第128話「神の化身と人造神」
シャロンやノイスがいる本陣を覆っていた防壁に雷獣化したレオが突っ込み、その一点から粉々に砕け散った。その衝撃で目を回したレオはその場で倒れている。その横をソフィが通り過ぎながら声を掛ける。
「ありがとう、レオ君……そのまま休んでいてね」
「わふぅ~」
ソフィは、目の前に立っている少女を見つめると確信したように頷く。
「やっぱり……貴女、エリザちゃんね?」
「…………」
その姿はだいぶ変わってしまっていたが、少女の顔立ちにエリザの面影を感じたソフィが尋ねるが、少女はジッと見つめてくるだけで何も答えない。
その少女の後ろにいたノイスが前に歩み出てきた。
「これはこれは……大司教猊下ではありませんか。このようなところで何を? あぁ信者を見捨てて彷徨いているのでしたかな?」
満面の笑顔を浮かべながら煽るように語るノイスに、ソフィは目を細めながら答える。
「ダーナ聖堂長、お久しぶりですね。色々と聞きたいことはあるのですが……私は大司教として、貴方のしたことを罰しなければなりません」
「はははは、これは異なことを……慈愛の女神の化身とまで言われた方の言葉とは思えませんなぁ? 私がどんな罪を犯したと?」
大げさに首を横に振って答えるノイスに、ソフィはビシッと少女を指差して告げる。
「言い逃れは無用です。カタルフ司教に貴方たち聖堂派の企みは聞きました。その子の存在が貴方たちの罪よ」
「なっ……カタルフめ、しくじりおったのかっ!? それにしても……罪ですと? この方が罪だと言うのかっ!?」
突然顔が歪み激高するノイスにソフィは眉を顰める。ノイスは仰々しく両手を広げて天を仰ぐ。
「貴様も! 先代猊下も! カサンドラも! アルカディア家の者はまったく度し難い! 貴様らの傲慢さは、あの神と同じだっ! まるで自分たちこそが全て正しいという顔をする」
興奮にして叫ぶノイスの言葉を、ソフィは反論せずに聞いていたがグッと拳に力を込めた。そんな様子のソフィに歯軋りをするノイスは、少女の方を向くと祈るように願う。
「さぁシャロン様、今こそ貴女の力を示す時ですぞ。あの者に天罰をお与えください」
「…………」
少女は相変わらず無表情のまま一歩前に出る。それに対してソフィは決意したように頷くと腕をクロスした。
「エリザちゃん……必ず助けてあげるからね。『聖女執行』」
最初に動いたのはソフィだった。超過強化で全力開放すると地面を蹴って間合いを詰める。まず狙ったのは少女の後ろにいたノイスだった。
真っ直ぐに放たれた彼女の右拳がノイスを捉えると思った瞬間、彼女の首筋に音もなく光の刃が飛んできていた。ゾクリと悪寒を感じたソフィは、反射的にバックステップでそれを躱す。
「……ぐっ!」
着地したソフィの喉は、横一文字に切り裂かれ鮮血を拭き出した。ソフィはすぐに左手で押さえて治癒術を掛けていく。そのまま少女を見ると右手から光の刃が出ており、じっとソフィを見つめていた。
「やっぱり、そんなに都合良くいかないか……」
ソフィが忌々しげに呟くと、少女は地面に向かって右手の光の刃を払うように振った。少女を中心に地面から巻き上がる光の壁が、地面を抉りながら扇状に広がっていく。
その攻撃を跳んで躱そうとしたソフィだったが、動き出そうと一歩踏み出した時に目を回して倒れているレオを目の端に捉えた。彼女は慌てて彼の所まで跳び下がると、右手を天に向かって突きあげて叫ぶ。
「モード:城!」
ガントレットの宝玉が光輝き聖印が浮かび上がり、そして天高く打ち上がった鎖が螺旋を描くように広がり、そのまま地面に突き刺さった。ソフィたちの周りを囲むように展開した鎖に沿って、光の壁が次々と形成されて半透明の塔を作り出していく。
迫ってきた衝撃波が城に接触すると、ガリガリと削るような音が響き渡り通り過ぎていく。その威力にソフィは顔を顰めながら呟く。
「これは……城でも、何発も耐えれないかな」
ソフィは内心焦っていた。イサラが立てた作戦では、少なくともソフィとフィアナはこの場所にいる予定だった。しかし現状はソフィとレオしかたどり着いておらず、実行ができなくなっていたのだ。
「まずは動きを止めて時間を稼ぐしかないかっ」
ソフィはそう呟くと城を解除して、レオの周りに防壁を張ってから少女に向かって走り出した。少女は右の掌がソフィの動きに合わせて、スーッと追いかけてくると閃光を放ってきた。
「くっ!」
ソフィは更に加速してそれを躱すと直角に曲がり、少女に向かって一直線に走る。一気に間合いを詰めたソフィは、右拳を少女に向かって繰り出した。
「ごめんねっ!」
謝りながら放ったソフィの拳は少女には届かず、小さな光盾によって防がれてしまっていた。ソフィは驚きながら後ろに飛んで距離を取る。それを追いかけるように放たれた閃光に向かって、彼女は右手を前に出して叫ぶ。
「モード:盾!」
ガントレットの宝玉が輝き、鎖が螺旋状に展開すると盾を形成して閃光を防いだ。右腕を持ってかれそうな威力に、ソフィは歯を食いしばって耐える。
「くぅぅぅ……」
閃光を耐えきったソフィは肩で息をしながら再び構える。少女に圧倒されているソフィを見て、ノイスは豪快に笑い出した。
「ふははははは、さすがシャロン様! アルカディアの小娘など相手になりませんなぁ」
そんな野次に対してソフィも少女もまったく反応せず、お互いだけを見ていた。
「拳でも、あの防御を抜くほどの威力は出せないか……ならっ! モード:癒」
ソフィはモードチェンジをしながら再び駆け出した。モード:癒で治癒力を高めたソフィは、強化された永続回復と共に身体強化を無尽蔵に高めていく。
まさに神速といった脚力で少女の周りを走り回るソフィに対して、少女は見えているのか見えてないのか明後日の方向に向けて掌を向けると、あちらこちらに閃光を放ち始めた。
少女が閃光を放った隙にソフィは少女のすぐ横に現れると、モードを解除しながら彼女のボディに右拳を叩き込んだ。激しく吹き飛んだ少女にノイスが叫び声を上げる。
「なっ……なんだとぉ!?」
そんな声も無視して、ソフィは少女に向けて構えていた。今の一撃でも倒せていない確信があったのだ。
「…………」
吹き飛んだ先で少女がムクリと立ち上がると、ノイスは歓喜の声を上げソフィは右拳に力を込める。
「……やっぱり、あの力を使うしかないか」
ソフィの呟きに合わせるように、少女は光輝くとふわりを浮き始めた。ソフィが驚いて見上げる。そして、さらに輝きを増した少女の周りには、半月状の光の刃が現れた。
「っ!?」
悪寒を感じたソフィは、即座にモード:癒を発動させると回避のために加速する。少女が両手を広げると、半月状の光の刃は全方位に向けて放たれた。
「うわぁ!」
「ぎゃぁ!?」
その攻撃は近くにいた聖堂派の神官たちにも容赦なく降り注ぐ、ノイスは守護者の光盾を展開して防いでいたが、すぐに限界を向かえ飛んできた光の刃が彼の頬を引き裂く。
「ひぃぃぃ」
鮮血が溢れる頬を押さえながらノイスが泣き叫ぶ。ソフィは攻撃を躱しながらレオの元にたどり着くと、盾の守護者の大盾を発動させる。その盾で何発か光の刃を防ぎ切ると、ようやく少女の攻撃が止まった。
このままでは自分の身に危険が及ぶと感じたのか、ノイスは叫びながら逃げ出してしまう。しかし彼を追いかける余裕がソフィには無かった。目の前に浮いている少女から発せられるプレッシャーが、それを許さなかったのだ。
しばらくジッとソフィを見つめていた少女だったが、ゆっくりと手を上げると掌を麓に向ける。その掌が向いていたのは、アルバートたちが戦っている乱戦状態の主戦場だった。それに気が付いたソフィは目を見開いて叫ぶ。
「やめてっ! エリザちゃん!」
「……っ!?」
ソフィの声に反応したのか一緒硬直した少女だったが、発射は止まらず極大閃光が無情にも放たれる。間に合わないとソフィが思った瞬間、何かの影が閃光に向かって飛びかかった。
「うぉぉぉらぁぁぁ、閃光斬り!」
その声と共に閃光は切り裂かれ、閃光は無人の平原を引き裂いた。その影はソフィの前に着地をすると振り返る。その姿を見てソフィは驚いた顔をして呟く。
「ロ……ロビンさん?」
「大丈夫だったかい、可憐なお嬢さん? 勇者ロビン・スフィールド、ただいま参上だぜっ!」
ロビンはニカッと笑うと、ソフィに向かって親指を立てるのだった。




