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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
西方巡礼編
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第17話「潜入」

挿絵(By みてみん)

 城館を抜け出したイサラは、すぐにソフィから聞いていた場所に向かうことにした。城館の警備は正門に兵士が立っている程度だったため、誰にも気付かれる事はなかったが、問題の場所は鉄格子に囲まれている上に林に覆われており、門の前にかがり火が焚かれ守衛として二人、そして奥にも松明の灯りが見えている。


 物影に隠れて状況を窺っていたイサラは、怪訝そうな顔で呟く。


「こんな夜中にも厳重な警備……何かを隠してますと言っているようなものね」


 イサラはその場から離れると、門から死角になっている鉄格子の壁を跳び越えて内部に侵入する。


「くっ……」


 着地の際、痛みが走ったのか顔を歪めて右脚を押さえた。しばらく蹲っていたが


持続治癒(リジェネ)


 持続治癒(リジェネ)を唱えると、少し痛みが治まり穏やかな顔になる。しばらくして目が慣れるのを待ってから立ち上がったイサラは、そのまま林の中を畑に向かって進みはじめた。


 僅かに残る月明かりを頼りに木々をすり抜け林を越えると、月明かりに照らされて美しく靡く麦の穂が揺れていた。畑の先には松明の灯りがいくつか見えている。イサラがしゃがんで麦の穂を調べると、それは普通の麦のようだった。


「これは普通の品種のようだけど……偽装かしら?」


 この麦畑は、守衛がいる門を抜けて来て一番最初に目に入る畑だ。男爵がソフィに見学を勧めたことからも、ある程度の偽装は予想されていた。イサラは辺りを確認しながら雨外套のフードを被りなおすと、そのまま闇に溶け込むように奥へと進んだ。


 麦畑を抜けると、開けた場所に出ることができた。そこには小さな木が並んでいる茶畑のようなものが広がっていた。


「茶畑? いえ……これは」


 イサラは近付いてその葉を調べ始めたが、その瞬間遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい、貴様! そこで何をしている?」

「どうしたんだ、何かいたのか?」

「あそこで何か動いたんだ!」


 反射的に身を隠したイサラだったが、どうやら見回りをしていた兵士に発見されてしまったようだった。舌打ちをしながら何枚か葉をもぎ取ると、転がるように麦畑に逃げ込んだ。


 先程までイサラがいた場所に二人の兵士が駆け寄り、辺りを探りはじめた。


「おい、誰もいないじゃないか」

「いや、確かに居たんだ。麦畑に逃げ込んだか?」

「おいおい、こんな中を捜そうっていうのか?」


 呆れた様子で首を横に振る男に、何かを見たと主張している男は凄い剣幕で答える。


「馬鹿野郎! ここのことがバレたらヤバイだろっ!」

「わかった、わかった。でも二人じゃ無理だろ、皆を呼ぼうぜ」

「あぁ、そうだな」


 兵士たちは松明をグルグルと回している。遠くにいた松明がその場に立ち止まると、一斉にこの場所に向かって移動を開始した。どうやら緊急事態を報せる合図のようだ。


 麦畑に身を隠して先ほどの話を聞いていたイサラは、手にした葉の感触を確かめながら呟く。


「やはり、この葉が隠していたもののようですね。しかし、こうも暗いと……」


 彼女は腰のポーチに葉をしまうと、その場から脱出するために移動を開始した。生い茂る麦を掻き分けながら進むと、周辺からは松明が近付いてきているのを感じる。


「このままじゃ取り囲まれるか……」


 思ったより対応の早い兵士たちの行動に、イサラは歯軋りをする。もちろん彼女であれば不意打ちで二、三人倒すぐらいは容易くやってのけるが、可能であれば見つからずやり過ごしたかったのだ。


「仕方ありませんね……手早く対応してくれることを祈りましょう」


 イサラはそうぶつやくと、手探りで地面を漁って手頃な小石を手にすると、近くにいた兵士に向かって投げた。


 カーン!


「うわっ!?」


 彼女が投げた小石は兵士が掲げていた松明に当たり、大きな音を立てながら彼の手から松明が滑り落ちる。落下した松明の火は、すぐに麦に燃え移りはじめた。


「や……やばいっ!?」

「おい、なにしてんだ、早く火を消せっ!」

「みんな手伝ってくれっ! 急いで消火するんだ」


 燃え広がろうとしている火に慌てた兵士たちは、一斉に消火するために集まってきた。イサラはその隙をついて、麦畑を脱出して林に逃げ込んだ。そして、ゆっくりと林を抜けると入ってきた時と同様に、柵を乗り越えて脱出するのだった。



◇◇◆◇◇



 畑から脱出したイサラは、そのまま城館に戻ってきた。


 そして再び窓から部屋に戻り、先程の葉を取り出すと灯火(ライト)の法術で灯りをつけた。灯火(ライト)の微かな灯りに反応したマリアが、寝ぼけた様子で身を起こすと


「……イサラ司祭~?」

「なんでもありません、眠っていなさい」

「ふぁ~い」


 パタンと倒れて再び眠り始めたマリアにクスッと笑うと、再び持ってきた葉を調べ始める。葉の形状やニオイなどを確認すると彼女は眉を顰める。


「こ……これは!?」



◇◇◆◇◇



 翌朝、イサラが調査結果をソフィに報告をしていると、執事のトールスが朝食の準備が出来たことを伝えに部屋にやってきた。ソフィたちはそれを受け、そのまま食堂に向かう。


 食堂に着くと、まだヒューズはいなかった。ソフィは首を傾げながらトールスに尋ねる。


「ヒューズ様は、ご一緒ではないのですか?」

「旦那様は少し出ておりまして、もう戻られる頃かと」


 トールスに引かれた椅子に座ると、ソフィは微笑んでお辞儀をした。三人が座って待っていると、すぐにヒューズが部屋に入ってきた。


「お待たせしました、ソフィ様」

「いえ、何かあったのですか?」

「えぇ、少し……昨夜、畑を焼く火事がありましてね、現場を見てきました。幸いすぐに消し止めて被害は出ていないのですが」

「それは不幸中の幸いでしたね」


 ヒューズはニッコリと微笑むとそのまま席に着き、トールスに食事を運ばせる合図を送った。給仕によって運び込まれた食事を見たマリアは


「今朝も美味しそう~」


 と、朝から豪華な食事に満面の笑みを浮かべて喜んでいた。朝食はそのまま穏やかな雰囲気のまま終わり、最後にソフィは折りたたんだハンカチをヒューズの前に置いた。彼は首を傾げながら、それを手にすると目を見開いて立ちあがる。


「な……なぜ、これを!?」


 ハンカチの中には、昨夜イサラが採ってきた葉が包まっていたのだ。明らかに狼狽した様子のヒューズは、青ざめた顔で椅子に腰を下ろすと改めて口を開いた。


「なるほど、昨夜の侵入者とは……貴女たちでしたか」

「男爵……貴方は民のことを第一に考える優しい方です。なぜ、この様な物に手を出されたのですか?」

「その口ぶりでは、この葉についてご存知のようだ……」


 ソフィは静かに頷いた。彼女も本で見たことがある程度だが、この葉はカナブスの葉といい一種の麻薬の原料であり、数年前までは戦場で兵士たちの痛み止めや恐怖を取り除くのに使われていた。しかし帝国内での栽培は厳しく制限されており、所謂ご禁制の品なのである。


 ヒューズが黙って肩を落としていると、執事のトールスが前に出て話し始めた。


「それは、私からお話ししましょう」


 以前この地を支配していた犯罪組織を追い出したことで領主となったヒューズだったが、農業改革を推し進めて食糧事情などは改善したものの、北の街道は山賊に押さえられ他にはか細い山道しかなかったため、大量の輸送が難しく他の街との販路の確保ができず財政は悪化の一途を辿った。


 彼はそれを打開すべく、山を開いて南にあるティミタの街への街道に繋げる計画を立てたが、新興領地であるサコロの懐事情ではどうしようもなく途方に暮れていた。


 そこに手を差し伸べたのがティミタの街の犯罪組織だったのだ。彼らは商人に扮して言葉巧みにヒューズに近付き、とある植物の栽培を持ちかけた。この地はその栽培に適しており麦などに比べて軽量であるため、少ない輸送量に対して利益が莫大な物になるという話だった。


 その植物こそがカナブスの葉だったのだ。その栽培が軌道に乗ったころ、ヒューズは初めてそれがカナブスの葉だと気が付いた。それを知ったヒューズは激怒したが、すでサコロの町はカナブスの葉の収益で回っており、住民の生活を考えた彼は街道開通までの間は、彼らとの取引を続けることにしたのだった。


 そこまで話したトールスは、涙を流しながら訴えてくる。


「しかし……これだけは信じて欲しいのです。御領主様は、この町のことを慮って奴らに協力する道を選ばれたのです。決して、私腹を肥やすためでは……」

「トールス……よいのだ、私がしたことは許されることではない。ソフィ様に咎められたのも運命だ、大人しく神の裁きを受け入れよう……」


 ヒューズは席を立つと、ソフィに向かって祈るように跪いた。

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