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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
北方暗躍編
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第39話「囮作戦」

「はーい?」


 イサラに呼ばれたウェイトレスは、パタパタと音を立ててテーブルに駆け寄ってきた。イサラは皮袋から銀貨を一枚抜き出すとテーブルに置いて尋ねる。


「噂の魔獣のことを聞きたいのですが、少しお時間よろしいですか?」

「いいよ~、どうせ暇だしね。お父さん、後はよろしくね~」


 女の子がカウンターに手を振ると、奥からは口ひげの中年男性が手を振っていた。どうやらあの男性が彼女の父親のようだ。彼女は銀貨を嬉しそうに転がしながらテーブルに腰を掛けた。


「あっ、私はアルエだよ。よろしくねっ!」

「私はソフィーティア、彼女たちはイサラとマリアです。三人ともシルフィート教の神官で巡礼の旅をしています」

「やっぱり神官さんなんだ~。それで魔獣について何が聞きたいの?」


 自己紹介が終ると、早速アルエが本題を切り出してきた。


「まず現れたのは、どんな魔獣ですか?」

「う~ん、私は見たことがないけど噂だと魔狼だって話だよ。北の森に棲み付いてて猟師や木こりを襲ってるんだ。町の北側は皆で交代で監視しているから、町の中には入ってこないけど」


 魔狼は文字通り狼型の魔獣で、通常であれば(つがい)か群れ単位で行動する。通常の狼に比べて大きく屈強な身体と鋭い牙と爪を有する。イサラは少し考えてから質問を続けた。


「魔狼ですか、厄介ですね……数は? やはり群れで?」

「うん、たくさんいるみたい。一匹凄く大きいボスみたいのがいて、集団で襲ってくるんだって」

「被害状況はどうなんですか? 怪我人は多いのですか?」


 被害が出ているなら治療の必要があるかも? と思ったソフィが尋ねると、アルエは少し悲しそうな顔で首を横に振った。


「ううん、怪我人はいないよ。逃げ遅れた人はみんな死んじゃったんだ。猟師のおじさんが五人、あと北の町から来た隊商が襲われて、その殆どがやられちゃったの」

「そうですか……」

「商店の店主から、冒険者が討伐に向かったと聞きましたが?」


 アルエは小さく頷くと質問に答えていく。


「うん、数週間前に四人組と数日前に剣士っぽい人が一人。ボスを発見したのは最初の冒険者たちだよ。アレには勝てないって帰っちゃったけど」

「冒険者が途中で依頼を取り下げるって……よっぽどだね」


 通常冒険者と呼ばれる者たちは、依頼を最後まで完遂する。契約にも寄るが依頼を途中で取り下げると報酬は満額貰えないし、信用を落とすとギルドから警告が来て仕事が回ってこなくなったり、違約金が発生するためである。それでもキャンセルするということは、よほど手に余ったということだ。


「新人冒険者だったんですか?」

「ううん、強そうだったよ。それに魔狼も二十頭ぐらいは倒したって」


 イサラの眉がピクッと動いた。魔狼はやっかいな相手ではあるが、熟練の冒険者であれば対処できないほどではない。それでも依頼を取り下げなければならないほどの何かが、あの森にいるということである。


「わかりました、お話ありがとうございます。ところで、この街に聖堂はありますか?」

「うん? 聖堂なら、北に行けば小さいのがあるけど誰もいないよ。結婚式とかがある時だけ、隣町から司祭様に来て貰ってるんだ」


 その答えにイサラは額に皺を寄せて、首を横に振っている。


「北部の人材不足は聞いていましたが、ここまでとは……わかりました。では、ここに滞在しましょう。とりあえず三日ほどお願いします」

「三人で三泊だと、銅貨四十枚だね。食事は朝晩、まぁメニューはさっきと一緒だけどね」


 アルエは愛嬌のある笑顔を浮かべていたが、イサラは先程の料理を思い出して微妙な表情で料金を払う。アルエはそれを受け取って父親のほうへ駆けていった。


「魔狼の群れなら、捜索自体は何とかなりそうですね」

「そうなんですか?」


 ソフィが首を傾げて尋ねると、イサラは軽く頷いて


「えぇ狼型の魔獣は縄張り意識が強いですから、縄張りに入れば勝手に襲ってきます。ここは囮を使いましょう」


 と提案しながら、嫌々薄いスープを飲んでいるマリアを見つめてニッコリ笑う。


「えっ!?」



◇◇◆◇◇



「おーぼーだー! 不当な扱いに抗議する~!」


 翌日森の中で響き渡るマリアの抗議の声に、鳥たちが森の中からバサバサと飛び立っている。


 マリアは両手に盾を装備した状態で、森の中にある道を歩いていた。腰の辺りにはガントレット:レリックの鎖が巻きついており、彼女の遥か後方にソフィとイサラ、そしてレオが歩いている。


「先生、さすがにこの扱いは可哀想なんじゃ?」

「シスターマリアなら大丈夫ですよ、魔狼程度に遅れを取ることはありません」


 これはイサラの作戦で、マリアを囮にして魔狼を誘い出そうというのだ。マリアだけ先行させているのは、集団でいると魔狼が警戒して出てこない可能性があるからである。特にレオンホーンが近くにいると、警戒心が強い魔狼は出てこない可能性が大きかった。


 念のため鎖を結んであるのは、距離が離れていても鎖を通して声が届くからと、いざとなったら引っ張り戻すためである。


「暖かい外套と食事のためですよ、頑張りなさい!」

「ひーどーいー……あっ、来たっ! ぎゃぁぁぁ!」


 その声にソフィとイサラは顔を見合わせると、マリアに追い付くべく前に向かって走り出した。


 ソフィたちが駆けつけると、守護者の加護(ガーディアンベール)を展開しているマリアを中心に、十匹ほどの魔狼が唸り声を上げて取り囲んでいた。


「どれも一般的なサイズですね、ボスはいないようです。作戦通り適当に蹴散らしましょう」

「わかりました。ボスのところまで連れてって貰うんですね」


 ソフィとイサラが戦闘準備に入ると、レオは止まらず鋭い爪で魔狼を一匹を切り裂いた。急に襲い掛かってきたレオンホーンに、狼たちは驚いた様子で吼え始めた。


「土よ土よ……我が敵を突き立てよ! 地槍(アースランス)!」

「モード:(ウィップ)! お願い、レリ君!」


 詠唱が終わったイサラが地面に手をつくと、マリアの周囲にいた魔狼の足元が揺れ、土で出来た槍が地面から突き出して魔狼たちが串刺しにしていく。その攻撃を跳んで躱した狼の足に、ソフィが振った鎖が巻きつき転倒させた。


 ソフィが鎖を持ってしならせるように振り回すと、もう一度空高く打ち上げられた狼は仲間の狼たちに向かって叩きつけられた。


 その間にも攻撃を続けていたレオに、噛み付かれた魔狼が一匹動かなくなっている。一瞬のうちに仲間の大半を失った魔狼たちは、敵わないとみたのか一目散に逃げ始めた。


「作戦成功のようですね。レオ、奴らを追いなさい」

「がぅ!」


 レオは一吼えすると、狼が逃げていった方へ駆け出した。


「シスターマリア、追いますよ」

「あっ、待ってよ~」


 こうして聖女巡礼団は、逃げ出した狼たちを追いかけて走り始めるのだった。



◇◇◆◇◇



 生い茂る木の間を抜けて、狼たちを追跡していくソフィたちだったが、さすがに森の中を狼と同じ速度で走ることは出来ず、どんどん離されてしまう。魔狼との距離がだいぶ離れてしまったところで、開けた場所に出たソフィはその足を止めて振り返った。


 ソフィは永続回復(オートリジェネ)のお陰で無限の体力を維持できるが、イサラとマリアはこれ以上の追跡は難しかった。特にイサラは脚に軽度の障害があるため、長距離を走ることができないのだ。


「だいぶ離されしまったし、少し休みましょう」

「そ……そうですね」


 イサラは力なく頷いた。マリアも体力はあるほうだが、両手に盾を持った状態での全力疾走はきつかったようで肩で息をしている。追いかけてこない一行に気が付いたレオは、戻ってきて唸り声をあげる。


「ぐるるるる?」

「ごめんね、レオ君。ちょっと休憩しよう」

「がぅ」


 ちょこんっと座ったレオに微笑むと、肩掛け鞄から水筒を取り出してレオに飲ませながら、口の周りについた血を洗い流す。


「お……思ったより、巣から離れてたみたいですね」


 それがイサラの誤算だった。適当に追い払えば巣までいけると思っていたのだが、魔狼たちはかなり広範囲に行動しているようだった。


 ソフィは水筒を鞄にしまうと、右手を振って鎖を伸ばす。


「レリ君、追える?」


 その声に反応して鎖がシュルシュルと伸び始めると、狼たちが逃げていった方向を示した。ソフィは満足そうに微笑み


「どうやら、まだ追えるみたい」


 と告げるのだった。

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