第31話「先代侯爵」
依頼内容を聞き終えた西の勇者一行と、ソフィたちは冒険者ギルドの前に出て来ていた。
「確かに依頼は受けたぜ、お嬢さん」
「大丈夫、任せてっ!」
「大物狩りではないのが少々不満だがな。アリストの街のトロルのようなのを期待してたよ」
ロビン、ローナ、リーンの順で答えると、ソフィは苦笑いを浮かべて尋ねる。
「そう言えば、皆さんは大物狩りが専門でしたか?」
「西方地域じゃ我々と討伐隊しか、大型魔物に対抗できる者がいないからね。あぁ、そう言えば聞いたかい? アリストの街の隊長さん、トロル討伐の功績で討伐隊入りらしいぞ」
「えっ、討伐隊に?」
討伐隊とは、騎士団の中でも大型の魔物を狩ることを専門に扱う部隊のことで、近衛隊と並んでエリート部隊である。ただし入隊後の初戦闘で二人に一人は死ぬと言われるほど、危険と隣り合わせな部隊だった。
「あぁ、あのおっさんか、正直強そうには見えなかったがな」
「トロルを殆ど一人で撃破したって喧伝してたぐらいだし、隠れた実力者だったのかもよ?」
「いや賭けてもいいが、初戦闘で死ぬタイプだと思うぞ」
ロビン、ローナ、リーンの三人は好き放題言っていると、後からコレットが控えめに声を掛けてきた。
「皆さん、そろそろ行かないと」
「ん? あぁ、そうだな」
ロビンはウインクをしながら、親指を立ててソフィに突き出す。
「それじゃ行って来るぜ! 無事を祈っていてくれよな、お嬢さん」
「はい、よろしくお願いします」
ロビンたちは頷くとギントの街から出発するために、ソフィたちに背中を向けた。それを見送ったソフィはイサラに向かって告げる。
「それじゃ、私たちはタドリー司教のところに行きましょう」
◇◇◆◇◇
その日の夜、ラナの孤児院に戻ると初老の女性が出迎えてくれた。その女性はソフィたちを見ると、跪いて祈りを捧げる。
「まさかこの歳で猊下に拝謁できるとは……慈愛の女神シル様、この出会いに感謝致します」
「貴女に大いなる加護があらんことを」
咄嗟に返したが、目の前の人物に見覚えがなかったソフィは首を傾げていた。女性の後ろにはラナが立っており、その女性を起こすのを手伝いながら彼女を紹介する。
「ソフィ様、こちらがマザーエリナ。この孤児院の責任者です」
「ソフィーティア・エス・アルカディアです。お会いできて嬉しく思います、エリナさん」
「勿体無いお言葉です、猊下」
挨拶が終ってソフィたちが食堂に向かうと、そこには大の字に倒れているマリアがいた。ソフィは慌てた様子でマリアに駆け寄ると、治癒術を彼女に掛けながら尋ねた。
「マ、マリアちゃん、大丈夫?」
「へ……平気です~。あの子たち元気がありすぎて……」
ソフィが周りを見回すと、逃げ回るレオとそれを追いかける子供たちがいた。
「アンタたち、食堂で走り回らないのっ!」
「わぁ、ラナ姉が怒った!」
「逃げろ~!」
ラナが怒鳴りつけると、子供たちは笑いながら逃げ出した。ラナは困った顔をしながら頭を下げる。
「すみません。子供たちがマリアさんとレオ君が気に入ってしまって、遊んでて貰ったんですが……」
「疲れて倒れてたと……まったく情けないですよ。シスターマリア」
マリアは腕をパタパタと動かして抗議する。
「イサラ司祭だって、やってみればわかりますよ~」
「私なら、その前に規律というものを教えてあげます」
子供たちから解放されたレオはソフィたちに近付くと、倒れているマリアの腹の上に乗って丸まり始める。
「ぐぇ……レオくん、おも~い!」
「にゃふぅ~」
マリアはジタバタと暴れていたが、レオは満足そうに欠伸をしていた。
◇◇◆◇◇
それから半月ほど経過した。その期間中もガラの悪い連中が、度々孤児院の様子を窺いにきていたが、ソフィたちの姿を確認すると何をするでもなく帰っていった。
「やっぱり諦めたわけじゃないか」
「あの手の連中は、指示している人物を徹底的に叩き潰さないとダメですから」
ソフィとイサラが逃げていく男たちを睨みつけていると、遠くから熊のような司祭ファランが小走りで走ってきていた。そしてソフィたちの前で止まると、懐から一通の手紙を差し出した。
「大司教猊下! これを……タドリー司教からです」
「ありがとう、ファラン司祭」
ソフィは肩掛け鞄から、小さなナイフを取り出すと手紙の封を綺麗に切った。そして取り出した手紙と、カードのような書状を取り出すと内容を確認する。
「どうやら面会できるようになったみたいです」
ソフィがそう言うと手紙をイサラに手渡す。イサラはそれを読むと小さく頷いた。
手紙には、先代侯爵の面会の許可が下りたことを伝える内容が書かれていたのだ。特に日程などがなく、同封した招待状を入り口で渡せばよいらしい。
「では、参りますか?」
ソフィは頷くと、孤児院の方に向かって叫ぶ。
「マリアちゃん~レオ君~、出掛けるからラナさんをよろしくね」
「は~い、いってらっしゃい~」
「がぅがぅ~」
孤児院から二人の返事が聞こえるとソフィは安心して、先代侯爵の住む別邸に向かって歩き出した。
◇◇◆◇◇
先代侯爵が住むと言われる別邸は南区にあった。乗合馬車に揺られて南区の中心部に着くと、ソフィは辺りを見回した。
よく整えられた石畳の街並みに、大きな屋敷が並んでおり落ち着いた感じの雰囲気が流れている。一目見ただけで、この区画が貴族たちが住む街なのがわかる。
奥に行くほど緩やかに登りになっており、一番奥には一際大きな屋敷が建っていた。その建物がどうやら先代侯爵の屋敷のようだった。
ソフィたちがゆっくりと登っていくと、大きな鉄格子風の門が見えてきた。横には守衛の兵士が二人立っており、近付いてくるソフィたちを睨みつけている。
「すみません、こちらが先代侯爵のヨーム様のお屋敷ですか?」
「如何にも! ここはヨーム・エフ・ギント様のお屋敷である」
明らかに怪しんでいる守衛に、ソフィはタドリー司教から受け取った招待状を差し出した。それを受け取った守衛は、みるみる顔が青ざめて姿勢を正した。
「も……申し訳ありません。アルカディア様、どうぞお通りください」
招待状はギント家が使う正式な物で、ヨームの直筆で短く『この招待状を持って来られるのはアルカディア様と言う女性だ。何があっても最優先でお通しするように、くれぐれも失礼のないようにすること ── ヨーム・エフ・ギント』と書かれていたのだ。
守衛に案内されて邸内に入ると、もう一人の守衛が走って知らせたようで、中年の執事やメイドが出迎えてくれた。執事一人にメイドが五人、よく見てみると出遅れて並ぶことが出来なかった使用人たちが多数、玄関ホールを窺っていた。
「ソフィーティア・エス・アルカディア様ですね? お待ちしておりました。私、当家の執事を務めさせていただいているカーシムと申します。以後、お見知りおきを……」
一斉にお辞儀をする使用人たちに、ソフィは微笑みながら
「よろしくお願いします、カーシムさん。こちらはイサラ司祭です」
「イサラ様ですね。では、こちらへご案内します」
カーシムにエスコートされて、ソフィたちは応接室に案内された。応接室は侯爵家の別邸だけあって豪華の造りになっており、ゆったりとしたソファーに、脚の短いテーブルには花瓶が置かれ美しい花が飾られている。壁には肖像画が飾られており、中年男性とその妻と思われる女性、そして青年が一人描かれていた。
ソファーに座って待つように言われたソフィたちは、それらを眺めているとカーシムに連れられ、杖をついた老人が一人入ってきた。老人はソフィを見るなりに皺だらけの顔を綻ばせる。
「よく来たな、アルカディア大司教。ワシがヨーム・エフ・ギントじゃ」
「初めまして、ヨーム様」
ソフィとイサラが立ち上がってお辞儀をすると、ヨームは首を振って答えた。
「いいや、ワシとお主たちは会ったことがあるぞ。まぁお主が随分と小さい時じゃがな」
「えぇ!?」
彼の話では、彼とソフィの祖父カトラス・エス・アルカディアは知人で、ソフィがまだ幼かった頃、帝都を訪れた際に会っているという話だった。
「まさかあの時の子供が、大司教になるとは夢にも思わなかったぞ」
「すみません、覚えていませんでした」
「なぁに、まだ幼かったから無理もない。……それで、今日は何用で訪れたのだ? まさか、この爺の話し相手としてではないだろう?」
わざわざ話題を切り替えてくれたヨームに、ソフィは黙って頷くと本題を話し始めるのだった。
「はい、実は……」




