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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
西方巡礼編
35/130

第35話「侯爵邸での戦い」

 ラナとロディが感動の再会を果たしていた頃、城館の一室では侯爵が声を荒げていた。いきなり侯爵から叱責されたゴードンは戸惑いながら問い返す。


「侯爵様!? いったいどうなされたのですか?」

「ア……アルカディアの名に、そのネックレス……貴様、いや貴女様は……大司教猊下っ!?」


 戸惑った様子で首を横に振っている侯爵に、ソフィは再び問い質した。


「……やはり私を知っているようですね。侯爵閣下」

「いやっ! き……貴様など知らんわっ! 猊下がこのようなところにいるわけがないっ! 誰かそいつを捕らえろっ!」


 侯爵の叫び声にぞろぞろと入ってきた騎士たちは、一様に戸惑った様子だった。


「こ……侯爵様? この神官様をですか?」

「あぁ、大司教猊下の名を語る不届き者だ! いいから捕らえろ、殺しても構わん」


 騎士たちが戸惑いながらも、侯爵の命令に従おうとソフィに近付いてきた。ソフィがため息を付くと拳を構えた。


「やっぱりこうなりましたか……仕方ありません。侯爵! 貴方の悪事を見逃すわけにはまいりません」


 その宣言と共に、ソフィの身体全体が輝き始めた。戦いの気配を感じたレオも、檻を破壊して跳び出てくると騎士たちに向かって唸り声を上げる。


「ぐるるるぅぅぅぅ」


 騎士たちも目の前の状況に戸惑いながらも、腰の剣を抜き放つと身体強化を発動させていく。二十人はいる騎士たちは、全員山賊のギルース並みの力を持っているようで、同程度の輝きを見せていた。


「いくよ、レオ君っ!」

「がうっ!」


 盾を構えたまま隊列を組んで、迫ってくる騎士たちに向かってソフィたちは駆け出した。最初の攻撃はレオの雷の矢(ライ・ボルト)だったが、この攻撃は騎士たちの盾によって防がれてしまった。どうやら対魔法効果が付与されている盾のようだ。


 それを見たソフィは


「薙ぎ払うもの……モード:(アックス)


 と右手を左肩に付けながら一足で間合いを潰し、騎士たちが構える盾の死角に入った。ソフィを見失った騎士たちが止まった瞬間、強烈な力で隊列ごと横に薙ぎ払われた。


「うぉっ!」

「な……なんだ!?」


 残った騎士がソフィの右手を見ると、両刃斧(ラブリュス)のような形状の光の刃が発生していた。一撃で吹き飛ばされた同僚たちを見て恐怖を感じたのか、騎士たちはジリジリと下がっていく。


 そこに大剣を手にした一際大きな男が、騎士たちの中から前に出てきた。


「お前たちは下がっていろ。どうやら正真正銘の化け物のようだ。数で押し囲んで何とかなるもんじゃない」

「だ……団長」


 団長と呼ばれた男はソフィの前に立つと大剣を構えた。そして、その風貌からは想像が付かない優しげな声で尋ねてくる。


「本物のアルカディア猊下ですな? 以前、侯爵様と帝都に行った際にお見かけしました」

「知っていても剣を引いてはくれないのですね?」


 ソフィが悲しげに問い返すと、団長は頷いて答える。


「えぇ、すみませんが……主君からの命令ですからな」

「仕方ありませんね。モード:(ナックル)……レオ君は下がってて」

「がぅ」


 ガントレットから伸びていた鎖が、シュルシュルとガントレットの中に消えていく。レオは一鳴きするとソフィの言う通り後に離れていく。


「よし、ヘルウィ! そいつを殺せっ!」


 侯爵の叫び声が戦いの合図になった。ヘルウィと呼ばれた団長が、その大柄な身体からは想像も付かない俊敏な動きで間合いを詰めると、ソフィの胴を横薙ぎにした。


「うぉぉぉぉ!」


 予想外の速さに反応が遅れたソフィが、ガントレットでそれを受け止めると、激しい金属音と共に眩い火花が発せられた。しかし瞬時に斬れないと悟ったヘルウィは、弾け飛ばすように刀身に体重を乗せる。超過強化(リミットブレイク)によって力は強くなっていても体格に劣るソフィは、そのまま五セルジュ(メートル)ほど吹き飛ばされてしまった。


 吹き飛んだソフィを見据えて再び構えるヘルウィだったが、自身の歪んだ大剣を見て額に皺を寄せる。


「馬鹿な……剣のほうが拉げるだと!? 一体何で出来ているのだ?」

「……神代の時代に打たれた、神鉄だと言われていますよ」


 ソフィがその場で腰溜めに拳を構えると、ヘルウィは改めて剣に力を込める。……しかし、その瞬間ヘルウィは弾けるように吹き飛ぶと壁に激突した。ソフィの一撃によるものだったが、突然のことに周りの騎士たちも状況が掴めず、ただただ呆然としている。


「な……何が起きたのだ?」

「だ、団長!?」


 侯爵は近付いてくるソフィを睨みながら、唖然としている騎士たちに叫ぶ。


「えぇい、貴様ら! 私を守らんかっ!」


 その時、突然扉が開かれ兵士たちがなだれ込んできた。その数は五十人ほどで、それに対して侯爵は高笑いしながら命じる。


「はっははは、よくぞ来た! 賊だ、討ち取れっ!」


 しかし、その命令に対して兵士たちは武器すら構えなかった。命令に応じない兵士たちに侯爵は苛立った様子で叫ぶ。


「貴様ら、何をしているのだ!」

「……もう止めよ、カルロ」


 兵士たちの後ろからしわがれた声と共に現れたのは、先代侯爵ヨーム・エフ・ギントと彼を呼びに行ったイサラとマリアだった。


「……父上、何故ここに!?」


 突然、現れた父に侯爵は目を見開いて驚く。ヨームは首を横に振って告げる。


「カルロ、大人しく猊下の裁きを受け入れるのだ。この場において言い逃れなど見苦しいだけだぞ」

「何を馬鹿なっ!? 隠居した父上の出る幕ではありません。えぇぃ、何をしているのだ! その賊を早く討ち取らんかっ!」


 怒鳴りつけられた騎士や兵士たちだったが、侯爵とヨームの顔を見比べて動こうとしない。ソフィは微かに笑うと


「……人徳の差でしょうか?」


 と呟いた。それを聞いた侯爵は顔を真っ赤にしながら


「どいつもこいつも馬鹿にしやがってっ! 臣下も、父上も……みんな、そうだっ! やっぱり俺を信じてくれるのはコイツらだけだっ!」


 と叫ぶと、彼に付き従っていた黒い大型犬の頭に手を置く。その瞬間、侯爵の腕輪に填められた黒い宝石が輝き出した。


「何をっ!?」


 ソフィが驚いて構えると宝石から放たれた黒い光は大型犬を包みこみ、メキメキと巨大化していった。


「ふっはははは、この場にいる者達を全て噛み殺すのだ、ガロン!」

「ガァァァァァ!」


 吼えるだけで部屋全体が揺れる。その姿は五セルジュ(メートル)ほどの巨大な犬で、黒い鬣と体毛に覆われ、目は炎のように赤い、その口は人など一飲みしてしまいそうなぐらい大きい。


 ヨームの護衛についていたイサラが、ソフィに駆け寄ってきた。そのイサラに対してソフィが尋ねる。


「先生、アレは?」

「わかりません。ガルムの様な見た目ですが……来ます、気を付けてっ!」

「ガァァァァァ!」


 ガロンと呼ばれた獣が吼えると鬣が伸びて無数の槍のようになり、ソフィたちに襲いかかった。ソフィとイサラはほぼ同じ動作で、守護者の光盾(ガーディアンウォール)を発動させてそれを防ぐ。


 しかし、側にいた騎士たちは次々と貫かれていく。ヨームを含む彼と共に入ってきた兵士たちは、マリアが発動させた守護者の光盾(ガーディアンウォール)で無事だった。


「臣下ごと攻撃するなんてっ!?」

「あはははは、使えない臣下なぞいらんわっ!」


 ガロンの後では、侯爵が高笑いをしながら叫んでいる。次に動いたのはイサラとレオだった。


「雷の子らよ……集まりて、我が敵を穿つ一筋の雷と化せ! 雷撃(ライ・オット)!」

「がうっ!」


 精霊魔法の雷撃(ライ・オット)と、レオの雷撃が同時に発動されガロンに直撃する。体毛や皮膚が焼かれ、ガロンは苦しそうに叫び声を上げる。


「ウガァァァァ!」


 しかし、大したダメージになっていないのか、ガロンは怒りに満ちた顔で唸り声を上げている。その傷がみるみると塞がり、あっという間に回復してしまった。


雷撃(ライ・オット)が効かないなんて……それにあのトロル並みの回復力は!?」

「くぅぅぅん」


 その結果に侯爵は再び笑い出すと、自慢げに語り始める。


「はっははは、どうだ我が最高傑作のガロンは! 複数の魔物や獣を組み合わせた合成獣(キメラ)だぞ、貴様らなどに倒せるものかっ!」


 ソフィはイサラとレオの前に出ると、ガロンと侯爵を睨み付ける。


「先生とレオ君は下がっていて、ここは私が」

「猊下……わかりました、お願いします」


 イサラは足手まといになると悟ったのか、頷くとレオと共にヨームの元まで下がっていく。


「侯爵……様々な罪を犯し民を困らせただけでなく、合成獣(キメラ)などという神を冒涜する行為にまで手を出すなんて許せません。ソフィーティア・エス・アルカディアの名の下に、貴方を裁きます! ……聖女執行セイントジャッジメント


 ソフィが腕をクロスして宣言すると、ガントレットの宝玉が輝き始めた。

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