第15話「招待状」
焼き菓子を食べ終わったソフィとマリアは、そのまま町の散策を続けることにした。町の規模のわりに露店や商店なども多く、焼き菓子屋の男性が言っていたように繁栄しているのがよくわかる。人々の笑顔も溢れており、明るい町というのがソフィの印象だった。
町の隅までくると大きな鉄格子で囲われているエリアがあり、門の前には兵士が二人立っていた。町の外の衛兵よりも重装備であり、町の雰囲気に合わない重々しい様子に、ソフィは首を傾げてから兵士に声を掛けることにした。
「すみません、この先は何があるのですか?」
「なんだ、お前たちは? この先は領主様が管轄しておられる土地だ、許可のない者は入れんぞ」
兵士たちは槍の石突で地面を叩いて威嚇してくる。ソフィが首を傾けてチラリと門の先を見つめると、遥か遠くに何かを栽培している畑のようなものが見える。
そんなソフィの行動を怪しんだ兵士が一歩前に出たため、マリアが背中の盾を取り外そうとした。ソフィは慌てて兵士に頭を下げると、マリアを連れてその場を離れた。
門から少し離れたソフィは、マリアの頭をポンポンと叩きながら窘める。
「マリアちゃん、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
「油断しちゃだめです、聖女さまっ! 世の中には悪いやつが、一杯いるんですからっ!」
心配性なマリアに苦笑いを浮かべていたが、先程追いだされた方を見つめると目を細めながら呟く。
「そうね、いい町だと思うけど……だからこそ油断しては駄目よね」
その場所に少し異質なものを感じながらも、ソフィたちはそのまま宿に戻ることにした。
◇◇◆◇◇
宿に戻ってくると前には黒塗りの上等な馬車が止まっていた。ソフィがその馬車の存在を不思議に思いながら二階まで上がってくると、部屋の中ではイサラが椅子に座って窓際から町の様子を窺っていた。部屋に入ってきたソフィたちに気が付くと、イサラは立ち上がってお辞儀をする。
「おかえりなさいませ、猊下。町の様子はどうでしたか?」
「ただいま帰りました。町は……」
ソフィは町の様子をイサラに伝えた。焼き菓子が甘くて美味しかったことや、人々が幸せそうに暮らしている様子、町の外れにある男爵の所有地だけ雰囲気が違ったことなどを話すと、イサラは小さく頷いてテーブルの上に置いてあった封筒をソフィに差し出した。
「これは?」
「その男爵から先程使いの者が来まして、これを置いていきました。どうやら晩餐への招待状のようです」
「晩餐っ! 美味しいご飯だ~!」
マリアは両手を上げて喜んでいるが、ソフィは微妙な顔をしながら封筒を受け取った。帝都にいた頃は、毎日のように様々な貴族から招待されたものだが、あの堅苦しい雰囲気があまり好きではないのだ。
「ひょっとして……下で待っている馬車って?」
「はい、男爵の馬車ですね。猊下は留守だと伝えたところ、下で待つと言ってましたし……どういたしましょう?」
「あまり気乗りはしないけど、少し気になることもあるし受けましょうか」
「わかりました。では、私が伝えてきます」
男爵の使者に招待を受けることを伝えるために、イサラは部屋から出て行った。それを見送ったあと、ソフィは自分の司祭服を見てしばらく考え込む。
「さすがに少しは身だしなみを整えないと失礼かな? お湯も貰ってこないと……」
「あっ、わたし貰ってきます~」
ソフィの呟きに反応したマリアが、お湯を貰いに部屋から出ようとした瞬間、戻ってきたイサラが鉢合わせた。
「シスターマリア、どこに行くのですか?」
「聖女さまのために、お湯を貰ってきます」
「あぁ、なるほど……大丈夫、そのあたりも用意してくれるそうですから」
イサラが男爵からの使者に招待を受けることと準備に時間を貰いたい旨を伝えたところ、使者からは全て用意するので身一つで構わないと告げられたという。完全に賓客としての扱いだが帝国内における大司教の地位は、皇帝に次ぐ権威を持っているため男爵の対応も当然と言えた。
「せっかくだから、お言葉に甘えましょうか」
「はーい」
こうしてソフィたちは、男爵の城館に向かうことになったのである。
◇◇◆◇◇
黒塗りの馬車は男爵が普段から使っている物のようで、商人たちが使う普通の馬車に比べて揺れも少なく、ゆったりとして座りやすい椅子が快適だった。馬車が大きな城門を抜けて、城館の玄関口に止まると笑顔の優しい老紳士が出迎えてくれた。
「ソフィーティア・エス・アルカディア大司教猊下、及びお供の方々ですね? 私はこの屋敷の執事を務めておりますトールスと申します」
「お招きいただき感謝致します。よろしくお願いしますね、トールスさん」
「御領主様は、ただいま領地の視察に出ております。出迎えに出れず申し訳ないと申しておりました。晩餐には戻りますのでご安心ください」
トールスは頭を深々と下げると、ソフィたちを屋敷の中に招いた。屋敷の中に入ると、そこにはメイドがズラッと並んでおり彼女たちは一斉にお辞儀をする。
「いらっしゃいませ、アルカディア様」
「み……皆さん、よろしくお願いします」
ソフィは若干圧倒されながらも挨拶を返した。トールスはメイドたちに向かって伝える。
「お前たち、猊下たちの準備を手伝って差し上げるのだ」
「はい」
トールスの指示に頷いたメイドたちは、ソフィに四人、イサラに二人、マリアに一人ずつ寄り添うように立つと、全員が微笑みながら
「では、こちらにどうぞ」
と、それぞれの担当を部屋に案内する。そのまま客室と思われる部屋に通されたソフィは、メイドたちに取り囲まれてしまう。
「入浴の準備が出来ております、アルカディア様」
「えっ、はい、ありがとうございます」
「失礼します」
ソフィが戸惑いつつお礼を言うと、それを了解と受け取ったのか、メイドたちがソフィの服に手を掛けて、あっという間に脱がしてしまった。
「ひ……一人で入れますからっ!」
「いいえ、それでは私たちが主人に叱られますので」
そのまま衝立に仕切られている一角に連れてかれると、すでにバスタブにお湯が張ってあった。ソフィは勧められるままバスタブに浸かる。適切に管理されたお湯の温かみが心地よく、ソフィは思わず気の緩んだ声を上げる。
「ふぅ……気持ちいいです」
ソフィが温まっていると、周りではメイドたちが身体を洗う準備を進めていた。お湯を薄く敷いた桶に石鹸と香油を混ぜて泡立てている。プカプカと浮かぶシャボン玉が、灯りに反射してとても綺麗だった。
「失礼します」
準備を終えたメイドたちは、一言断ってからソフィの綺麗な肌を磨き始める。まだ小さな頃にシスターたちに洗われたことはあっても、大人になってからは経験がないソフィは、洗われる感覚がくすぐったいのかモゾモゾと身じろいでしまう。
「や……やっぱり……自分で洗い……ます」
「お任せください」
結局メイドたちに隅々まで洗われてしまったソフィは、入浴を終えるとバスローブ姿で鏡台の前に座らされ、熱風が出る魔導具で髪を乾かして貰っている。
ソフィは諦めた様子で大人しくしていたが、ジッと鏡に映る魔導具を見つめて心の中で首を傾げていた。この手の魔導具は、帝都でもあまり普及していない物だ。少なくとも彼女が帝都を追われる前の段階では、噂話ぐらいで耳にした程度の代物だった。
「便利な魔導具ですね?」
ソフィがそう尋ねると、メイドたちは目を輝かせながら
「はい、領主様が帝都より取り寄せてくれたんです」
「領主様は、私たちの仕事が少しでも楽になるなら、安いものだと仰って帝都から色々と取り寄せてくれるのですっ!」
「あんなに私たちのことを考えてくださる方は、他にはいらっしゃりませんよ!」
と口々に男爵を褒め称える。メイドたちの言葉に嘘がないことを感じたソフィは、優しげに微笑んだ。
「優しい方のようですね」
「えぇ、本当に!」
その後、髪を整え白いドレスを着せられたソフィは、いよいよ男爵との晩餐に向かうことになったのだった。




