第38話「冬支度」
ギントの街から北に向かって出発した聖女巡礼団は、ロッケンの町に向かって街道を進んでいた。すでに北部のバケット地方に入っており、徐々に肌寒く感じるようになってきている。
突風が吹きマリアのスカートを捲り上げると、彼女はスカートを押さえながらガタガタと震え始める。
「うぅ……寒い」
「外套を着ないからですよ」
マリアはいつもの修道服だが、ソフィとイサラは雨外套を羽織っていた。マリアは地団駄を踏みながら抗議をする。
「だって、レオくんがボロボロにしちゃったんだもんっ!」
「脱ぎっぱなしにしとくからです」
昨晩の野営で少し目を離した隙に、マリアが脱ぎっぱなしにしておいた外套を、レオが引っ張ったりして遊んでしまったのだ。結果として出来上がったのはボロ布と言える物だった。
そのレオはマリアが背負っている巨大な背嚢の上で、丸くなって眠っている。イサラの正論で押さえつけられて、涙目になっているマリアを気遣ってソフィが提案する。
「レオ君が破っちゃったのは仕方ないし、次の町で新調しましょう。私も少し寒くなってきたし、北部でこの格好は不自然でしょう?」
ソフィもイサラも外套の中を法術で温度を調整しているため、本当はそれほど辛くはないが、薄い外套で寒冷地を進むのは奇異の目で見られてしまう。イサラは小さくため息をついた。
「……そうですね。猊下がそう言われるのでしたら、丁度向かっているロッケンの町が毛皮が有名な町だったはずです」
「へぇ、そうなんだ! 丁度良かった。何か美味しいものもあるかな?」
ソフィが興味有り気に尋ねると、イサラはニコッと微笑んで答える。
「ロッケンの町は狩猟と林業で有名な町です。毛皮はその産物ですね。ですから獣の肉を使った煮込み料理が有名ですよ。寒い時期には体の芯まで温まるので格別です」
冒険者時代に訪れたことがあるのか、イサラは何かを思い出すように空を見上げていた。
「急ぎましょう、聖女さまっ! ほら、レオくん自分で歩いて!」
「がぅ!」
イサラの話を聞いてマリアが歩調を早めると、レオは一吼えして背嚢から彼女の頭を経由して地面に降りた。
「マリアちゃん、レオ君、そんなに急ぐと転んじゃうよ?」
「まったく仕方がない子たちですね」
そのままソフィとイサラも、マリアたちの後を追うように旅路を急ぐのだった。
◇◇◆◇◇
程なくしてロッケンの町に辿りついた聖女巡礼団は、宿に行く前に雑貨を扱ってる店に入ることにした。
「たのもー!」
マリアが勢いよく扉を開けて中に入って行くと、カウンターの奥に座っていた中年男性は、彼女を一瞥だけすると大して金を持ってなさそうだと感じたのか、興味なさそうな様子で手を振って答えた。
「さっさと閉めろ、ガキ」
「すみません……今、閉めますね」
マリアの後から入ってきたソフィは頭を下げて扉を閉めた。その綺麗な声に驚いた店主は再びそちらに顔を向けると、丁度フードを取ったソフィと目が合った。
「い……いらっしゃいませ! お嬢さん、何かご利用かい?」
急に満面の笑みを浮かべた店主に、マリアは面白くなさそうに呟く。
「扱いが違いすぎる……」
「まぁ子供では、財力も魅力も感じませんからね」
「ぐぬぬ……覚えてろよ! あと二、三年もすれば、びっくりするほどの美人になる予定なんだからなっ!」
「はいはい……さっさと外套を買って宿に向かいますよ」
イサラとマリアのやり取りにクスッと笑うと、ソフィは店内を見回しながら尋ねた。
「すみません。これから北に向かうのですが、暖かい外套を三ついただけますか?」
その注文に店主は済まなそうな顔をすると、頭を掻きながら返した。
「すまねぇな、お嬢さん。外套は品切れなんだ」
「そうですか……では、他に取り扱っている店を教えていただけませんか?」
ソフィが改めて尋ねると、店主は両手を広げてお手上げと言った様子で答える。
「悪いが俺の店になきゃ、どこ行っても無いと思うぜ?」
「えっ、この町は毛皮が特産ですよね?」
「そうなんだが、少し前に町の付近で魔獣が出たんだよ。それで猟師たちが襲われてなぁ、奴らがビビッちまって毛皮が獲れないんだ。で、この寒さだろ? 在庫はすぐに売り切れちまってそのままってワケさ」
店主は諦観といった感じでため息を付いた。イサラが前に出て確認するように尋ねる。
「何か対策は取ったのですか?」
「あぁ、まぁな……最初は冒険者を雇って退治しようとしたんだが、返り討ちにあってな。で、続いてフォレストの街の騎士団に頼んだんだが、別件で忙しいとかで派遣は数ヵ月後だとか抜かしやがる」
悪態をつきながら呆れかえっている店主に、イサラは同情するように携帯食などの旅の必需品を注文していく。あまり客が来ないのか、その注文に店主は喜んで準備を始めた。ソフィは小声でイサラに尋ねる。
「どうやら、お困りのようですね?」
「何の装備もなしに、森の中に潜む魔獣を探すなど無謀です。それに治安維持は本来騎士団の仕事ですから、我々に出来るのはフォレストの街に寄って、すぐに騎士団を出動させるように頼むぐらいでしょう」
「……そうですよね」
ソフィが残念そうな顔をしていると、店内を駆け回って商品を集めていた店主がカウンターに戻ってきた。
「こんなもんでいいかい? 美人さん」
「えぇ、ありがとうございます。問題なさそうです。支払いはこちらで」
イサラが銀貨を数枚置くと、店主はほくほく顔でそれを受け取った。多少多めだったのは、彼の滑らかな口から出た情報代である。イサラは自身の肩掛け鞄に商品を詰める。
「それじゃ行きましょうか?」
「え~わたしの外套はっ!?」
「無いものは仕方がないでしょう。とりあえずご飯でも食べて考えましょう」
イサラに窘められて、マリアは渋々といった様子で店から出るのだった。
◇◇◆◇◇
続いてソフィたちが訪れたのは『猟師の裸踊り』という名前の店だった。変な名前だが開店祝いをしていた猟師たちが、酒を飲みすぎて裸で踊り出したのでこんな名前になったという。
そんな事は知る由もないソフィは、店の看板を見て不安な気分になっていた。
店の中に入ると一階は酒場になっており、テーブルが四つほどあり暗い顔の四人組が座っていた。ソフィたちが店内に入って来たのを見た店員の女性が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ~三名様ですね。お食事ですか、宿泊でしょうか?」
暗い雰囲気の店内において、一際輝く太陽のような笑顔の女の子は制服を着ていることから、どうやらウェイトレスのようだった。
「食事です。何かオススメの煮込み料理をお願いします」
イサラが用件を伝えると、ウェイトレスの女の子は済まなそうな顔をして深々と頭を下げた。
「ごめんなさい! 煮込み料理は、今やって無いんですよ」
「……どうしてですか?」
「いや~猟師の人たちが仕事できなくて、お肉が用意できなくて……」
「あぁ、魔獣が出たとか? 残念ですが仕方ありませんね。それでは何か温まるものをお願いします」
イサラから銅貨五枚を受け取った女の子は明るく返事をすると、注文を通すためにカウンターの奥へ消えていった。ソフィたちは適当なテーブルに腰を掛けた。特に聞き耳を立てるまでもなく、近くに座っていた男たちの声が聞こえてきた。
「……どうするんだ?」
「あの魔獣を何とかしなくちゃ冬が越せないだろ」
「あぁ神は我々を見放したのか?」
よくある神頼みの文句なのだが、まるで自分たちのことを責められているようで、ソフィたちは居た堪れない気分になっていた。
「お待たせしました~」
ウェイトレスが持って来たのは、具が入ってないスープと堅そうなパン、そして薄いベーコンだった。煮込み料理が無理でも、もう少しまともな料理を期待していたマリアは、明らかにガッカリしている。イサラもさすがにあんまりだと感じたようで、ウェイトレスに尋ねる。
「支払いが少なかったでしょうか……もう少しお支払いできますが?」
「あっ……すみません、料金というか食材があまりないので、これ以上は……」
ウェイトレスの子は再び頭を深々と下げた。彼女の話では狩猟と林業で栄えていた町は、魔獣の出現で主要産業が停止、他の町に皮や木材を提供して他の必需品を仕入れていた為、そちらも停止してしまった。つまり、この町の経済や物資は完全に停滞してしまっていると言うのだ。
「ありがとうございます。二人とも、とりあえずいただきましょう」
「はい」
「……はーい」
ソフィはそう窘めるとスープを口にする。
「……優しい味ですね」
「猊下……これは味がしないと言うのです」
「これ、殆どお湯じゃない?」
ソフィは気にせず食べているが、イサラとマリアは不満そうだった。彼らのテーブルの下にいるレオもベーコンを貰っていたが微妙な反応だった。食事の中盤でソフィが改めてイサラを見る。
「……先生?」
「わかってます。予想以上にひどい状況のようです。このままでは、この町は冬を越せませんね」
「聖女さま! 魔獣を倒して、美味しいご飯と暖かい外套を手に入れましょう」
この町の問題解決を決めた聖女巡礼団は、もう一度話を聞くためにウェイトレスを呼んだ。




