第19話「杭を打つが如く」
いくら倒してもゾンビのように群がってくるカナブス中毒者に、さすがのソフィも困っていた。
「どうすれば……」
ちらりとマリアの方に目を向けると、十名強の男たちが守護者の加護を破ろうと攻撃を仕掛けているのが見える。すぐにでも救出に向かいたいという焦りがソフィの頭の中に直接打撃の選択肢がよぎる。
当然、直接打撃に切り替えれば、状況の打開は容易である。いくらカナブスによって凶人化されているとはいえ、超過強化中のソフィにとって相手になるほどのものではない。
しかし、その結果五十人あまりの死体の山が、この畑に積み上がることになるだろう。ソフィにとって、そのような事態は耐えれないものだった。
ソフィは戦いながら打開策を探るべく周りを見回した。物凄い速度で移り変わる風景の中で、ソフィは柵を作成するために、立てかけられていた大型のハンマーに目を留めた。
「……アレならっ!?」
ソフィは何かを思いついたように呟くと、迫ってくるカナブス中毒者に向かって駆け出した。振り下ろされた剣を躱しながら飛び掛ると、男の肩を蹴ってさらに上空へ跳ぶ、そして宙返りして体勢を整えると、右拳を振り上げながら叫ぶ。
「モード:鎚!」
その言葉に呼応するようにガントレット:レリックの宝玉が光輝くと、聖印が浮かび上がった。そしてガントレットの形が少し変わり、右拳を中心に巨大な光の拳が現れた。
「いっけぇ!」
ソフィが振り下ろした拳は、集まっていたカナブス中毒者たちをまとめて押しつぶし、地面にめり込ませる。治癒拳撃の効果により、すぐに回復したカナブス中毒者たちだったが、体の半分近くが土に埋まっており、まともに身動きが取れなくなっていた。
「あぁ~」
「うわぁぁ~」
呻きながらもがいているカナブス中毒者たちを横目に、ソフィはマリアたちを助けるために駆け出した。
「シスターマリア、守護者の加護はまだ大丈夫ですか?」
「うんっ! この程度ならまだまだ大丈夫!」
マリアの言うとおり、範囲を極小で展開している守護者の加護の強度は、まだまだ余裕がありそうだった。なかなか突破できないことに苛立ちながら攻撃してくる男たちだったが、光が通り過ぎた瞬間数人が一気に弾け飛んだ。
「マリアちゃん、大丈夫?」
「は、はいっ、聖女さま~」
ソフィが助けに来てくれたことに、マリアは笑顔で答えた。マリアたちに群がっていた男たちは、吹き飛んだ仲間を見て腰を抜かしたり慌てて逃げ始める。
「レリ君、お願いっ!」
ソフィが右手を振ると鎖が伸びていき、逃げていった男たちを捕らえるとソフィたちの元に引き戻した。マリアは守護者の加護を解除して、腰を抜かした連中や逃げ損ねた連中を盾で一人ずつ殴り倒していく。
「や……やめっ!」
「うわ、助けて……うがっ」
「ぎゃぁぁぁ!」
最後の一人を仕留めて、やり遂げた顔のマリアが大声を上げる。
「あっ、あいつ逃げてますよっ!? もうあんなところにっ!」
遥か遠くに白い羽根帽子を被った男が、全速力で逃げていくのが見える。通常であれば、もう追いつくような距離ではなかったが、彼の不運はこの場所が見晴らしのよい畑だったことだろう。
「捕まえてくる」
ソフィはそう言い残すと彼が逃げたほうへ駆け出した。まさに一閃と言った感じの光の筋がきらめくと、今回の首謀者であるカイトが逃げたほうから悲鳴のような声が聞こえてきた。
◇◇◆◇◇
ソフィに連れてこれたカイトからは、すでに先程までの余裕はなく。恐怖に引きつった顔をしていた。
犯罪組織の集団は、騒ぎを聞きつけた町の衛兵たちによって全てまとめて縛られており、意識のある者たちは一様に項垂れている。
トールスはイサラの治癒術で何とか一命を取り留めると、最終的にはソフィの治癒術で完全回復していた。
「以前より、体が軽いようですぞ!」
とは復活したトールスの言葉だ。ヒューズは安堵のため息を付くと、改めてソフィに頭を下げた。
「ありがとうございます。まさかソフィ様が、これほどお強いとは思いませんでした」
「いえ、兵士の方々は残念でした……」
戦いが終わったあと、犯罪組織に襲われた兵士たちに治癒術を施したが、半数近くはすでに息絶えていたのだ。
失った兵士のことを思い出したのかヒューズも暗い顔を浮かべる。しかし、すぐに気を取り直したように首を横に振ると
「さて、お約束を守る時ですね」
と告げて、トールスに合図を送った。トールスは頷くと衛兵たちに命じて、畑を処分する準備を開始した。ヒューズは縛り上げられているカイトたちを見ながら尋ねる。
「ソフィ様、彼らの処遇は私にお任せ願えますか? 罪を償う意味でも、必ずやカナブスの撲滅に尽力致します」
その言葉の真意を計るようにソフィの瞳が輝いた。そしてソフィが口を開こうとした瞬間、カナブス畑から火の手が上がった。
ソフィは燃え上がる畑を見つめながら小さく頷くと
「貴方にお任せします」
と告げたのだった。
◇◇◆◇◇
その騒動が起きてから二日後、ソフィたちは再び晩餐に招待され城館を訪れていた。前回と違うのはソフィたちが、イブニングドレスではなく司祭服を着ていることだ。
穏やかな雰囲気のまま食事が終わり、ヒューズは確認するように尋ねた。
「明日発たれるというのは、本当ですか?」
「えぇ、元々数日の滞在予定でしたので」
「次はどちらに?」
「北の街道を通って、ギントの街へ向かう予定です。……迷わなければだけど」
チラッと視線を送るソフィと目が合ったマリア、目線を外して鳴ってない口笛を吹く真似をする。その横ではイサラが呆れた表情で首を横に振っていた。
「ギントですか……ソフィ様たちなら問題ないかもしれませんが、ヤトサー山には山賊が住み着いております。十分にご注意ください」
「山賊ですか?」
ソフィが首を傾げながら尋ね返すと、ヒューズの表情に影を落として答えた。
「はい、大山賊のギルース団です。お恥ずかしい話ですが、サコロの町の兵力では手も足も出ず……」
彼の話によると主に北の街道を通る隊商を襲っている山賊で、かなりの大規模の集団だということだった。このギルース団の存在が、サコロの町を含めた周辺の経済を悪化させていた元凶の一つであり、この辺り一帯を治めている侯爵が何度か討伐軍を送っているが、いずれも返り討ちにあったとのことだった。
「私としては迂回をお勧めします。この町を北に進むと一本だけ高い木がありまして、分かれ道になっています。そこを東に向かうとヤトサー山の麓、西に向かうとかなり遠回りになりますが安全な道になります」
マリアは熱心に頷いているが、どれだけ把握しているかはわからなかった。
「わかりました。ご忠告ありがとうございます」
ソフィは微笑んで答えると、ヒューズは心底安心したような顔をする。そこにトールスが耳打ちをした。
「御領主様、あのお話をしませんと……」
「おぉ、そうだな……忘れていた」
「どうかしましたか?」
ソフィが首を傾げながら尋ねると、ヒューズはニッコリと微笑んで話を切り出した。
「実はソフィ様にお願いがありまして……この町に教会を作りたいと思っているのです」
「教会ですか? それは良いお考えです。この町にもシルフィート教の方々はいるでしょうし……それでお願いとは?」
「はい、優秀な司祭様を派遣していただけないでしょうか?」
「司祭ですか?」
首を捻ったソフィは、そのままイサラを見つめて意見を求める。
「司祭の身である私が言うのも憚れますが、不徳な人物も居りますので……男爵は信頼できる人物を紹介して欲しいのではないかと」
「なるほど……」
その答えにソフィは少し悲しそうな顔をする。聖職者が清廉潔白な人物だけではないことは、帝都を追われたソフィがよく知っていることだが、それでも教会の最高責任者であるソフィにとっては辛いものだった。
ソフィは軽く首を横に振ると、ヒューズの目を見て改めて約束する。
「わかりました。次に支部がある街に立ち寄ったときに伝えておきます」
「おぉ、ありがとうございます」
ヒューズは、その言葉に大いに喜んだのだった。




