第129話「我が主(マイマスター)」
閃光を切り裂いて現れたロビンが、再び剣を構えると突然叫び声を上げた。
「うぉぉぉぉ、お……俺の剣がっ!?」
彼の声に驚いたソフィが彼の剣を見ると、その刃は溶解したように溶け落ちていた。勇者であるロビンの剣は、彼が冒険の末に持ち帰った特殊な素材で作られた剣で、まさに勇者の剣と呼ばれるに相応しい剣だった。
「おいおい、勘弁してくれよ。直接斬ったわけでもないのに、この威力とか……どんな化け物だ!?」
先程の閃光斬りは剣圧で閃光系の攻撃を切り裂く技だったが、それでもロビンの剣は完全に溶解してしまったのだ。彼は嘆きながら手にした剣を捨てると、腰の剣を引き抜いて少女に向けて構えた。ソフィはその剣を見て目を見開く。
「そ……その剣はっ!?」
「あぁ、聖騎士のお嬢ちゃんから預かってきたぜ。だけど悪いが俺の剣でもあの様だ。この剣じゃ受けれないし、攻撃するにしても一振りが限界だろうぜ」
ロビンの手で輝くのはフィアナから預かってきた『魂喰らい』だった。イサラが立てた作戦の重要な鍵がついに揃ったのだ。
「一応作戦は聞いているが、本当にあの化け物を倒せるのか? 正直、俺は無理だと思うがな」
「はい……当たれば、必ずっ!」
きっぱりと答えるソフィにロビンは短く息を吐くと、今まで見たことないような真剣な表情で剣を構え直した。
「ここが勇気の見せどころか……わかったよ、アンタを信じるぜ」
「ありがとう……お願いしますっ!」
ソフィが感謝を述べると、ロビンはニヤリと口角を上げる。そして限界まで身体強化を発現させると少女に向かって走り出した。
「いくぜ、聖女さん!」
閃光の照準に入らないように、ロビンは左右に大きく動いて間合いを詰めていく。そして一気に間合いを詰めたロビンが剣を振り上げると、彼の顔に少女の掌が向いた。もう避けれないと覚悟したロビンの背中から、ソフィの叫び声が聞こえてくる。
「エリザちゃんっ!?」
その声に反応した少女が一瞬硬直する。そしてロビンにとっては、その一瞬で十分だった。少女が放った閃光を彼は身を捻って躱すと、回転しながら少女の体を逆袈裟で斬り上げた。
「俺の剣は女の子を傷つけないっ! 幻影剣!」
斬り上げた軌跡に沿って黒い竜が現れ少女の首元に咬み付く。振り抜いた『魂喰らい』には無数の亀裂が走り、その切っ先と繋がった黒い竜は少女の中から光の塊を引きずり出した。
少女はそのまま崩れ落ちたが、その体には毛程の傷も付いていなかった。少女が倒れると同時に『魂喰らい』は砕け散り、光の塊に喰らいついていた黒い竜も霧のように消え去った。
この光の塊は少女の中に宿っていた神性そのもので、少女を失って、その力を維持出来ず今にも暴走瞬前だった。それでも何とか人型を模そうとしていた。
「今だ、聖女さんっ!」
「女神に祝福されし扉!」
ソフィが女神に祝福されし扉を発動させると、彼女を中心に光の柱が打ち上がる。そして彼女の髪が美しい金髪から、神秘的な白髪に変わっていく。
「モード:神」
ソフィに宿った神性が彼女の拳に集まっていく。ガントレットの宝玉に聖印が輝き、ガントレット全体から軋むような音が鳴り響く。ソフィは地面を蹴って、今にも爆発しそうな光の人型に右の拳を放った。
空間を引き裂くような音が鳴り響き、衝撃がソフィの全身を襲う。聖女の一撃は光の人型には達しておらず、光盾によって阻まれていた。
「くぅぅぅぅぅ!」
このままでは突破出来ないと察したソフィは、祈るように拳に力を込めた。
「お願い、レリ君っ!」
「……その願い聞き遂げよう。我が主」
その声が幻聴だったのかはわからない。しかし、ソフィの耳にはしっかりと聞こえていた。
彼女の願いを叶えるために、ガントレットの宝玉がさらに輝き無数の亀裂が走っていく。そして、ついに限界を迎えた宝玉が砕け散ると同時に、光の人型を守っていた光盾も砕け散り、ソフィの拳が人型を捉えた。
その瞬間、神性同士の衝突が起こり、光の氾濫と共に丘の山頂部分が飲み込まれていく。ロビンは少女を抱き上げると全力で防壁を展開し、ソフィが張った防壁に守られていたレオはコロコロと丘の下に転がっていく。
しばらくして光の氾濫が治まった頃、防壁と共に土に埋もれたロビンが這い出てきた。
「ぷはっ! 聖女さん、無事かっ!?」
ロビンが辺りを見回すと、爆発の中心地にソフィが立っていた。その右手のガントレットにも無数の亀裂が走っており、ボロボロと崩れ始めていた。
「ロビンさん、それにエリザちゃんも無事で良かった……」
ロビンたちの無事を確認したソフィは、優しげな微笑みを浮かべるとその場に倒れ込んだ。
◇◇◆◇◇
その頃、戦場全域でも動きがあった。
丘の下ではクレスが竜人と化したシコウ将軍を打ち倒し、槍を掲げて勝利を宣言していた。
「クレス・モルガナが、敵将討ち取ったぞっ!」
丘の上で起きた爆発に浮き足立っていたところに、その声を聞いた敵本隊は総崩れになり潰走を始めた。
そんな中、丘の上から転がってきた白い塊を抱き上げたクリリが驚いた声をあげる。
「おー、レオだぞっ!」
また全軍を指揮していたアルバートは、傭兵部隊を撃破してソフィの救援に向かっている時に、丘の上では光の氾濫が溢れていた。
「どうやら成功したようだな、我が友よ」
勝利を確信したアルバートの呟きだったが、それに呼応するように両翼に展開していた貴族を中心にした帝国兵は、戦わずに逃げ始めていた。
これにより第二次ウルド会戦は、連合軍の勝利によって幕を閉じようとしていた。
◇◇◆◇◇
戦場から少し離れた街道 ──
戦場から離れようと猛スピードで南下している馬車が一台いた。その中に乗っているのは、ノイス・べス・ダーナ聖堂長だった。
「くそっ! くそっ! あの出来そこないの生物兵器がぁ、よくもワシの顔に傷を付けてくれたなぁ!」
彼は左手で頬を押さえながら、怒りを抑えるように馬車の床を蹴っていた。頬の傷自体は自身の治癒術で治療済みだったが、予想以上に深く切れており傷跡までは完全に消し去ることはできなかった。
「こうなれば一度身を隠して、再び計画を練り直すしかあるまい。覚えておれよ、アルカディアの者どもよっ!」
彼が復讐を誓って叫ぶと同時に周辺に馬蹄の音が鳴り響き、馬車が横転したのかノイスは馬車の壁に投げ出された。
「くっ……いったい、何事だっ!?」
悪態をつきながら何とか横転した馬車から這い出ると、ノイスはその光景に目を見開いた。
「お久しぶりね、ノイス」
「き……貴様は、カサンドラっ!?」
馬車の周辺には、カサンドラと共に精鋭の聖騎士たちが取り囲んでいた。カサンドラはマントを翻しながら馬から降りると、ゆっくりノイスに近付いていく。
「往生際の悪い貴方のことだから、きっと逃げ出していると思ったわ」
「くっ……貴様、ワシを殺すつもりかっ!?」
怯えた様子で後退るノイスを見て、カサンドラは呆れた様子で肩を竦める。
「そうね。その方が早いのだけど……安心しなさい。慈愛の女神シル様に仕える神官としてそんなことはしないわ」
「ふん、戦争をふっかけてきておいてどの口が言うかっ!」
引き攣った顔で怒鳴りつけるノイスに、カサンドラは鼻で笑うとマントから左手を出す。その手には白い手甲が装着されていた。
「そうね……貴方とは話すようなことは何もないわよね」
「ぐぬ……寄るなっ! 貴様らなんぞにやられてたまるかっ! 竜の根源……ぼへっ!」
咄嗟に竜魔法の詠唱を開始したノイスだったが、目の前の相手がそれを許すはずもなく、即座に踏み込んだカサンドラの左ストレートがノイスの顔面を正確に捉える。
骨が砕ける鈍い音と共に鮮血を撒き散らしながら吹き飛んだノイスは、馬車の壁に激突してそのまま動かなくなった。カサンドラは、そんなノイスを見下ろしながら聖騎士たちに捕縛を命じる。
「捕らえなさい」
「はっ!」
聖騎士たちによって縛られていくノイスに向かってカサンドラは呟く。
「安心しなさい……貴方の計画は私が受け継いであげるわ」
こうして内戦の元凶となった一人を捕らえ、ルスラン帝国を揺るがしたアルカディア大聖戦は、収束に向けて進み始めるのだった。




