第16話「男爵との晩餐」
身支度を整えて部屋を出ると、すでにマリアとイサラが待っていた。
マリアは薄いピンク色のドレスを着ており、彼女の赤い髪と合わせてとても可愛らしい雰囲気、イサラは少し濃い目の紫のドレスに身を包み、彼女の黒髪と大人の雰囲気にとても合っている。
そしてソフィは金の髪を後に纏め、白のイブニングドレスが彼女の清楚さを引き立てていた。
「猊下、とてもお似合いですよ」
「うん、聖女さまっ、とっても綺麗です!」
二人に褒められて、ソフィは少し照れた様子で微笑んだ。
「ありがとう、二人もとても似合っているね」
側にいた執事のトールスがお辞儀をすると、にこやかに話しかけてきた。
「ふふふ、三人ともお美しいですぞ。さて旦那様がお帰りになっておられます。どうぞこちらへ」
ソフィたちは、彼の案内で食堂に向かうことになった。
◇◇◆◇◇
食堂に入ると金髪碧眼の青年が待っていた。歳は二十代中盤といったところで、どことなく優しげな雰囲気を漂わせている。彼は席から立つとソフィの前まで来てお辞儀をする。
「私が、この町の領主ヒューズ・ディ・ウェルです。突然の招待にもかかわらず受けていただき、ありがとうございます。大司教猊下には、是非一度お会いしたかったのです」
「いいえ、お招きいただきありがとうございます。ソフィーティア・エス・アルカディアです。彼女たちは、旅を共にしているイサラ司祭とシスターマリアです」
紹介された二人は丁寧にお辞儀をした。ヒューズは小さく頷くと彼女たちを席まで案内して、ソフィの席は彼が引いてくれた。
「ありがとうございます、ウェル男爵」
「宜しければヒューズとお呼びください、猊下」
ソフィを座らせながら微笑むヒューズに、ソフィは少し顔を赤くしながら
「わかりました。では私のこともソフィとお呼びください」
「ソフィ様……お美しい響きのお名前だ」
彼はそう言い残すと自分の席に戻っていく。そしてトールスに目配せをすると、給仕たちによって食事が運び込まれ始めた。それを見たマリアは感嘆の声を上げる。
「わぁ、凄い~」
「ははは、こんな山奥ですのでソフィ様たちの口に合うかわかりませんが、うちの料理長に腕を奮わせました。お楽しみいただければ幸いです」
「いいえ、とても美味しそうですね」
帝都の大貴族の晩餐に比べればささやかな物だったが、一つ一つが丁寧に仕上げられており、この様な街道から逸れた地方領主の晩餐にしては、十分豪華な食事だった。
しばらく歓談しながら食事を楽しんだ聖女巡礼団は、食事中の会話からヒューズがこの地の領主になったのは五年ほど前のことで、この辺りに居ついていた犯罪組織を撃退した功績として、周辺一帯を所有している侯爵から下賜されたという話を聞くことができた。
「昼間に町を散策しましたが、活気に満ちた良い町でした。ヒューズ様が赴任して来てからと聞いていますが、どのような政策をされたのでしょう?」
「主には農業改革です。それとここを根城にしていた連中が、町民から搾取しなくなったのが大きいですね。あとは農地を増やしたり、この地で育ちやすい作物を植えてみたり、それこそ私の力など微々たるものです。皆の努力があってからこそですよ」
ヒューズはニッコリと微笑みながら答えた。ソフィはそれをジッと見つめながら重ねて尋ねる。
「この辺りの特産はなんですか?」
「特産ですか? そうですね、やはり麦になるかと思います。町の外に広がる麦畑はご覧になられましたよね?」
「えぇ、見事なものですね」
ソフィは笑顔で頷いた。しかし同時に麦の売買だけで、ここまで発展できるか疑問に感じているのだ。同規模の麦畑を所有している町はいくらでもあり、どちらかと言うと貧しい生活をしていたからである。
「……そう言えば、町の外れにある畑では、何を作っているのですか? 先程門番さんに尋ねてみたのですが、教えていただけなかったので」
「えっ……あぁ、あそこですか。あそこは研究中の新種の麦を育ててましてね。立ち入りを制限しているのですよ。もしご興味があるのでしたら、明日にでもご案内しましょうか?」
ヒューズの言葉に、目を閉じたソフィは静かに首を振る。
「いいえ、少し気になっただけですので……」
晩餐が終るとヒューズは、彼女たちに城館に滞在するように勧めてきた。最初は断ったソフィだったが、あまりに熱心に勧められたため断りきれずに滞在することになった。
トールスに案内された三人は泊まる部屋の前まで来ていた。ソフィには天蓋付ベッドがある客間、イサラとマリアにはその隣の部屋が用意されており、それぞれの部屋に別れる前にソフィは右目を擦りながら挨拶をする。
「先生、マリアちゃん、おやすみなさい」
「はい……おやすみなさいませ、猊下」
「聖女さま、おやすみなさい~」
◇◇◆◇◇
その日の深夜、城館の住民が寝静まった頃、ソフィに用意された客室にイサラが尋ねてきていた。イサラもソフィもいつもの司祭服を着ている。
「猊下、お待たせしました。どうしたのですか、男爵が何か嘘を?」
シルフィート教の大司教は代々『真実の瞳』と呼ばれる能力があり、言葉の真贋を見極めることができるとされており、この瞳が大司教選定の重要な要素の一つになっている。
ソフィが就寝の挨拶をする時に右目を押さえていたのは、一種のハンドサインになっており右目を押さえる符号は「嘘あり」だった。それに気付いたイサラは、マリアが寝たあとで部屋を抜け出して、ソフィの部屋に来たのである。
ソフィは右手にガントレット:レリックを装着しながら頷く。
「他の事は嘘は付いてなかったけど、少なくとも町外れの畑に関しては嘘を付いていた。ちょっと気になるので調べてこようかと」
「お待ちください、調査なら私が行きます。猊下は、作物はあまり詳しくないでしょう?」
イサラの言葉に、ソフィが少し困った顔をすると心配そうに答える。
「でも、先生は脚が……」
「大丈夫です。猊下ほどではないですが、治癒術で軽減していますから」
イサラの脚の怪我はとある魔物と戦ったときに負ったもので、怪我した時に無理やり治して戦い続けたため、歪な状態で定着してしまったのだ。負傷してから時間が経過していることもあり、聖女であるソフィの治癒術でも治せなくなっているのである。
怪我の程度としては日常生活程度であれば問題なく、旅路でも継続的に治癒術で痛みを軽減することで、何とかこなしてきたのである。この怪我はソフィの戦い方にも影響しており、彼女が手技に主体にしているのはガントレット:レリックがあるからだけでなく、脚を負傷して蹴りがうまく使えないイサラから習ったためだった。
ソフィとしてはイサラには、ちゃんと休んで貰いたいと思っていたが、イサラは頑ななところがあり、こうなると絶対に譲らないことをよく知っていた。それに彼女の言ったとおり、ソフィの作物に関する知識など本に読んだ程度である。
「わかりました。では、先生にお願いします。何を隠しているのかだけわかればいいので、無理はしないでくださいね?」
「はい、では部屋に戻って準備をしてきますので、猊下はおやすみください」
その言葉に、ソフィは心配そうな顔で小さく頷いた。
◇◇◆◇◇
イサラが自分の部屋に戻ると、ベッドの上でマリアが幸せそうに眠っている。それを見たイサラは呆れた顔で呟く。
「まったく、この子は……」
自分の肩掛けカバンから、外套を取り出すとそれを羽織る。暗めの灰色の雨外套であり、暗闇に紛れるには丁度よかった。そして黒い革手袋をすると、何度か手を握って感触を確かめる。
そしておもむろに窓を開けると、縁に足を掛けて跳び降りた。
「浮遊術」
落下中に浮遊術を唱えてふわりと着地する。そして、出てきた窓を見上げて誰にも気付かれてないことを確認すると、そのまま問題の畑のほうに向かって走りだすのだった。




