第13話「護衛」
騒動が起きた冒険者ギルドから、こっそりと抜け出したソフィたちは必要な物を買い揃えて、教会の聖堂に戻ってきていた。聖堂に入ると、区長と立ち話をしていたイサラが出迎えてくれる。
「先生、区長さん、ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、猊下。問題はありませんでしたか?」
「あはは、ちょっと食事中に……」
ソフィは苦笑いを浮かべながら、冒険者ギルドで起きた顛末をイサラに伝える。その最中にミルクを人に向けてぶちまけたことが、父親にバレてしまったレナは拳骨を落とされていた。
「この馬鹿者がぁ! 食べ物を粗末にしたばかりか、人にミルクを掛けるなど……」
「いたぁっ! パパの悪口を言ったアイツが悪いのにっ!」
レナは頭を押さえながら、涙目で必死に抗議している。
最初は静かに聞いていたイサラだったが、徐々に顔に青筋が浮かんできている。そして、こっそり逃げようとしているマリアを呼び止める。
「シスターマリア!」
「ひゃ! ……はい?」
名前を呼ばれたマリアはビクッと震えると、ゆっくりとイサラの方を向いた。
「私は時には戦うことも必要だと、貴女たちに教えてきましたが……理由もなく人を殴ることはいけないことです。絡んでくる酔っ払いなど、適当にあしらえばいいのです。なぜ殴ったのですか?」
「だって、あいつ! 厭らしい顔して、聖女さまの手を握ったんですっ」
「それが理由ですか? いけませんね……」
イサラが言葉を詰まらせると、ソフィがうんうんと頷いて叱るように窘める。
「そうだよ、それぐらいで人を殴っちゃダメよ? マリアちゃん」
ソフィに怒られたマリアは少し落ち込んだ様子で俯いていたが、イサラは彼女の肩に手を置いて
「よくやりましたね、シスターマリア!」
と褒め始めた。それに対してソフィとマリアは驚いた顔をする。
「我々の役目は猊下をお守りすることです。猊下を不浄の手で触るとは許せませんっ! 次は確実に仕留めるのですよ?」
「は~い!」
「えぇ!? だめですよ、先生~」
力一杯主張するイサラと元気良く返事をするマリアに、ソフィは慌てた様子で二人を窘めるのだった。
◇◇◆◇◇
それから三日後、旅立つソフィたちを見送るために何人かが聖堂の前に集まっていた。集まったのは教会の区長とその娘のレナ、騎士団からは騎士レイナ、どこから聞きつけたのか商人のトンプが来ていた。
まずレイナが前に出ると、ソフィに向かって敬礼をする。
「アルカディア様、お元気で! 旅のご無事を祈っています」
「ありがとう、シャクリルさん」
「何かお困りのことがあれば、いつでもお呼びくださいっ」
「はい」
ソフィとレイナが握手を交わすと、商人のトンプが皮で包んである物とロープが巻かれている酒瓶を差し出してきた。
「また西に向かうんだって? これはワシのところで扱ってるチーズとハンナーワインだ。是非持っていってくれ」
「わぁ、ありがとうございます」
ソフィは笑いながらソレを受け取ると、そのままイサラに手渡した。荷物持ちはマリアの役目だが、酒類を彼女に持たせるわけにはいかないためである。
そして、最後に区長にお辞儀をする。
「お世話になりました、区長さん」
「いいえ、猊下。お立ち寄りいただけただけで光栄な上、街の危機まで救っていただきました。我が教区の教徒たちは、このご恩を忘れません」
その瞬間イサラの表情が少し険しくなったが、ソフィがちらりと一瞥するとすぐに笑顔に戻っていた。区長との挨拶が終わった瞬間、彼の隣にいたレナが駄々を捏ね始めた。
「やだやだやだ! ソフィさま、いっちゃやだっ!」
「こ……これ、レナっ!」
彼女はソフィにとても懐いており、昨日翌朝出発することを告げられた時も駄々を捏ねていた。それでも一度は納得したのだが、いざ別れるとなるとやっぱり我慢できなかったようだ。ソフィは困ったような表情を浮かべると、しゃがんでレナを優しく抱きしめた。
「レナちゃん、きっとまた来るから……ねっ?」
「……うん」
レナはがっしりとソフィの服を掴んで、小さく首を縦に振った。しばらく抱きしめていると、落ち着いたのかレナは自分から離れた。
「ソフィさま……近くに来たら、絶対会いに来てくださいね?」
「うん、約束するよ」
ソフィは再会の約束をすると、微笑みながらレナの頭を撫でるのだった。
◇◇◆◇◇
アリストの街を出発してから三日後、聖女巡礼団はさらに西に向かっていた。まさに田舎道といった感じの未舗装の道の左右には、のどかな田園風景が広がっていた。
「シスターマリア、だいぶ道が逸れたようですよ?」
「え~おかしいなぁ~?」
マリアは首を傾げながら地図を見ている。そんな姿にソフィはクスッと笑うと、小声でイサラに尋ねる。
「先生、道は大丈夫かな?」
「はい、目的地は少々ズレそうですが、この道でも問題ないでしょう」
先導役はマリアということになっているが、イサラはちゃんと道を把握しており、必要であれば修正可能な範囲でマリアを指導している。マリアが先導役をやっているのは、彼女の方向音痴を矯正するのが目的なのと、彼女が前衛の盾役だからである。彼女を前衛にイサラが後衛を務め、聖女であるソフィを護衛しながら進んでいるのだ。
「それより……」
イサラが後を振り向くと、長く伸びた稲穂から男たちが飛び出してきた。マリアの正面に三人、イサラたちの後ろに四人で全員皮鎧と鎖帷子、剣と盾、または短剣を装備している。
男たちは値踏みするように、ソフィたちを見るとニヤリと笑った。
「おいおい、シスターさんがこんなところで護衛も付けずに歩いているなんて、あぶねぇんじゃねぇーか?」
「ひゅー上玉だぜぇ」
「なんなら、俺らが護衛してやってもいいんだぜ? 御代は体で払ってもらうがなぁ」
如何にもな発言を口にした暴漢たちに、イサラは深々とため息をつく。
「まったくこの手の輩というのは、今も昔も変わりませんね。シスターマリア、正面は任せますよ?」
「りょ~かい!」
マリアは返事をすると、背負っている背嚢から盾を一つだけ外して装着する。
「猊下、ここは私たちが対応します」
「無用な殺生はやめてくださいね?」
「心得ております」
イサラは頷くと、一行の後ろに回りこんでいた男たちの前に進み出る。
「私がお相手してあげます」
「おぉ、歳が少しいってるが……ごふっ」
「……誰が年増ですか?」
その瞬間、踏み込みと同時にイサラの右拳が、相手の左脇腹に突き刺さっていた。メキメキという音と共に血を吐きながら倒れる男に、周りの暴漢たちは唖然とした表情で固まっていた。
その隙を逃すようなイサラではなく、次の男が左フックで顎を砕かれて崩れ落ちる。ようやく攻撃されていることに気が付いた男たちは臨戦体勢に入った。
その中の一人が盾を構えると、イサラはその盾の死角に回りこんで棒立ちの膝に向かって踵を蹴りだす。木材をへし折るような音と共に崩れ落ち、そのまま男のこめかみに右の拳を振り下ろした。
「な……なんだ、てめぇら!? うわぁぁぁぁ」
最後の男が叫びながら剣を振り上げて突撃してきたが、イサラは余裕の笑みを浮かべつつ軽くそれを躱すと、そのままカウンターで左拳を振り抜いた。
イサラは傷ついた自分の拳に治癒術を掛けながら、前の三人に対応していたマリアを見るが、彼女の周りには顎が砕かれたと思われる三人が呻きながら転がっている。
「ふ……二人とも、ちょっとやりすぎじゃないかな?」
ソフィは困惑したような表情で尋ねると、イサラは首を横に振って答えた。
「何を言っているのですか? 不遜にも猊下を狙った連中です。本来であれば万死に値するところを、猊下のご温情でこの程度で済ませたのです」
もちろん二人とも治癒拳撃なんて高等技術は使えず、直接打撃である。ソフィたちは暴漢たちが持っていたロープで彼らを縛ると、明らかに肋骨が肺に刺さっている男と、膝を砕かれた男だけ治癒術を掛ける。
この二人が選ばれたのは、片方は放っておくと死んでしまうのと、膝をへし折られたら男は後遺症が残ると大変だろうと思ったソフィの優しさである。
「これに懲りたら、もう悪さなんてしないでね?」
「離せ、このクソアマッ! ごふっ」
ソフィは治療を施してから悪さをした子供を叱るように窘めたが、男は暴れながら暴言を吐いた。その瞬間イサラの一閃によって、鼻血を噴き出しながら昏倒した。ソフィは呆れた様子で諌める。
「せ……先生、せっかく治したのに……」
「すみません、あまりに不遜な態度でしたので」
膝を治して貰った男は、怯えた様子で震えながら懇願してくる。
「た……助けてぇ!」
「これじゃ、どっちが暴漢なのかわからないなぁ……」
ソフィは、心底呆れた様子で呟いたのだった。




