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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
西方巡礼編
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第25話「夜襲」

 マドランたちの隊商はヤトサー山から、ソフィたちを隠すように野営地を築いていた。馬車の荷台で周囲を囲み、四方に護衛の冒険者が見張りについており、簡易的な要塞のような構えだ。例えギルース団が健在だとしても、あの様子ならなかなか手を出せないだろうと思えた。


 ソフィたちが焚き火の側でイサラの作った夕食を取っていると、再びマドランたちが現れて話し掛けてきた。


「よぉ嬢ちゃんたち、そんなんじゃ足りんだろ。こいつを食わんかね?」


 マドランの手には、大きな燻製肉がぶら下がっていた。ソフィたちが食べている干し肉などより、よほど上物なのは見ただけでわかる。


「わぁ、ありがとうございます」

「なに、いいってことよ。よっと……どれ、焼いてやろう。スキレットはあるかい?」


 マドランとカールが座ってから尋ねると、マリアが置いてあった背嚢からスキレットを取り出した。その間レオが肉を狙っていたが、イサラの一睨みでソフィの後ろに隠れてしまった。


 スキレットを受け取ったマドランは、腰のポーチからオリーブオイルを取り出すと、スキレットに引いて焼き始めた。ジュワッという音と共に肉の良い匂いが漂ってくる。


「わぁ美味しそうですね」


 すでにマリアは目を輝かせていたが、イサラは疑いの眼差しを送りながら尋ねる。


「このような上等なものを、差し入れていただけるのはありがたいのですが、どうして私たちに?」

「ん? あぁ、嬢ちゃんたちシルフィート教の神官様だろ? 神官様に優しくしとけば、いざと言う時に女神様が微笑んでくれるってもんさ」


 そのおどけたような発言に、ソフィはクスッと笑う。


「面白い考え方ですね。でも女神シル様は、皆を平等に愛してくださりますよ」

「はっははは、そうかも知れんが、少しぐらいは贔屓してくれるかもしれんだろ? さぁ、焼きあがったぞ」


 マドランは笑いながら肉を切って取り分けていった。ソフィたちは感謝を述べてから、それを口にしていく。口の中に広がる肉汁と、最後に振りかけていた香辛料がビリッと利いており、さらに旨みを増していた。


「凄く美味しいです」

「幸せ~」


 イサラが食べようと肉を切っていると、レオがつぶらな瞳で見つめてくる。


「貴方はさっき食べたじゃないですか……あげませんよ?」

「くぅ~ん」


 もの悲しげに鳴くレオに、イサラは困ったような表情を浮かべる。そして深いため息を付くと、肉を切り分けてから息を吹きかけて冷まし、そっとレオの前に置いた。


「それだけですからね?」

「わぅ!」


 レオがガツガツと食べている様子に、イサラは優しげに微笑んだ。そんな様子にマリアはニタニタと見つめていた。


 マドランたちとの楽しい食事が終わると、彼とカールは席を立った。


「それじゃ俺たちは戻るが、嬢ちゃんたち気をつけろよ? この辺りは山賊だけじゃなくて魔獣も出るからな」

「お肉ありがとうございました。ちゃんと魔物除けもしてありますので大丈夫ですよ」

「それなら安心だ、さすが神官様だな」


 ソフィたちとの会話が楽しかったのか、マドランは満足そうな顔で自分の隊商のほうへ戻っていった。イサラは食器を片付けながらソフィたちに


「火の番は私からやりますから、猊下たちは先にお休みください」

「わかりました。それでは先に休ませてもらうね」


 ソフィとマリアはそのまま天幕に入ろうとしたが、マリアは振り向いて尋ねる。


「レオくんは、どうするの?」

「がぅ!」


 イサラの横で一鳴きするレオにマリアは微笑んで頷くと、そのまま天幕に入っていった。イサラはレオの鬣を撫でながら確認するように尋ねる。


「貴方も付き合ってくれるの?」

「わぅ!」



◇◇◆◇◇



 火の番をしていたイサラが少し眠そうにしていると、突然レオが吼え始めた。


「がぅ! うぅぅぅぅぅぅ!」

「なっ、なに!?」


 驚いたイサラがレオが吼えているほうを見ると、隊商の野営地が騒がしくなっていた。微かに獣の吼えるような声と、悲鳴のようなものが聞こえてくる。


 イサラは天幕の入り口を捲くると、中で眠っている二人を叩き起こした。


「猊下、シスターマリア、起きてください!」

「ん~……先生? もう交代?」

「まだねむ~い……」


 まだ眠そうな二人だったが、イサラは構わず続けた。


「起きてください。マドランさんたちの野営地で何かあったみたいです」

「えっ!?」


 その一言で飛び出してくると、篝火が炊かれたのか野営地の周辺が明るくなっていた。ソフィは眉を顰める。


「まさか山賊?」

「わかりませんが、悲鳴のようなものが聞こえました」

「とにかく行きましょう。レリ君!」


 ソフィが右手を伸ばして呼ぶと、鞄の中から鎖が伸びて腕に絡みつき、そのまま右手に装着された。マリアもすでに背嚢から盾を外して両手に装備している。


 三人は顔を見合わせると、そのままマドランの野営地に向かって走り始めたのだった。



◇◇◆◇◇



 マドランの野営地に近付くと状況がわかってきた。どうやら魔獣の襲撃を受けたようで、犬型の魔獣の群れと隊商に雇われた護衛の冒険者たちが戦っていた。荷台の防壁を使って上手く対応していたが、魔獣の数が多すぎるため隊商側が押され始めている。


 隊商の中央で戸惑った様子で、首を振っていたマドランを発見したソフィは、まず彼に声を掛ける。


「マドランさん、大丈夫ですか?」

「あ……あぁ、今はなんとかな、お嬢ちゃんたちも無事でよかった」


 彼は無事だったが、その周りには護衛や使用人たちが倒れていた。すぐにイサラが状況を把握すると、まずマリアに向かって命じる。


「シスターマリア! 貴女は、あそこの穴を塞ぎなさい!」

「りょ~かい!」


 魔獣たちに押されて今にも崩壊寸前だった陣形の前に出ると、マリアは守護者の光盾(ガーディアンウォール)を展開して魔獣を押し返した。その彼女の頭の上にレオが飛び乗り、守護者の光盾(ガーディアンウォール)を避けて雷の矢(ライ・ボルト)を発射していく。


「猊下、荷台の下を潜ってきます。ガントレットで防いでください!」

「わかりました、先生」


 ソフィが右手を振ると鎖が伸びて、荷台の下の空間を塞いでいく。その間にイサラが負傷した者たちに治癒術をかけていった。それを見ていたカールは感嘆の声を上げた。


「凄いな嬢ちゃんたち、助かるぜっ!」


 ソフィたちの働きにより押し返された魔獣たちは、距離を取って唸り声をあげていたが、やがて諦めたのか隊商から離れていった。


 警戒状態は続いていたが、ようやく一息ついたマドランは腰を下ろした。


「どうやら助かったようだな……まさか魔獣が襲ってくるとは」

「魔物除けは用意しなかったんですか?」


 魔物対策には色々な種類がある。ソフィたちのように自前の法術で結界を張る場合もあるが、隊商であれば魔道具を使うのが一般的であり、個人的な旅人の場合でもアミュレットのような物を首から下げるものだ。


 マドランは胸元から、アミュレットを取り出すとソフィに見せる。


「いや、当然魔物対策は万全だぞっ! これも身に着けているし、同等の物を隊商の周りにも設置済みだ」

「失礼します」


 ソフィは一言断ってからアミュレットを手にして、じっと見つめてから首を横に振った。


「残念ながら偽物ですね」

「な……なんだと!? あいつめっ!」


 マドランはアミュレットを引きちぎると、地面に投げ捨てた。そこに周りを確認に行っていたカールが戻ってきた。


「マドランさん、彼女たちのお陰で人には奇跡的に被害が出てないけど、馬が三頭やられていた」

「そ……そうか、でもお前たちが全員無事ならまだよかった。嬢ちゃんたちには感謝しかないな」


 マドランは落ち込んでいたが、それでも全員無事だったことを聞いて安堵のため息をついた。そんなマドランにソフィは微笑みながら答える。


「きっとお肉のお陰ですよ」

「ん? ……はっははは、確かに女神様が微笑んでくれたんだろう」


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