第33話「依頼内容」
北の町フィンヌ近くの街道では、パラパラと雪が降っていた。この街道を南に進むとギントの街があり、商人風の青年は必死に南に向かって馬車を走らせていた。その後からは蹄の音と共に怒声が飛び込んでくる。
「おらぁ、待てぇ!」
「止まれ、この野郎っ!」
如何にも傭兵くずれといった容貌の男たちに、追われている青年の名はロディという。ギントの街の孤児院で働いているラナの婚約者である。ロディは手綱を握り締めながら女神シルに祈りを捧げる。
「女神様、どうかお助けください……愛するラナが待っているのです」
しかし青年の祈りも空しく、男たちの仲間が馬車の前に飛び出て来ると、驚いた馬は街道を逸れて横転してしまった。
御者台から放り出されたロディは、打ちつけた身体の痛みを堪えながら立ち上がった。その周りを二十人ほどの男たちが取り囲んでおり、ロディを見下ろしてニタニタと笑っている。ロディは彼らに跪いて懇願する。
「た……助けてくれ! 荷物なら全部やるから」
「お前、ギントの行商人ロディだろ?」
いきなり名前を聞かれて、ロディは驚いた顔をしながら頷く。
「あぁ、僕はギントの街のロディだけど……」
「じゃダメだ。悪いな、お前を殺すのが依頼でな……恨むなら可愛い婚約者持った自分を恨むんだなっ!」
「婚約者? 貴様ら、ラナに何をするつもりだぁ!?」
ロディが咆哮を上げたが、男は意に介さず槍を振り上げる。その瞬間、街道側で何かが光ったかと思えば、槍を振り上げていた男は光の槍のようなものに吹き飛ばされたのだ。
「ちょっと待ったぁ! それ以上の狼藉は俺が許さん!」
その無駄に熱い口上にロディが街道の方を見ると、一人の青年が腰の剣を引き抜いて男たちに突きつけていた。その後には若い女性が三人見える。突然仲間をやられた男たちは、苛立った様子で怒鳴りつけた。
「何者だっ!?」
「男に名乗る名はないっ! ……と言いたいところだが、特別に教えてやるぜ! 俺の名はロビン、勇者ロビン様だっ!」
親指で自分を指しながら、眩いばかりの笑顔で名乗りを上げるロビンの横を、リーンが剣を抜きながら駆け出した。
「悠長に名乗っている場合か、馬鹿勇者! ローナ、援護を!」
「わかってる。任せてリーン! 燃えよ、燃えよ。炎の子、矢となりて我が敵を穿て! 炎の矢!」
詠唱が完成すると、燃えさかる炎の矢が四つ彼女の杖から発射された。先行して走り出したリーンを追い越して、炎の矢はロディの周りにいた男たちに命中する。燃えさかる仲間に怯んだ男たちに、そのままリーンが斬りこんだ。
馬鹿っぽいポーズを決めていたロビンは、慌てた様子で叫ぶ。
「おい! リーン、俺の見せ場を取るんじゃねぇ!?」
「いいから、いけ! この馬鹿っ!」
ローナに後から蹴り出されたロビンは、前のめりに転びそうになるのを何とか堪え、男たちに向かって駆け出すと、瞬時に三人斬り伏せるリーンに合流した。
「待たせたなっ!」
「別にお前などいらないが、来たからにはちゃんと働け」
彼らは伊達に西の勇者パーティを名乗っているわけではなく、ロディを襲っていた男たちが次々と斬り倒されていく。状況が掴めないロディがキョロキョロとしていると、神官のコレットが近付いて声を掛ける。
「傷を治します。動かないでください」
コレットが治癒術を施すと、ロディの身体からは先程までの痛みが嘘のように消えていった。
「あ……ありがとうございます。貴女たちはいったい?」
「貴方、ギントの街のロディさんですよね? 私たちは貴方の護衛の依頼を受けて来たんです」
「えぇ? 誰ですか!?」
そう問われてコレットは、ニッコリと微笑んで答えた。
「聖女さまですよ」
しばらくして敵を全て斬り倒したロビンとリーン、そして援護していたローナがロディとコレットのところに集まってきた。ロビンはニヤっと笑ってロディの安否を確認する。
「大丈夫だったか?」
「えぇ、助かりました。ありがとうございます。しかし……馬車は、もうダメですね」
横転してしまった馬車を見つめながら肩を落とすロディに、ローナが慰めるように優しく肩を叩く。
「大丈夫よ、ロビンが何とかするわ。こら、アンタ何とかしなさいっ!」
「あぁ!? なんだ、その無茶振りはっ!? なんで俺が男なんぞを助けなきゃいかんのだ」
ロビンは心底面倒そうな顔で首を横に振った。ローナは、その様子に呆れた様子で深いため息をついた。
「はぁ……アンタ、依頼内容聞いてなかったの? あの人からの依頼は『北の町フィンヌに向かったロディという商人がいます。彼をギントまで送り届けてください。生命と財産を無事にです』よ? 重要なのは財産の部分ね」
「ちっ、美人のお願いじゃ仕方がないか」
ロビンはやれやれと言った様子で、横転している馬車に手を掛けると身体強化を発動させた。彼は伊達に勇者は名乗っておらず、どうやら五割増しまで発動できるようだ。元々身体を鍛えているロビンの身体強化は、ソフィの超過強化に匹敵する効果を発動させている。その力で一気に馬車を引き起こした。
「す……凄い!」
「はっははは、そうだろう? 余裕だぜっ!」
素直に感心するロディにロビンはニカッと笑って親指を立てるが、その額には大量の汗が流れている。馬車の先頭で馬を確認していたコレットが、悲しそうな顔で首を横に振っている。
「ロディさん、残念ですが……お馬さんの方はダメですね。なんとか歩けるようにはなりましたが、とても荷台は運べそうもありません」
「そうですか……」
横転した際に転倒した馬は怪我してしまっており、コレットの治癒術で回復させたが全快とは言えなかったようだった。ロディは残念そうな顔で、荷台から馬を解き放つと馬の首を優しく撫でる。
「ロビン、お前が曳けば問題ない。がんばれ、応援はしてやる」
「いやいや、無理だろ? この荷台超重かったぞ? お前のエリザベートに曳かせろよ」
「ふざけるな! 私のエリザに荷台なんて曳かせられるかっ!」
エリザベートというのは、リーンが大切にしている馬の名前である。ローナとコレットは馬を扱えないため、それぞれロビンとリーンの馬に同乗している。彼らの馬は元々馬車を曳くような品種ではないため、ロビンの案は無謀だと言えた。
ロビンとリーンが言い争っていると、会話に割って入るようにコレットが声を掛けてくる。
「皆さん、お馬さんならあそこに沢山いますよ?」
「あっ!」
二人がコレットが指差した方を見ると、先程の襲撃者たちが乗っていた馬が数頭その場に留まっていた。
◇◇◆◇◇
ロビンたちが野盗を撃破したのが三日ほど前の事である。北の地でそんな出来事が起きていることなど知る由もないソフィの元に、ようやくマドランから『明日、侯爵様との謁見の準備が出来た』との報せが届いていた。
「思ったより時間が掛かったけど、ようやく作戦の実行だね」
マドランからの手紙を手にしたソフィが少し楽しそうに言うと、イサラは小さなため息をついた。
「ここまで来てしまったら、もう止めませんが……無茶だけはしないでくださいね、猊下?」
「そんなに心配しなくても大丈夫! ひょっとしたら、すぐに観念してくれるかも知れないませんよ?」
楽観的なソフィに少し心配になりながらも、イサラは計画の確認をしていく。
「それでは侯爵との謁見はお昼とのことですので、私とシスターマリアが明日の朝ヨーム様のところへ伺います」
「お願いしますね。マリアちゃんも」
「はーい、任せてください」
マリアは両手を上げて元気よく返事をする。続いてイサラはファラン司祭とラナを見る。
「その間、孤児院の守りが薄くなりますから、ファラン司祭には孤児院に詰めてもらいます」
「……わかりました」
「大丈夫?」
少し不安そうなラナに、ソフィが微笑みながら付け加える。
「マドランさんの計らいで冒険者のカールさんのパーティが、護衛に来てくれることになっていますから安心してください」
「あ……ありがとうございます」
その言葉に少し安心した様子のラナであった。その後、細かい作戦の打ち合わせをしていくうちに夜が更けていった。




