第37話「結婚式」
侯爵家の騒動から、およそ一月程経過していた。ヨームが皇帝に送った今回の騒動に関する内容と、謝罪に対しての返答は、『ヨーム・エフ・ギントを侯爵の位に戻し、ギント領もそのまま治めること、子息らの処罰はギント侯爵の名で下すこと。なお巡礼中の大司教は帝都への現時点での帰還は不要』と書かれていた。
これによりヨームは正式にギント侯爵に返り咲いたことを布告し、それに合わせてカルロとハグヌの両名をギント家から除名、僻地に送った旨を伝えた。合わせて姪孫ハートス・ギントを養子に迎えることにしたのだった。
この決定にギントの民衆は大いに喜び、大歓声でそれを認めていた。
聖女巡礼団の三人は、まだギントの街の修道院に滞在していた。ギントの街の動向が気になったというのもあったが、明日行われるロディとラナの結婚式に参加するためである。
ロディはマドランの助けを借りて、ギントの街とサコロの町を結ぶ交易を行うことになったのだ。小さいながら店も建てている最中である。
この一月の間にヨームは全体的な健全化を推進し、カルロや商人ゴートンと通じていたヤトサー山のギルース団に討伐隊を送り込んだが、南北の砦は焼き落ち本陣だった山城も何かから逃げるように、もぬけの殻になっていたという。その為、安全になった販路にすっぽりとロディが入ることになったのだ。これはソフィが、サコロ領主のヒューズに送った手紙の効果も大きかった。
◇◇◆◇◇
結婚式当日、明日の出発の準備が終えたソフィたちは西区の聖堂を訪れていた。イサラとマリアが荷物を運んでいる間にソフィは聖堂に入っていく。聖堂はいつも以上に磨き上げられており、所々花などの装飾がされている。
「準備はどうですか? ファラン司祭」
「えぇ、何とか……初めてなので緊張してます」
熊のように大きな身体を屈めて照れるファランに、ソフィは優しく微笑んだ。
「貴方なら、きっと大丈夫です。皆で一緒にラナさんたちを祝福しましょう」
「はい、頑張りますっ!」
ファランは司祭として、初めて結婚式の立会人を務めることになっているのだ。そして式を終えると、サコロに赴任することになっている。
ソフィとファランが話していると、入り口の方で声が聞こえてきた。ソフィたちがそちらを向くと、ロビンが膝をついてイサラに言い寄っていた。
「美しいお姉さん、今日はおめでたい日だ。俺たちも結婚しないかい? もしくは一晩だけの仲でも……」
「……死になさい」
「馬鹿言ってんじゃないわよっ!」
イサラが見下した瞳で手を下す前に、ローナの杖のフルスイングがロビンの後頭部に直撃した。彼は前のめりで倒れたが、すぐに起き上がるとローナに向かって怒鳴りつける。
「何しやがるんだ、この乱暴女っ!」
「アンタが馬鹿なこと言ってるからでしょ!?」
そのままギャァギャァと騒ぎ始めたのでイサラは深くため息を付くと、そのまま聖堂に入ってきた。
「猊下、煩いのが来ましたよ。お気をつけて」
「あはは……彼らもラナさんとロディさんの祝福に来たんですね」
その後、マドランやカールが祝い酒を持って来たり、アリーナ院長と共にタドリー司教も聖堂に訪れていた。
一時間後 ──
時間になり、いよいよロディとラナの結婚式が始まった。ファラン司祭が結婚式を執り行うことを女神に宣言すると、派手な色の衣装を着たロディと綺麗な花冠をしたラナが入場してくる。それに対して参列者たちは盛大な拍手で迎えた。
この式に参加した参列者は、聖女巡礼団の三人とレオ、孤児院のマザーエリナと子供たち七人、アリーナ院長とタドリー司教、マドランとカールの仲間三人、ロビンと三人の仲間たち、その他ロディとラナの友人たちが参加している。
「ラナお姉ちゃん綺麗~」
「よっ、色男! 可愛い嫁さんで羨ましいぞ」
厳かな雰囲気とはいかなったが、盛大な拍手と共に暖かい声援が送られる中、ロディもラナも笑顔でそれを受けてファラン司祭の前に着いた。ファラン司祭は両手を開いて彼らを迎えると、二人はお互い向かい合った。
「では、誓いの言葉を……」
貴族は格式に拘るため違うが、一般的にはシルフィート教の結婚式は、二人による誓いの言葉と司祭による宣言だけである。二人の愛を誓う言葉が交わされると、ファランが女神に対する宣言を行う。
「本日、慈愛の女神シル様に祝福され二人は夫婦となる。この若き夫婦の幸福があらんこと祈り、参列者の皆様には盛大な拍手をいただきたい」
ファランの言葉に応じ、再び参列者から盛大な拍手が送られた。
「幸せになれよ~」
「お幸せに~」
祝福の言葉にロディやラナは笑顔で手を振っている。拍手と声援が一通り治まると、参列者たちは外に出て、聖堂の戸口を囲むように待っていた。
これからリーストスと呼ばれる余興が執り行われるのだ。花嫁であるラナが頭に飾っていた花飾りを投げて、それを受け取った者が次の花嫁になるという迷信である。これは女神シルが花輪を投げて、自分の代理たる白き者を決めたという故事によるものだが、意外と信じられており西の勇者パーティの三人や、ラナの友達、孤児院の女の子たちなどは目を輝かせている。
ソフィはまったく興味なさそうに少し離れて見ているが、マリアはイサラに親指を立ててニカッと笑う。
「絶対取るよっ! 取ったらイサラ司祭にプレゼントするからっ!」
「余計なお世話ですっ!」
「きゃんっ!」
物の見事に拳骨を落とされたマリアは、頭を押さえて蹲っている。その様子にレオは呆れた感じで欠伸をしていた。
しばらくしてラナたちが出てくると、再び拍手に寄って出迎えられた。
「それじゃ、さっそくいくね~」
ラナが笑顔でリースを持った手を振りながら叫ぶと、参列者の女性陣は大いに盛り上がっていた。男性陣は見慣れた光景なのか苦笑いをしながら下がっていく。
「この花飾りを手にする者に、次なる幸福があらんことをっ!」
お決まりの言葉を言いながら投げた花飾りを狙って一斉にジャンプする一同、中でも勇者パーティの剣士であるリーンと魔法使いローナは、それぞれの身体能力と魔法力を利用しているため一際高い。またマリアも無駄に高い身体能力を活かした跳躍で、二人に追いつく高さだった。
三人の手が花飾りに届きそうになった瞬間、白い影が目の前を通りすぎて花飾りを攫っていってしまった。
「なっ!?」
「えっ?」
「痛いっ!」
その白い影はクルクルと回転しながら着地すると、満足気に鼻を鳴らしている。それはマリアを踏み台にして天高く飛んだレオだった。
「あ~レオくん、それを返しなさいっ!」
「くっ、獣如きに遅れを取るとはっ!」
「今回も取れなかったぁ~」
マリアが取り返そうと追いかけると、レオは花飾りを咥えたまま逃げ出し、新郎新婦も参列者もそれを大いに笑ったのだった。
◇◇◆◇◇
その結婚式の翌日、聖女巡礼団とファラン司祭は同時に旅出ることになっていた。巡礼団は北の大聖堂を目指し、ファラン司祭はサコロの町に赴任するためである。ファランには念のためにロビンたちが、無償で護衛に着くことになっていた。理由は「貰いすぎた」とのことだった。
見送りに来たのは昨日夫婦になったばかりのロディとラナ、それにタドリー司教とアリーナ院長だった。ラナは心配そうな顔でファランを見つめる。
「ファ兄、道中気を付けてね」
「大丈夫さ、何と言っても最強の勇者パーティが護衛をしてくれるんだ。これほど安心なことはないだろう?」
ファランは、泣きそうになっているラナを抱き締めている。一方、聖女巡礼団にはアリーナとタドリー司教が話し掛けていた。
「タドリー司教、シスターアリーナ、お世話になりました」
「ほほほほっ、またいつでも来るといい」
「北のシリウス大聖堂に向かわれると聞きましたが、やはり北部街道を?」
アリーナが首を傾げながら尋ねると、ソフィは小さく頷いてからマリアを一瞥する。
「えぇ、一応……そのつもりです」
「そうですか、北に向かうほど野盗や魔物も増えると聞きます。どうかご注意を」
心配そうなアリーナに、ソフィは優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、私たち強いですからっ! それでは……そろそろ行きますね」
「はい、またお会いしましょう」
「達者でな」
ソフィは再びお辞儀をすると、北に向かって歩き始めた。その足元にはレオがピッタリと着いており、イサラとマリアもそれに続いてタドリーたちにお辞儀をしてから、ソフィを追いかける。
そんな彼女らを見守りながら、アリーナは指を組んで祈りを捧げる。
「彼女たちの旅路に幸運があらんことを……」
こうして聖女巡礼団は、北に向かって旅立っていくのだった。




