言っといてくれよ」
「ま……待ちなさいっ!」
イサラは後を追おうとしたが、キースはすでに走り去ってしまったのだった。
◇◇◆◇◇
結局ソフィたちは、討伐部位として牙を一本持ち帰ることにした。魔獣の核ともいえる魔核はすでに失われており、キースが持ち帰ったようだった。大きさにもよるが魔核は、様々な魔道具や属性武器などに利用できるため高価な物であり、あの大きさの魔狼の核であればそれなりの財産になる。彼が口にした「報酬は受領済み」というのは、おそらく魔核のことだろう。
魔狼の牙を見た町長は大いに驚いたが、そのサイズからすぐにボスのものであると認められたが、念のために町の調査隊が死体があるポイントまで出向いて、討伐と他の魔狼が逃げ出したのを確認した。
その報せを知った町長は大いに喜び、町全体が祭のような状態になっていた。町の中心にある広場に集まると、備蓄していた食糧や酒を振舞っての大騒ぎである。
「ざまぁみろ、くそったれの狼どもめっ!」
「これで冬が越せるぞ~」
「食えや、飲めや! 明日から猟に出て捕ってくるからよぉ、がっははははは!」
商人も主婦も猟師たちも、魔狼によって抑圧されていた反動か、みんなタガが外れたように騒ぎまくっている。
ソフィたちは『猟師の裸踊り』で、ようやくまともな食事にありついていた。ただし、イサラは少し疲れたと言い残して、部屋に閉じこもってしまっている。
賑わう店内を縫うようにソフィたちのテーブルにたどり着いたアルエは、テーブルの上に煮込み料理の皿と、飲み物が入ったジョッキを二つ、そして単純に肉を焼いただけ物を置いた。
「おまちど~お望みの煮込み料理だよっ。今日は特別に私からの奢りだから一杯食べてねっ」
「ありがとうございます!」
「わーい!」
さっそく美味しそうに食べ始めたマリアに微笑んでから、ソフィは肉の皿をテーブルの下に置こうと覗き込むと、不機嫌そうなレオがチラッと彼女の顔を見る。
「レオ君、機嫌治して~」
彼女が肉の皿を置くとレオは黙って食べ始める。それを見たソフィがクスッと笑っていると、ガタンッという音でテーブルが揺れた。驚いたソフィが姿勢を戻すと、テーブルの上ではマリアが突っ伏して倒れていた。
「えっ、マリアちゃんどうしたの?」
ソフィがマリアを揺らしてみると、どうやら眠ってしまっているようで、よく見てみると彼女の手にはジョッキが握られていた。ソフィは何かを察したように自分のジョッキを傾けて、一口飲んでみると喉が焼けるような感覚のあと体が急激に熱くなってきた。
「これお酒だ……しかも、かなり強いやつ」
酒を飲んだマリアが暴れだしたりしなかったのは、どうやら酒が強すぎて一瞬で許容量を越えたからのようだ。ソフィはため息をつくと、仕方がなく自分の食事を取り始めた。上位の治癒術である女神シルの息吹でも、発症していない二日酔いまでは治せず、このまま放置するしかなかったのだ。
しばらくして肉を食べ終えたのか、レオがテーブルの下から這い出ると、眠っているマリアをよじ登ってテーブルの上に現われた。
「あら、レオ君一緒に食べてくれるの?」
「がぅ」
機嫌を直したのか尻尾をパタパタと振っているレオは、そのままマリアが食べ残した皿に顔を突っ込むとガツガツと食べ始めた。




