第14話「サコロの町」
暴漢を撃退した聖女巡礼団は、そのまま西に十日ほど進んだところにいた。いくつかの村を越えてある丘の上に立つと、その眼下には小さな町が広がっていた。真新しい城館が立っており規模からして人口は千人未満だろう。また町を取り囲むように麦畑が広がっており、さらに奥にも何か大きな畑があるようだった。
町を見つけたマリアは両手を上げて
「着いた~!」
と喜んでいたが、ソフィは目を細めて町の様子を見つめてからイサラに尋ねる。
「先生、ここは?」
「はい、目的のティミタの街ではありませんね」
「えぇ~!? どっちでもいいじゃないですか~、町ですよ、町! 今日はベッドで眠れます~」
目的地から外れた町に着いてしまった一行だったが、マリアは特に気にした様子はなかった。ここ数日は野営で過ごしていたので、ゆっくり休めてなかったからだ。
「とにかく、行きましょう~聖女さま!」
「あっ、マリアちゃん引っ張らないで~」
マリアはソフィの手を握ると、彼女を引っ張りながら丘を降りていくのだった。
◇◇◆◇◇
そのまま町に入ろうとした聖女巡礼団だったが、何故か衛兵に止められてしまった。そして槍を突き付けられながら、怒声に近い声で問い掛けられた。
「き……貴様たち、何者だっ! 怪しい格好をしやがって!」
反射的にマリアとイサラが、ソフィを庇うように彼女の前に出る。イサラは警戒しながらも問い返す。
「私たちは帝都より、派遣された聖女巡礼団です。一体何事ですか?」
「聖女巡礼団? 知らんなっ! 怪しい奴は町には入れられん」
聖女巡礼団を知らなくても、彼女たちが着ているのは聖職者の服である。国民の九割がシルフィート教の信徒であるこの国で、神官を怪しむというのは妙な話だった。イサラが意を決したように拳を固めた瞬間、衛兵の後ろから鎧姿をした中年男性が駆け寄ってきた。
「お前たち、何を騒いでおるかっ? ……っ!?」
中年男性はイサラを見ると驚いた表情を浮かべて、彼女たちを止めていた衛兵に対して怒鳴りつける。
「馬鹿者がっ! こちらの方は、シルフィート教の司祭様だぞ!」
どうやらこの中年男性が隊長のようで、イサラが身に着けている司祭の証を見て、すぐに深々と頭を下げた。
「部下が無礼を働いたようで、申し訳ありませんでした。こいつ、山奥の農村から出てきたばかりでして……」
「いえお気にならさずに、それで町には入っても?」
「もちろんです、どうぞお入りください」
隊長はそう言いながら町への道を開いた。町への門を通る時にソフィが隊長に尋ねる。
「すみません、この町って何と言う名前なのですか?」
「ん? あぁウィル男爵様の領地でサコロという町さ。二人とも若いようなのに、司祭様のお付とは大したものだな。はっははは」
彼はソフィとマリアを、司祭であるイサラのお供だと勘違いしている様子だった。彼は熱心な信者のようだが、一般の信者が会えるのは司祭までであり、司教以上とは会う機会は殆どない。
もちろんソフィは最上位である大司教の証を付けているが、それが何なのかわからなかったようだ。
穏やかな性格のソフィは、侍女のように扱われても特に気にしないが、イサラは即座に訂正した。
「控えなさい、その方を誰だと心得ているのですか? 大司教ソフィーティア・エス・アルカディア猊下であられますよ」
「……はぁっ!?」
隊長は素っ頓狂な声を上げたが、すぐに顔を青くするとその場に跪いて今までの無礼を謝罪した。
「も……申し訳ありません。大司教猊下」
「いいえ、いいのですよ。……貴方にシル様の加護があらんことを」
「おぉ……」
ソフィが右手の掌を向けながら、祝福を与えると隊長は感嘆の声を上げた。ソフィは彼を立たせるとニッコリと微笑み
「それでは……」
と言って、マリアたちと共に町の中に入って行く。
隊長はその背中をボーっと眺めていたが、何かに気が付いたようにビクッと震える。
「こ……こうしてはおれん、男爵様にご報告しなければ!」
こうして状況がいまいち掴めていない新人を置いて、彼は城館の方へ駆け出したのだった。
◇◇◆◇◇
サコロの町に入ったソフィたちは、大通りを進み真新しい城館を見上げた後、通りの一角にある宿に泊まることにした。どうやらこの町には教会がないようだった。
宿に着いたソフィたちは、二階にある四人部屋を一つ借りることにした。その部屋はベッドが左右に二つずつ並んでおり、ドアから入ると目の前には大きな窓がある。ソフィが窓を開けて空気を入れ替えると、とても気持ちのよい風が吹き込んできた。
「わ~い、今日はベッドだ~」
マリアは荷物を降ろすとベッドに飛び込む。正直粗末な寝台であったが野営で天幕の中で寝るよりは、だいぶマシと思っているようだ。ソフィが窓から戻ってくるとイサラが地図を広げていた。
「ウィル男爵領サコロ……やはり地図には載ってませんね」
「最近出来た町かな? 城館も含めて綺麗な建物も多いし」
ソフィの意見に頷くとイサラはペンを取り出して、今まで歩いてきた距離と方向で大まかに把握していた位置に町の名前を書き込んだ。当初予定していたティミタの街の位置から見ると、だいぶ北に逸れている。
「この位置だと、次は北のギントの街に向かったほうが近いかも」
「そうですね。この大きな山を越えなければなりませんが……」
彼女たちの現在の目的は、北の大聖堂に向かうことである。その大聖堂にはソフィの叔母がおり、まずはそこに向かおうという話になっているのである。
皇帝からは「各地をまわり、我が民を安堵せよ」と帝都から追い出されただけなので、元々この旅には明確な目的地はないし期限も存在していない。彼女たちは自由気ままに各地をまわって、困っている人々を助けているだけなのである。
「それじゃ二、三日滞在して、その間に旅支度を整えましょう」
「わかりました」
方針が決まったソフィは、ゴロゴロと寝転がっているマリアに声を掛ける。
「ちょっと出掛けるけど、マリアちゃんはどうする?」
「いきます~!」
ピョンっとベッドから飛び起きると、背嚢から自分用の肩掛け鞄と盾を取り出し、肩掛け紐に括りつける。続いてソフィは地図を片付けていたイサラにも尋ねた。
「先生はどうしますか?」
イサラは右脚を擦りながら首を横に振った。
「いえ、私は少し休むとします。シスターマリア、猊下をしっかりお守りするのですよ?」
「は~い、任せてくださいっ!」
鞄を肩に掛け、盾を背負ったマリアは飛び跳ねて返事をする。
「それじゃ行って来ます~」
こうしてソフィとマリアは、イサラを部屋に残して町に繰り出したのだった。
◇◇◆◇◇
町の中心にある大通りを歩いていると、良い匂いをさせている屋台の男性が声を掛けてきた。
「そこの可愛い女の子たち! 食べてかないかい?」
「聖女さま、寄って行きましょう!」
マリアに引っ張られてソフィは屋台の前まで来る。屋台では小麦粉と卵を混ぜたものを、沢山の球状に凹んだ鉄板で回転させながら焼き、一口状にすると円錐の入れ物に詰めて蜂蜜を掛けたものだった。
「凄く美味しそうですっ!」
「あはは、マリアちゃんは甘いの好きだからね。一緒に食べる?」
「は~い」
ソフィが首を傾げて尋ねると、マリアは満面の笑顔で頷いた。
「それじゃ、一つください」
「あいよ、ちょっと待っててくれ。お嬢ちゃんたち可愛いから作りたてをやろう」
注文を受けた屋台の男性は、ニッコリと笑うとその焼き菓子をつくり始めた。作っている間に、ソフィがこの町の様子を聞くと男性はご機嫌で話してくれる。
「この町のこと? そうだな……俺も一年ほど前に移り住んできたんだが、数年前まではパッとしない感じだったな。しかしウィル男爵が来てからは、急に賑やかになってな~まったく男爵様々だぜ」
「へぇ凄いですね」
男性の話では、ウィル男爵は領地に来てから農業改革に討ち出し、数年も経たないうちに軌道に乗せ、それに伴い様々な人や物がこの地に流れてくるようになったのだという。
「そんなに早く……?」
ソフィが首を傾げていると、男性は山盛りの焼き菓子を差し出しながら
「はいよ、お嬢ちゃんたち可愛いから大盛りのサービスだ」
「わぁ、ありがとうございます」
焼き菓子を受け取った二人は、近くのベンチに座りながらそれを食べ始めた。マリアはパクパクと食べながら満面の笑みを浮かべる。
「美味しいです~」
「ほら、マリアちゃん口の周りがベトベトだよ」
口の周りを蜂蜜でベトベトにしたマリアを、ハンカチを拭きながらソフィは優しげに微笑むのだった。




