エピローグ「その後……」
ノイスを捕らえた連合軍は、そのまま帝都に迫ることになった。しかし帝都に辿り着く前にルスラン皇帝とアルバートたちの講和会談が設けられ、彼らが始めた聖戦は完全に終結することになった。
アルバートたちはルスラン皇帝を廃さず皇帝の養子となり、皇太子となることが決まった。ルスラン皇帝は、アルバートに政を任せるとさっさと隠居してしまい。彼は皇太子として執政職も兼任することになった。
その間、もう一人の首謀者である宰相ルーデルは捕らえられ、爵位や領地などを没収の上、ノイスと共に国外追放になった。死罪にならなかったのは聖女の希望だったという。
そして数年が経ち放蕩が過ぎたルスラン皇帝が崩御して、アルバートが皇帝となったのが数ヶ月前のことである。
◇◇◆◇◇
淑やかそうな赤い髪のシスターが通路を歩いている。彼女は扉の前に立つとゆっくりとノックする。
扉が少し開き中の人物が赤毛の女性を確認すると、扉を開いて彼女を迎え入れる。
「誰にも見られていないだろうな、マリア?」
「もちろん大丈夫よ、フィー」
二人はすっかり落ち着いた様子のマリアと、髪が旅に出る前の長さに戻っているフィアナだった。マリアが中に入ってくると、中にいた人物が微笑みながら声を掛けてくる。
「フィアナちゃん、マリアちゃんが来たのね?」
「はい、聖王猊下」
「準備をしてきました。聖王猊下」
その人物は聖戦の後、聖王に就任したソフィーティア・エス・アルカディアだった。彼女は聖戦の後、ノイスが計画していた「聖王計画」を流用したカサンドラによって、聖王に祭り上げられてしまったのだ。
これにより大司教職をカサンドラが引き継ぎ、聖戦の原因になった聖堂長職は廃止されると思われたが、力や権力をもっと分散すべきだという意見を受け入れ、南北だった職を東西南北の四つに任命することになった。
まだ適当な人物がいないため南はソフィ、北はカサンドラが兼任し、西はタドリー司教、東は司教になったイサラが就任していた。あれから色々あったがイサラはキースと結婚しており、もうすぐ第一子が生まれるという。
「二人に聖王猊下と呼ばれると、なんだか妙な感じがするわね」
少し照れくさそうに呟くソフィに、二人で呆れた様子で嗜める。
「いい加減に慣れてください」
ソフィは微かに笑うと座っている椅子の肘置きから手を伸ばして、横で眠っているレオの鬣を撫でる。
「レオ君、マリアちゃんが来てくれたよ」
「がぅ?」
起き上がったレオは随分大きくなっており、精悍な顔つきになっていた。今では『聖王の獣』や『アルカディアの聖獣』と呼ばれ、彼女の側にずっと付き添っている。
「レオくん、おはよう~」
「フンッ!」
挨拶してきたマリアにレオは興味無さそうに鼻を鳴らすと、ソフィの手を鼻で突いて撫でるように要求する。ソフィが彼の頭を撫でてあげると、気持ちよさそうにゴロゴロ鳴いていた。
満足したレオが彼女から離れると、ソフィは部屋の中にある小さな祭壇に近付き、微笑みながらそこに祀られているものに触れる。
「それじゃ行ってくるね、レリ君。先生に会ったら、すぐに戻ってくるから」
その砕けた神器はあの戦いの時から、まったく反応してなかったがソフィは時々話し掛けていた。少し名残惜しそうな表情を浮かべているソフィに、マリアが声を掛けてくる。
「聖王猊下、そろそろ着替えないと間に合いませんよ」
「えぇ、そうね。それじゃ……行きましょうか」
ソフィは振り向くと、扉に向かって歩き始めた。フィアナとマリア、そしてレオが彼女の後を付いていく。
「久しぶりに先生に会えるのも楽しみだけど、クリリちゃんやクレスさんにも会えるかな?」
「えぇ、おそらく。今も東部で活動していると聞いています」
フォレスト領を強襲しようとしたハーラン侯爵は結局死罪となり、ハーラン侯爵は別の人物が就くことになった。その為モルガル族の姉妹は東部に戻り、二人組の冒険者として大成していると噂になっていた。
「楽しみだね。あっ、でもその前にあそこに寄らなくちゃね。あの子も連れていくって約束したから」
「えぇ、事前に連絡してありますよ」
そんな話をしながらソフィたちは別の部屋で着替えた後、アルカディア大聖堂の裏口から出掛けていく。その後、彼女の部屋を掃除するために訪れたシスターが「少し東部に出掛けて来ます」という書き置きを見て、叫び声を上げたのはまた別の話である。
◇◇◆◇◇
アルカディア大聖堂を抜け出したソフィたちは、大通りにある酒場に来ていた。ドアを開けると昼間なのにそこそこ人が入っていた。彼らの目当ては酒場の奥にいる美しい白髪の少女、この世の物とは思えない美しい女性で、その白く細い指でリュートを奏で美しい詩を歌っている。
彼女はいま帝都で人気の吟遊詩人で、その美しい声や容姿が相まって神の吟遊詩人と呼ばれていた。彼女が一曲歌い終わると聴衆から盛大な拍手が送られる。彼女はお辞儀をすると演奏は終わりであることを告げた。
「それでは、これにて閉演です」
「え~……そんなことを言わず、あと一曲頼むよ~」
聴衆のアンコールに女性は少し困ったような表情を浮かべると、ドアのところで立っているソフィたちを見つめる。ソフィは微笑みながら頷いた。
「では最後の一曲……これは私が一番大好きな曲です。美しく強い聖女が民を救ってくれた旅を綴った叙事詩『放浪聖女の鉄拳制裁』です」
女性はそう告げると椅子に腰掛けリュートを奏で始める。その美しい音に乗せて聖女を讃える歌が、人々の心の中にまで響いていくのだった。
Fin.




