第32話「変装」
ソフィたちは冒険者ギルドで集めた情報と、ラナの身に起きていることをヨームに聞かせた。最初は落ち着いた様子で話を聞いていたヨームだったが、次第に顔が紅潮していき額には青筋が浮かんでいた。
「……以上です」
「あまり評判が良くないことは聞いておったが……そこまでとは」
ヨームは怒りを抑えるように項垂れて震えていた。
「それでヨーム様の方からご子息たちに、その様な行動は慎むように説得していただくことはできないでしょうか?」
「うむぅ……ワシもそうしたいのだが、もはや隠居の身……ワシが言ったところで愚息どもは聞かんだろう。何か具体的な不法行為の証拠でもあれば別じゃがな」
その言葉にソフィは考え込んでしまう。証拠があればヨームの協力を得て、不正を働いている現侯爵と息子を正すことができる。しかし、その方法が思いつかないのだ。
「猊下……少々無茶な方法ですが、私に案があります」
「えっ!? 本当ですか、先生?」
ソフィが尋ね返すとイサラは小さく頷いて、その案をソフィとヨームに伝えた。ソフィは目を見開いて驚いていおり、ヨームは驚いたが笑いながら尋ねる。
「はっははは、それは面白い。しかし、その役目を担う者が危険だろう?」
「もちろん、その役目は私がやります」
きっぱりと答えるイサラに、ソフィは首を横に振った。
「ダメだよ、先生。それは私がやらないと効果が薄いもの」
「しかし……」
イサラが何かを言う前に、ソフィは右手を彼女の前に出してそれを制した。そしてヨームに改めて尋ねる。
「ヨーム様、今の案で協力していただけるでしょうか?」
「うむ、必ず協力すると誓おう」
「ありがとうございます。では、準備がありますので……決行日が決まり次第ご連絡致します」
ヨームが頷くのを確認してから、ソフィたちは立ち上がってお辞儀をする。そして、そのまま部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
ヨームの屋敷を出たソフィたちは、その足で東区へと移動した。東区の大通りは相変わらずの賑わいを見せており、買い物客や旅人が引っ切り無しに行き来している。
ソフィたちがこの大通りに来たのは、ある人物に会うためである。大通りをしばらく歩いていると、大きな商館にその看板を見つけることができた。そして目的の人物は、丁度建物の前で荷物の搬入指示をしていた。
ソフィたちが近付いていくと、彼女たちに気が付いた男性が笑顔で手を上げる。
「んっ? おぉ、嬢ちゃんたちじゃないか!」
「こんにちは、マドランさん。来ちゃいました」
「いや、よく来たなぁ~。今日はどうしたんだい、何か必要な物でも出来たかね?」
ソフィが無言で頷いて用件を言わなかったので、マドランは何かを察したように頷くと、荷物を運び込んでいる使用人たちに向かって声を掛ける。
「お前ら、後は頼むぞ」
「わかりました、旦那」
「じゃ嬢ちゃんたち、奥で話そうか」
マドランはそう言うと、ソフィたちを連れて建物の中に入っていった。彼に連れられて向かった先は豪華な応接室だった。悪趣味にならない程度に置かれた装飾品は、どれも繊細な細工が施されており、いずれも価値があるものだとわかる。
ソファーに腰を掛けると、マドランは早速用件を尋ねる。気が早いのは商人の習性のようなものだろう。
「それでどうしたんだい?」
「実はギント侯爵と会いたいのです」
「侯爵様と……何でまた?」
ソフィの要求にマドランは首を傾げながら尋ね返した。ソフィたちは秘密にして欲しい旨を伝えた上で、今までの経緯と計画中の作戦を話す。それを聞いたマドランは驚いた顔をして、唸りながら考え込んでしまう。
「う~ん……確かに今の侯爵様はあまり良い噂は聞かないな。嬢ちゃんたちの頼みだし聞いてやりたいんだが、残念ながら俺はその商品は取り扱ってないからなぁ。いきなり侯爵様に持っていっても怪しまれて門前払いだろうよ」
「それでは、どなたか扱っている方は?」
イサラが尋ねると、マドランは小さく頷いて答える。
「そりゃゴードンの野郎だ。この街でそれを扱ってて侯爵様とも懇意にしているのはアイツしかいない」
「ゴードンさんっていうと、あの偽物騒動の?」
ソフィがこの街に来る時に聞かされた話を思い出しながら尋ねると、マドランは頷いて話を続ける。
「あぁ、そいつだ。俺に出来るのはアイツとの渡りをつけるぐらいだが……それでも神官さんが、そんなもん持ってたら怪しまれるだろうなぁ」
マドランは少し考えてから立ち上がると、ちょっと待つように言って部屋から出て行ってしまった。ソフィとイサラが首を傾げながら待っていると、しばらくしてマドランが戻ってきた。その手には黒い布のようなものを持っている。
「嬢ちゃん、ちょっとこれ着てくれないか? 大きめだからその上から着れるはずだぜ」
「えっ? 構いませんが……」
ソフィは首を傾げながらソレを受け取るとフードを脱いでから、頭から被るように着てみた。ソフィは少し照れながら、新しい服を見せるようにイサラに尋ねてみる。
「どうかな?」
「う~ん、なんというか……酷いですね」
イサラは額に皺を寄せて渋い顔をしている。いきなり批判されたソフィがショックを受けた顔をしていると、マドランは豪快に笑って
「はっははは、いや如何にもな感じでいいじゃないか。それなら上手いことゴードンの野郎に紹介できるだろう」
「ほ……本当ですか?」
「あぁ、任せてくれ! 準備が整ったら使いをやるから、西区の孤児院でいいんだな?」
自信満々の様子のマドランに任せて、ソフィたちはその時が来るのを待つことにした。
◇◇◆◇◇
数日後、マドランの使いが孤児院に訪れ「準備が出来た」と連絡を入れてきた。それを聞いたソフィはレオを連れてマドランと合流して、そのままゴードン商会が所有する倉庫を向かったのだった。
北区にある倉庫は左右の壁に沿って複数の積荷が並んでおり、その間は荷降ろし用に広い通路になっている。その通路の中央にマドランと、怪しいフード付きローブを着た人物が立っていた。対面には中年男性とその使用人たちが並んでいる。
「よく来たな、マドラン。本当に本物なんだろうなぁ?」
「はっ! お前と違ってまがい物なんて扱わねぇよ、ゴードン」
最初から険悪なムードが漂っているが、このちょび髭の中年男性がゴードン商会の主ゴードンのようだった。
「そっちの怪しい奴が、売主か? さっさと見せな」
その如何にも悪の魔導士が着るようなローブの人物は、首から下げた動物の骨や牙と思われる首飾りを、ガチャガチャと鳴らせながら前に出ると、目の前の箱に被せてある布を取り除いた。その箱は小さな檻になっており、その中には白く美しい鬣を持った獣が唸り声を上げていた。
「おぉ……まさにレオンホーンの幼獣っ! おいっ!」
「へぃ!」
ゴードンに言われて、使用人の二人がレオンホーンの幼獣を受け取ろうと近付いてくる。その男たちに苛立った様子のレオンホーンが吼えると、檻の周辺に雷の矢が発生した。
「うわっ!?」
いきなり飛んできた雷の矢に、使用人たちは慌てて飛び退いて躱した。当たらなかった雷の矢は、積んであった荷物に当たってその一部を粉砕する。
「お……おい、ふざけんなっ! 攻撃してきたじゃねぇか!」
「迂闊に近付くな、死にたいのか?」
文句を言ってくるゴードンの使用人に、マドランは呆れた様子で答える。その頬には冷や汗が流れている。
「見ての通り、レオンホーンは凶暴だ。扱えるのは魔獣使いである彼女だけだ」
ゴードンたちは、マドランが指差した怪しげなローブの者を目で追うと、苦々しい顔で問い返す。
「つまり、そいつも雇えって言うか?」
「あぁ、そういうことだな。どうせ侯爵様への貢ぎ物だろう? こいつを連れてかないと、侯爵様を攻撃しちまうかもしれねぇぞ?」
マドランの脅しのような言葉に、ゴードンは額に皺を寄せて考え始める。やがて諦めたようにため息をつくと、マドランを睨みつけた。
「……わかったよ、仕方がねぇな。その条件を飲もうじゃないか、支払いはルスラン金貨五百枚だったな?」
「いいや、こいつを合わせて六百だ!」
さらに追加を要求するマドランにゴードンは歯軋りをすると、舌打ちをしてから吐き捨てるように言う。
「ちっ、六百だ! それ以上は払わんぞっ! だが侯爵様と会うまでの滞在費はお前持ちだぞ。許可が下り次第登城するから、それまで面倒を見てろ。逃がしたら金貨一枚だって払わんからなっ!」
マドランはニヤリと笑う。
「あぁ、それで構わんさ」
「まったく、あいつらがちゃんと連れて来ていれば、こんな無駄な出費をしなくてよかったものを……」
最後にゴードンは忌々しいといった感じで、吐き捨てるのだった。




