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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
西方巡礼編
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第27話「タドリー司教」

 ソフィたちが賑わいを見せている大通りを歩いていると、チラチラと彼女たちを見てくる人々の視線に気が付いた。教会の支部があるような大きな街であれば、聖職者など珍しくはない。ソフィたちは首を傾げながら


「妙に見られてるけど、どうしたんだろ?」

「聖女さまがお綺麗だからじゃないですか~?」

「猊下がお綺麗なのは確かですが、これは……」


 イサラが視線を下に持っていくと、ソフィの足元に白いもさもさが揺れているのが見える。


「この子が目立っているようですね」

「がうっ!」


 イサラの視線に気が付いたレオが一鳴きすると、さらに周辺から注目が集まってしまった。ソフィはレオを抱き上げるとニッコリと微笑んでから、足早にその場を後にするのだった。




 しばらくして大通りを過ぎると、比較的静かな住宅地のようなところに出た。道の幅が狭くなり人の行き来も疎らになってきた。聖堂の大きさは街の大きさに比例することが多い。これは寄付金などの多さと共に、行事などで集まる人数が増えるためである。


 見えてきた聖堂は帝都の大聖堂に比べれば小さいものの、ソフィが帝都を出てから一番大きな聖堂だった。そんな聖堂を見上げながらソフィが感心したように呟く。


「大きな聖堂だね」

「えぇ、この辺りでは一番大きいでしょう。ここより大きいとなると、北部のシリウス大聖堂と帝都のシルフィート大聖堂ぐらいですから」

「わたしたちが向かってるのが、そのシリウス大聖堂ですよね?」


 マリアが首を傾げながら尋ねると、イサラは静かに頷いた。


 そのまま聖堂に入って行くと、中はもっと豪華な造りになっていた。美しいステンドグラスに、柱などにも細かい装飾が施されている。正面には女神シルを象った大きな石像が安置されている。その姿はどことなくソフィに似た面影があった。


 三人が感心したように眺めていると、一人のシスターが声を掛けてきた。短く切られた金髪で、歳はイサラと同じか少し上ぐらい年齢に見える。シスターは指を組んで祈りを捧げてから用件を尋ねてきた。


「我らが姉妹に、女神シルさまの大いなる慈悲を……何か御用でしょうか? って貴女たち、ここは動物禁止ですよっ!?」


 ソフィに抱きかかえられているレオを見つけると、シスターは驚いて目を見開いた。ソフィはきょとんとした顔で首を傾げる。


「えっ、そうなんですか?」

「えぇ、とにかく聖堂から出てくださいっ!」


 シスターに押し出されるように聖堂から追い出されたソフィは、レオを地面に降ろしてから改めて名乗ることにした。


「私はソフィーティア・エス・アルカディア。彼女はイサラ司祭とシスターマリアです。巡礼の旅の途中で立ち寄らせていただきました」

「これはこれは、ご丁寧に……私は修道院長のアリーナです。三人ともお若いのに巡礼の旅とは……えっ?」


 アリーナと名乗ったシスターの顔が、みるみると青くなっていく。


「つかぬことをお伺いしますが……アルカディアというと、大司教猊下の縁戚の方でしょうか?」

「いえ、こちらが大司教猊下ですよ。シスターアリーナ」


 イサラが一歩前に出てソフィを紹介するように言うと、ソフィは大司教の証をチラリと見せた。卒倒しそうになったアリーナは、何とか持ち堪えると慌てて深々と頭を下げた。


「も……申し訳ありませんでした。まさか大司教猊下とは」

「いえいえ、慣れていますからお気にならさずに」


 旅に出て帝都から離れれば離れるほど、教会関係者でもソフィが大司教であることに気付かない者が多くなっていた。これはソフィが若すぎるということもあったが、そもそも大司教とまともに面識がある関係者が少ないからだった。


「ところでなんで動物禁止なの~?」


 マリアがレオの鬣を撫で回しながら尋ねると、アリーナは気まずそうな顔をして答えた。


「えっと……少し前になるのですが、とある信者さんが連れてきたペットの犬がシル様の象に粗相をしたので」

「レオくんはそんなことしないよね~……いたたたた」


 マリアが調子に乗って撫で回してた手に、レオが噛み付いて唸り声をあげている。


「レオ君、マリアちゃんを噛んじゃダメよ~」

「にゃふ!」


 ソフィが優しく窘めると、レオはマリアを噛むのをやめてソフィにすり寄っていく。


「うぅ……こいつめぇ!」


 マリアは涙目で、噛まれた手に治癒術を掛けながらレオを睨みつける。その様子にイサラはため息を付くとアリーナに尋ねた。


「シスターアリーナ、区長にお会いしたいのですが?」

「えっ? あぁ、はい。この時間なら区長室にいると思いますので、こちらへどうぞ」


 聖女巡礼団は、アリーナの案内で区長室に向かうことにした。



◇◇◆◇◇



 聖堂の中にある一室の前で、アリーナがノックをして尋ねる。


「タドリー司教、いらっしゃいますか? お客様なのですが」

「あぁ、院長かね……入りたまえ」


 中からは掠れた男性の声が聞こえてきた。アリーナはドアを開けて一瞬怯んだあと、少し顔を引く付かせながらソフィたちを中に通した。


 中に入ると壁一面に本棚があり蔵書がズラーと並んでいた。しかも入り切らないのか、床には山積みの書物が積まれており、奥にはやはり書物によって隠された机を思しき物があった。


「ダドリー司教! ちゃんと片付けてくださいと、いつも言っているじゃないですか!」


 アリーナが机に積まれた書籍に向かって怒った口調で言うと、奥からは先ほどの掠れた声が聞こえてくる。


「ワシには、どこにあるかわかっているのだから問題なかろう。で……客人とは?」


 そう返しながら本の山の奥から、一人の司祭服を着た老人が現れた。身なりはさほど上等ではなかったが、身につけている証は彼が司教であることを示していた。そして、アリーナと共に入ってきた三人を見て目を見開いた。


「おぉ! 懐かしい顔だ。シスターイサラ!」

「お久しぶりです。タドリー司教、今は司祭になりました。お変わり無いようで……」


 イサラがお辞儀をすると、ダドリー司祭は老人とは思えない速さで近付いてきて彼女の臀部を撫で回す。


「おぉ、久しぶりじゃなぁ。相変わらずいい尻じゃ~」

「……本当に変ってないようですね、クソ爺!」


 イサラは触られている腕を掴み、ギリギリと締め上げる。骨が軋むような音と共にタドリー司教が苦悶の表情を浮かべる。


「ぐぉぉぉぉぉ、痛い! 痛いぞ! 折れておる、いや砕けておるぞぉ!」


 タドリー司教の手首がメキャという大きな音を上げると、イサラはようやく手を離した。


「ぐぬぬ……相変わらず凶暴な娘だ。老人を少しは労わらんかっ!」


 タドリー司教は、恨めしそうにイサラを睨みながら、折れ曲がった自分の手首に治癒術を掛けていく。この状況に唖然としているアリーナを放置して、タドリー司教はソフィの方を向いて跪いて腕を組んだ。


「大司教猊下ですな? この出会いを女神シル様に感謝致します」

「こちらこそ、お会いできて光栄です。タドリー司教」


 ソフィはそう言いながら微笑むと、タドリーの肩にそっと触れて彼を起こした。その瞬間、タドリーの手がソフィの胸に伸びたが、彼の後ろからイサラが蔑んだ目で見下ろしながら


「猊下に少しでも触れたら、その首をへし折りますよ?」

「ば……馬鹿を言うでない! いくらワシでも親友の孫娘に手など出さんわ」


 タドリー司教は振り返りながら答えたが、イサラは疑いの眼差しで睨み付けている。ソフィは首を傾げながら尋ねる。


「タドリー司教は、お爺様とお知り合いなんですか?」

「あぁ、カティの奴とは共に神学を学んだ親友だった……惜しい奴を亡くしたな」


 タドリーは少し悲しそうな瞳で呟く。カティことカトラス・エス・アルカディアは、ソフィの祖父であり先代大司教だ。彼女を大司教に推薦した人物もである。


「そう言えば、あの男はどうしたのだ?」

「あの男?」


 タドリーが何かを思い出したように尋ねると、イサラは首を傾げて尋ね返した。


「お前さんといつも一緒にいた。ほれ、あの男じゃよ、確かキー……」

「彼は死にました!」


 イサラが遮るように怒鳴りつけたことで、タドリー司教は驚いた顔をしており、

 その場の雰囲気が少し重いものになってしまった。そのイサラの声で、ようやく固まっていたアリーナが意識を取り戻していた。


「タドリー司教! 何をしているんですかっ!? 大司教猊下の前でそのような……あぁ、この教区はもうおしまいです」


 アリーナは跪くと天に許しを乞うように祈りを捧げはじめた。


「大げさな……老人と若者のちょっとしたスキンシップじゃろう」

「猊下、この爺に罪を償わせましょう。お許しいただけるのでしたら、すぐにでもへし折ってやりますが?」


 話題が変って調子を取り戻したイサラの本気の瞳に、ソフィは苦笑いを浮かべると首を横に振った。


「あはは……ちょっとお茶目なお爺さんですね」


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