第4話「アジトからの脱出」
野盗を倒したソフィは灯火の法術で灯りを付け、周辺を確認しながら洞窟の前まで戻ってきた。
「皆さん、もう大丈夫です! 出てきてください~」
洞窟内に向かって叫んでみたが、自分の声が洞窟の壁に響き渡っただけで中から返事はなかった。ソフィは首を傾げると一歩踏み出す。その瞬間、後からソフィを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ソフィさん!」
いきなり声を掛けられたソフィが振り返ると、木の陰から先程助けた女性が顔を出していた。無事だったことに、ホッと一息付くとソフィは彼女に近付いた。
「そっちに居たんですね。無事でよかった」
「すみません、洞窟内だと誰か入って来たらと不安で……」
「もう大丈夫です。野盗は倒したのでっ!」
「えぇ、本当ですか!?」
女性は心底驚いた顔をしていた。洞窟内でソフィが野盗を倒したところを目撃はしていたが、目の前の華奢な少女がそれほど強いとは、未だに信じられない気分だったのだ。
女性と話していると、その後ろの茂みがガサガサと揺れて、もう一人の女性と三人の子供たちが飛び出してきた。
「お母さん! お姉ちゃん!」
飛びついてきた子供をそのまま抱き止めると、ソフィは微笑みながら尋ねる。
「大丈夫? 君たち怪我はないかな?」
「うん、お姉ちゃんっ」
先程まで泣いていた子供とは思えない笑顔を向けられたソフィは、少し拍子抜けしながら彼の頭を優しく撫でる。
「えっと、村に戻る為の手段を確保しないと……さすがに子供たちに、あの距離を歩かせるのは無理だと思います」
「あっそれなら、あそこに馬と荷台がありましたよ」
女性が洞窟の入り口を指差す。ソフィがそちらを見ると荷台と馬が数頭繋がれていた。幸い馬は女性の一人が扱えるとのことで、ソフィたちは協力して荷台を馬に繋ぐと馬車を完成させた。そして、その馬車に奪われた種籾なども可能な限り乗せていく。
「さぁ皆さんも、乗ってください!」
ソフィの掛け声と共に馬車に乗り込むと、一行はすぐに出発させることにした。しかし道も悪く、元々人を乗せる荷台ではないため、かなり揺れるものだった。体重が軽い子供などは今にも振り落とされそうであり、ソフィはガントレットを起動させる。
「レリ君、お願い!」
ガントレットに収納されていた鎖が、シュルシュルと伸びて荷物や子供たちを固定する。自由に動き回る鎖に、子供たちは興味深々に尋ねてくる。
「お姉ちゃん、何それ!? すご~い!」
「凄いでしょ~、これはレリ君よ」
子供相手に自慢げに答えるソフィだったが、子供たちは笑いながら指差す。
「あははは、変な名前~」
「こらっ、失礼でしょ!」
母親に窘められても、気にせず笑っている子供たち。その無邪気な言葉の刃に、実は名前が気に入っていたソフィは肩を落とすのだった。
◇◇◆◇◇
灯火の法術で照らしてはいたが、深夜の移動な上に過積載である。さほど速度が出せないこともあり、村まで戻ってくる頃には朝日が昇りはじめていた。
村の入り口ではシスターマリアが立っており、ソフィの姿を見えてると大きく手を振っている。
「聖女さま~おかえりなさ~い!」
「マリアちゃん、ただいま~皆さん、無事だよ~」
その声に反応してイサラ司祭を含む村の生き残りたちも、ゾロゾロと村の入り口まで姿を現しはじめた。
「おぉぉぉ、本当に帰ってきたぞ!?」
「聖女様~!」
村の人々は再会を喜ぶように、涙して抱き合っている。それを見ながらソフィは優しげに微笑む、そこにマリアが抱き付いてきた。
「おかえりなさい、聖女さま! 大丈夫でしたか?」
「うん、私は大丈夫よ」
力瘤を見せるようなポーズを取りながら笑顔で答えたソフィに、イサラは澄ました顔で尋ねる。
「お疲れでしょう? 村の方々が寝所を用意してくれました。どうぞこちらへ」
「ありがとう、先生。さすがにくたくたですよ」
年下のマリアには強がってみても、長距離を走り野盗相手に大立ち回りを演じたのだ。肉体的には永続回復で常時回復している聖女でも、精神的な負荷までは軽減できていない。
イサラに導かれるまま比較的損傷の少ない家まで来ると、ソフィは崩れるように眠りについた。
「レリ君を外しちゃいますね~」
マリアは眠っているソフィに一言断ってから、右手のガントレット:レリックを外して、専用の箱に入れてからカバンの中にしまう。そして可能な限り楽な格好にするため、ソフィの服を脱がしていく。マリアは一通り脱がし終えると畳んで側に置き、ソフィには柔らかい布を掛けた。
「お疲れさまでした、猊下」
「おやすみなさい~」
それぞれ労いの言葉を掛けてから、二人は部屋を後にするのだった。
数時間後 ──
もう夕方と言って差し支えない時間にソフィは目を覚ました。寝ぼけた眼を擦りながら、見覚えのない部屋をキョロキョロと見回して首を傾げる。
「ここは……?」
そのまま身起こしてドアを開けると、そこにはマリアが立っていた。どうやら門番として立っていたようだが、ソフィの顔を見るなりニパっと笑顔を見せる。
「おはようございます、聖女さまっ」
「おはよ~マリアちゃん。そっか……ここは村の人が用意してくれた家だね」
「もぅ聖女さまったら、寝ぼけてるんですか~?」
マリアにクスクスと笑われると、ソフィは少し恥ずかしそうに頬に手を当てた。そこにイサラが戻ってきて眉を顰めると一言。
「猊下、おはようございます。しかし、その格好は少々はしたないかと……」
「おはよ~……ふぇ!?」
イサラに言われて、改めて自分の格好を見たソフィは見る見る赤くなっていく。寝ている間にマリアに脱がされたままであり、薄手のスリップにレースをあしらった可愛らしいショーツ姿だった。
「な、なんでっ!?」
「あっ、苦しそうなんで脱がしておきましたっ!」
褒めて欲しそうに見つめてくるマリアだったが、ソフィは慌てて部屋に戻って聖職者のローブに着替えて帰ってきた。そして、まるで先程のことは、なかったような澄ました顔でイサラに状況を尋ねる。
「それで村の様子は、どんな感じなんですか?」
「襲撃時に大半は逃げることができていたようです。今は村に戻って復興作業を進めています。亡くなったのは五名、治癒術で一命と取り止めたものの、今も起きれない方は七名です」
「そうですか……起きれない方々は、後で私が治療に向かいますね」
「わかりました。それと村長が助けていただいた猊下への感謝と、鎮魂のための宴を設けたいと申しておりました」
ソフィは少し微妙な顔をしたが、それを振り払うように首を横に振ってから答える。
「わかりました、参加させていただきます」
「それで猊下に鈴鳴りの儀をお願いしたいと……お断りになるなら、お疲れと言うことにしてマリアに踊らせますが?」
「えっ!?」
マリアは困惑した顔で首を振っている。
鈴鳴りの儀とはシルフィート教の鎮魂の儀式のことで、手首や足首に鈴を付けた神官が鎮魂の舞を踊るものだ。通常は司祭以上になると滅多に執り行わず、大司教ともなれば国葬レベルの時にしか踊ったりはしない。しかし、一介の村人にそのような事情はわからず、聖女に踊って欲しいと頼んできたのだ。
「いいわ、私が踊ります。マリアちゃんは……まだちょっと覚束ないし、先生は脚の怪我があるでしょ? それに亡くなった方に身分など関係ないから」
「わかりました。それでは村長さんに伝えておきます」
イサラは頷くと、そのことを村長に伝えるために家から出ていった。マリアは済まなそうな顔をして頭を下げる。
「聖女さま、ごめんなさい。わたしがちゃんと踊れれば……」
「いいのよ、マリアちゃん。私だってたまには踊っておかないと、忘れてしまうかも知れないし」
ソフィは微笑みながらそう答えて、マリアの肩に手を置いた。
「それじゃ、私たちは起きれない方々を診にいきましょう」
「はいっ!」




