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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
西方巡礼編
34/130

第34話「知りませんか?」

 翌朝イサラとマリアは事前の打ち合わせ通り、ヨームと合流するために早朝から南区に向けて出掛けていった。


 ソフィはレオを連れてマドランの店に向かい、怪しげなローブを司祭服の上から着る。今回は荒事になる可能性を考慮して、最初からガントレットを装備していた。


「レオ君、ちょっとこの中で大人しくしていてね?」

「がぅ!」


 レオは一吼えすると大人しく檻の中に入っていく。これはソフィを信頼していることもあるが、彼にとってはこの程度の檻は束縛にすらならないからである。檻に入ると丸くなり欠伸をすると寝る体勢に入る。


 ソフィはその檻に布を被せると、蓋に付いた取っ手を持ち上げる。普段なら持つのも苦労するような重量だが、ガントレットの『能力倍増』の効果で易々と持ち上げることができた。


「お待たせしました、マドランさん」

「あぁ、それじゃ行くか嬢ちゃん」

「はいっ!」


 馬車に乗ったマドランとソフィは、ゴードンとの約束の場所に向かって出発するのだった。



◇◇◆◇◇



 数時間後 ──


 マドランに送り届けられたソフィは、ゴードンの馬車に乗ってギント侯爵の城館に来ていた。ゴードンはよほど侯爵家に信頼されているのか、特に問題なく石造りの謁見用の広間に通されることになる。部屋に入る前では鎧を着た騎士たちが並んでおり、厳重な警備体制が敷かれていたが部屋の中には誰もいなかった。


 その部屋は、まるで王族の部屋のように豪華な装飾が、所狭しと飾られており逆に品性を失わされていた。一段高くなっている場所には、まるで玉座だと言わんばかりの装飾過多の椅子が鎮座している。


 傅きながらそれを観察していたソフィはボソリと呟いた。


「悪趣味な部屋……」


 しばらく待っていると、ようやく豪華な服を着た貴族風の中年男性が現れて、悪趣味な椅子に腰を掛けた。その横には黒い大型犬が付き従っている。


「ゴードンよ、顔を上げよ」

「ははぁ、ありがとうございます。侯爵閣下」


 ゴードンは畏まりながら顔を上げて、愛想笑いを浮かべている。どうやらこの中年貴族がカルロ・エフ・ギント侯爵のようだ。侯爵は手を打ち鳴らしてから両手を広げて確認する。


「ようやく例の物が手に入ったと聞いたぞ?」

「えぇ、まったく苦労しましたぞ。ギルースの奴が急に連絡が取れなくなりまして……おそらく手に入れれなかったので逃げたのかと」

「所詮は山賊よ、目にかけてやったのに役立たずどもめ。まぁよい、それより早く見せんかっ」


 ゴードンは頷くとソフィの方を一瞥した。ソフィは黙ったまま、檻を覆っている布を取り外した。レオが姿を現すと侯爵は立ち上がって感嘆の声を上げた。


「おぉ、その白い鬣に黒い捻じ曲がった角、まさに幻獣レオンホーン!」

「おっと侯爵様、近寄らないでください。危ないですぞ!」


 近付こうとした侯爵をゴードンが慌てて止める。周りが明るくなったことで、レオは身を起こすと唸り声を上げている。侯爵は大人しく椅子に腰掛けるとニヤリと笑う。


「よくやった、ゴードン! 此度の褒美はなにがよいか?」

「はい、また認可品のお目こぼしをいただければと」

「そのような事でよいのか? 構わん、別にワシの懐が痛むわけではないからなぁ。はっはははは」


 明らかに不正の会話をしている二人に、ソフィは深いため息を付いた。そのため息でようやく、ソフィの存在に気が付いたのか侯爵はゴードンに尋ねる。


「そういえば、その者は何者だ?」

「えっ……あぁ、はい。この者は魔獣使いです。この者がレオンホーンを連れてきたのですよ」


 魔獣使いと聞いて少し興味を持ったのか、侯爵は尊大な態度で尋ねてくる。


「ほほぅ? その方、魔獣使いとな? フードを取って顔を見せぃ」


 ソフィは黙ってフードを取って顔を見せる。美しく流れるような金髪が、黒いローブから現れると侯爵は驚いた顔で呟く。


「ほぅ美しいな……」

「あら、侯爵……私のことを知りませんか?」


 急に訪ねられた侯爵は、首を傾げながら答える。


「いや、知らんな。名は何と言うのだ?」

「……ソフィーティア。私の名はソフィーティア・エス・アルカディアです」

「ア……アルカディアだと?」


 ソフィが名乗ると侯爵の顔がみるみると青くなっていく。そして、ソフィが黒いローブを脱ぎ捨てると、中からはいつもの聖職者の服が現われた。その胸元には大司教の証が輝いていた。それを見た侯爵は、目を見開いてゴードンに向かって叫ぶ。


「ゴ、ゴードン、貴様ぁぁ! 何という者を連れてきたのだぁ!?」



◇◇◆◇◇



 時間は少しだけ遡り、ラナの孤児院でも動きがあった。ソフィたちがいなくなったことを知ったハグヌ・エフ・ギントが、手下のごろつきを連れて孤児院に現れたのだ。


 護衛に付くはずだったカールたちはまだ着いていなかったため、ファランとラナは子供たちを避難させ二人で対応することになった。ハグヌの後ろには、二十人ほどの男たちがいる。ハグヌは前に出ると傅いてラナに花束を差し出した。


「ラナさん、愛しい人よ。そろそろ我が元に来る気になってくれただろうか?」

「お断りよっ! 誰がアンタなんかっ! 私にはロディという心に決めた人がいるんだから帰ってよっ」


 ラナが心底嫌そうな顔で拒絶すると、ハグヌは立ち上がってニヤリと笑う。


「ロディねぇ……もうこの世にいない者のことなど、気にする必要もないだろうに?」


 その言葉を聞いたラナは大きく目を見開いて、ハグヌに飛び掛かろうとするのをファランに止められた。


「ちょっと!? ロディに……ロディに何をしたのよ! ファ兄さん、離してっ!」

「危ない……落ち着くんだ、ラナ」


 ハグヌはニヤニヤと笑いながら告げる。


「今頃、北の地で野獣の餌にでもなっているさっ! 殺して野に捨てておけと命じたからなぁ」

「そ……そんな、ロディ……」


 ラナが泣き崩れると、ハグヌは大声で笑い始めた。


「あははははは、あの馬鹿が素直に身を引いていれば、こんなことにならなかったのになぁ」

「き……貴様ぁ」


 ファランが拳を握り締めて一歩前に出る。その巨体に少し怯んだハグヌは後ずさりながら言う。


「お……俺に手を上げるつもりか? そんなことして、この街で生きていけると思うなよ!? この孤児院だって潰してやるぜ」

「ぐぅ……」


 その言葉にファランは歯を食いしばって思い止まる。自分だけならそれでもいいが、育ててもらった孤児院にまで被害が出ると脅されれば、迂闊な行動に出れなかったのだ。


「ラナ、孤児院に入っているんだっ!」


 ファランは泣き崩れているラナを抱き上げると、投げるようにして孤児院の中に戻して、自分は入り口で身を守るように立つ。それを見たハグヌは舌打ちすると部下たちに命じた。


「あのデクノボーを排除して、ラナさんを連れてこい! しかし、ラナさんには毛ほどの怪我を負わせるよ?」

「了解」


 ニタついた顔の男たちは、手に棒のような物を手にして近付いてくる。そしてファランを取り囲むと、一斉に襲いかかった。


「おらぁどけよ、このデカブツがぁ!」

「邪魔なんだよぉ!」


 身を固めた巨漢のファランは、いくら打ち据えてもビクともしなかった。しかし、白い司祭服は彼の血で徐々に赤く染まっていく。しばらくして苛立ったハグヌは、部下から剣を受け取るとファランに突きつけた。


「いい加減に諦めろ。ひょっとして仲間が来るのを待ってるのか? はっははは、無駄だ、無駄、このエリアは封鎖してるからなぁ」

「慈悲深き……女神シル様、我々を救い……」

「はっはは、最後まで女神にすがって死ねぇ!」


 ハグヌはそう叫びながら、剣を振り上げた。


 カキィン!


 その瞬間、ハグヌの剣が空に舞った。


「なっ……何者だ!? グフッ」


 咄嗟に振り向いたハグヌの顔面にナックルガードが突き刺さり、鼻から血を噴出しながら吹き飛んだ。


「何者だっと問われたら、女神の使者と答えるさっ! またの名を西の勇者ロビン・スフィールドだ、覚えときなっ! あぁ……男は覚えて貰わなくて結構だぜ?」

「あ……貴方たちは?」


 力なく問いかけてきたファランの肩を、ロビンは軽く叩くとコレットを呼んだ。


「アンタ、よく頑張ったな! ……コレット、治癒術を掛けてやってくれ」

「はいっ」


 孤児院の周りにいたゴロツキたちも、ローナとリーンによっていつの間にか倒されており、ようやくカールたちが到着した。


「み……皆、大丈夫か!? すまない、来る途中で妨害されてしまって手間取ってしまった」

「なんだ、カールじゃないか? 遅いぜ」


 ニヤっと笑うロビンに、カールは目を見開いて驚いた。


「ロビン! ロビンじゃないか、お前もソフィさんに依頼されたのか?」

「あぁ、護衛対象はそっちの奴だがな」


 ロビンがロディを指差すと、ファランが驚いた顔で叫ぶ。


「ロディ! 本当にロディなのか!?」


 その声に反応したのか、孤児院の扉が開かれると中からラナが飛び出てきた。


「ロディ!?」

「ラナ!」


 駆け寄った二人は抱擁し、そのままキスを交した。


「ロディ、どうして? ハグヌが殺したって」

「あぁ襲われてたところを、彼らが助けてくれたんだよっ!」


 ロディがロビンを指差すと、涙を流しているラナは深々と頭を下げた。


「ありがとうございますっ!」

「なに、それが依頼だっただけさ。お礼になら聖女さんに言うんだな」


 ロビンは少し照れたように手を振ると、最後に付け加えるように言った。


「とりあえずこちらの依頼は、これで終わりだな」

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