第22話「ギルース団」
朝食を食べ終えた聖女巡礼団は、砦に備蓄してあった食糧や水から二日分ほど拝借してから、残りの食材や水瓶を砦の外に運び出した。そして縛り上げられた山賊たちを叩き起こすと、彼らを砦の外に連れ出した。
「おぅ、こらぁ!」
「このアマ! 解きやがれっ!」
「殺すぞ、てめぇ!」
山賊たちは一晩寝て元気が出てきたのか、ソフィたちに罵詈雑言を浴びせてくる。そんな暴言には耳を貸さず、ソフィはそんな彼らの前に立つと優しく諭し始めた。
「私たちはもう出発しますが、今回のことに懲りて真面目に働いてくださいね?」
「ふざけんなっ!」
真面目に働く気があるなら、元々山賊になどなっていない。当然の如く山賊たちが聞き入れるわけがなかった。ソフィが小さくため息をついてイサラの方を向くと、彼女は頷いて手にした松明を傾けて砦に火を放った。事前に油が撒いてあったのか勢いよく火の手が上がっていく。
「お……俺たちの……テメェ、何をしやがる!?」
「この場所に砦なんて建てられると、周辺の皆さんはとても迷惑なんです。この煙を見てお仲間が来ると思うので、彼らに助けて貰ってくださいね」
山賊たちは、自分たちの棲家にしていた砦が燃える様子を眺めながら叫ぶ。
「いきなり砦を焼くとか、貴様ら悪魔か!?」
そんな山賊たちの悲痛の叫びに対して、マリアは腰に手を当ててしたり顔で告げるのだった。
「ふふん、聖女さまだよっ!」
◇◇◆◇◇
ヤトサー山のギルース団は、中腹辺りにある山城を根城にしている大山賊だ。頭目のギルースが率いていた傭兵団が前身となり、戦争終結によって食い扶持を失った傭兵などが集まって、さらに大きくなった山賊団である。
最初は周辺の村などを襲っていたが、山賊の襲撃に耐えられなくなった村民が逃げてしまうと、今度はギントの街に繋がる街道を押さえて、通る隊商などを襲うようになった。
その山城の見張り台の上から男が麓を見ていると、南側の砦が凄い勢いで燃え始めているのを発見した。
「おいっ! 南の砦が燃えてるぞ! 敵襲かもしれん。親分に知らせろぃ!」
「わ……わかったっ!」
見張りから伝令を受け取った山賊が、慌てながら部屋に飛び込むと隻眼の中年が酒を飲んでいた。この男がギルース団の頭目ギルースである。
「お……親分、大変だっ!」
「どうしたぁ、見つかったかぁ?」
ギルースは酒を呷りながらドスの聞いた声で問い返すと、報告に来た山賊は首を横に振りながら答える。
「いや、そっちはまだ……それより敵襲だっ!」
「なにぃ? また北のギントの連中か? どうせ見せかけだけだろ。懲りねぇ奴らだぜ」
「いや、それが南の砦が燃えてるんだ!」
「南だぁ? あっちにはサコロぐらいしかねぇはずだが……とにかく斥候を出せっ!」
「わ……わかったぜ」
返事をした山賊の男は、慌てた様子で部屋から飛び出ていった。ギルースは飲んでた酒を飲み終えると、ジョッキを壁に投げつけて立ち上がった。そして彼の後ろの壁に寄りかかっていた、どこか影のある男に向かって叫ぶ。
「キース、またテメェの力を貸して貰うぜ」
「あぁ、心配しなくても金の分は働いてやるさ」
ギールスはニヤリと笑い部屋から出ると、騒ぎを聞き付けて集まり始めていた部下たちに向かって叫ぶ。
「おい、てめぇら、敵襲だ! 斥候が戻って来たら、ぶっ殺しにいくぞっ!」
「おぉ~!」
山賊たちは久しぶりの戦いに、腕や武器を突き上げて応えるのだった。
それから半日後 ──
斥候が戻ると、驚くべく事実が山城に伝えられることになった。
「はぁ? 神官三人がいきなり襲い掛かってきて、砦を焼かれただぁ? 何言ってやがるんだ、頭が逝かれちまったか、テメェ!?」
「いや、マジなんだって! すげぇ手馴れた感じで奇襲をしてきたんだ」
信じられないという顔をしているギルースに、燃えて尽きた砦の近くで救助された山賊の男が必死に説明をしている。
「じゃぁ、何か? その神官のために百人以上の完全武装した男たちが、半日も待機してたっていうのかぁ?」
ギルースは怒り任せに男を蹴り飛ばす。
「うぅ、痛ぇ……だから、普通の神官じゃねぇんだって……あっ、そうだ! なんか白い猫みたいのを連れてたぜ」
ふらふらと立ち上がった男は、ソフィたちが連れていた獣のことを思い出して付け加えた。ギルースはピクッと眉を吊り上げる。
「あぁ? そいつぁ、角と鬣が生えたヤツか?」
「あぁ、たぶんそうだぜ」
ギルースはニヤリと笑うと、集まっていた部下たちに向かって叫ぶ。
「お前ら聞けぇ! どうやら軍隊が攻めてきたんじゃなくて、女が三人迷い込んだそうだっ!」
最初は何を言っているのか理解できないといった顔をしていたが、次第に茶化すような口調で問い返す。
「ヒュー! マジですか、隊長?」
「頭ぁ、女とか期待させといてババァなんだろ? 俺は騙されねぇぞ!」
ギルースは豪快に笑いながら答える。
「がっははは、聞いて驚け! 三人とも若い女神官らしいぜ。それに逃げ出したアイツも一緒にいるらしい」
「おぉぉぉぉぉ!」
山賊たちが盛り上がっていると、何かを見つけたのか見張り台から声が聞こえてきた。
「親分! 居たぜ、白い服の三人組が北に向かって歩いている!」
その報告を聞いたギルースはニヤリと笑うと、手を振り上げて叫ぶ。
「よ~し! テメェら行くぞっ!」
「おぉぉぉ~!」
◇◇◆◇◇
聖女巡礼団は燃やした砦から道なりに北に進んでいた。ヤトサー山は紅葉の綺麗な山で、見上げるだけで心が洗われるような美しさだ。しかし一度視線を落とすと、道端には白骨した死体や魔獣などに食い荒らされた死体が放置されており、ソフィはその一つ一つに鈴を鳴らしながら祈りを捧げていた。
「可哀想に……せめて安らかに眠りください」
「猊下、急ぎましょう。そろそろ追いつかれるかもしれません」
「わかっているけど、こんな無残な状態で放ってはおけないよ」
イサラは急がせようとするが、ソフィは目を閉じて首を横に振る。その間に前方を警戒していたマリアが、何かを発見して振り返った。
「聖女さま、前から何か来ますっ!」
「山賊?」
「とりあえず隠れましょう」
正面に見える土煙からかなりの数が来ているのがわかる。イサラの提案で三人と一匹は茂みの中に隠れた。しばらく身を潜めていると、馬に乗った山賊の集団が現れた。
先程までソフィたちがいた場所で、ギルースが馬を止めると山賊たちが動きを止めた。全員騎乗しており装備なども、先の砦の山賊たちに比べれば、だいぶマシな分類だった。数は五十人程度おり、一人だけ山賊には見えない身なりの男性が混じっている。
「おい、どこに行った? とりあえず、てめぇら捜せっ!」
「へいっ!」
ギルースの命令に山賊たちは周辺の捜索を始めた。明らかに目星がついている会話にイサラは眉を顰める。
「これは……どこからか、見られてましたね」
「どうしようか?」
ソフィが困ったような顔で尋ねると、イサラはため息を付いた。
「こうなったら仕方がありませんね……」
「がぅ!」
イサラが諦めたように呟くと、レオはそのまま茂みから飛び出してしまった。ソフィは慌てて追いかけて、茂みの中から出て行ってしまう。
「ぐるるるるぅぅ」
レオはギルースに向かって唸り声をあげていたが、ギルースはニヤリと笑うと嘗め回すようにレオとソフィを見つめる。
「くっくっく、捜してたものが同時に見つかったぜぇ」
イサラと盾を装備したマリアが、茂みから飛び出てくるとソフィたちを守るように前に出る。山賊たちは集まってくると、そのまま彼女たちを取り囲んだ。
「おぉ、上玉じゃねぇか」
「いいね、おっさんたちと楽しもうぜぇ。げへへへ」
下品な声を掛けてくる山賊たちに、ソフィは一歩前に出る。
「貴方たちがギルース団ですね? 私たちは聖女巡礼団です。この街道の死者たちも貴方たちの仕業ですね? 罪を償うと言うなら、女神シル様もきっとお許しくださるでしょう」
説法のようなソフィの発言に、ギルースたちは豪快に笑い始めた。
「がっははは、罪を償えだとよっ! 笑わせてくれるぜ。その前にたっぷりと可愛がってやるよ、その後に同じことが言えるなら考えてやるぜぇ。お前ら、捕まえろっ!」
ギルースの命令で山賊たちは馬から降りると、ソフィたちを捕まえようと包囲を狭めようと近付いてきた。イサラは呆れた様子で拳を握り締める。
「猊下、無駄ですよ。この手の輩は救いの言葉に耳を貸したりしません」
「でも全ての者に改心の機会を与えるのも、女神シル様の教えでしょう? 先生」
ソフィは悲しそうな顔をすると腕をクロスした。
「しかし、改心する気がないなら仕方がない……聖女執行」




