第127話「引き継がれる想い」
突如頭上に降り注いだ光の束に対して、シャロンは視線を送るだけで巨大なドーム状の防壁を発生させた。防壁ごと押し付けられる感覚を感じながらも、無表情に空を見上げている。その足元には突然の攻撃に驚いたノイスや、聖堂派の神官たちが座り込んで祈りを捧げていた。
「おぉぉぉ、さすが我らが神だ」
「…………」
ノイスたちが贈る賛辞の言葉にもシャロンは何も反応しない。しばらくして降り注いでいた光の束が、徐々に弱まっていくとシャロンは視線を降ろす。
そこで微かに眉が動いた。それは彼女がこんな状態になってから始めての反応だった。彼女の瞳には、眩いばかりの光が迫って来ているのが映っていた。
◇◇◆◇◇
その少し前、シャロンとノイスがいる本陣がある丘の下では、ソフィたちを含む選抜中隊が敵の本隊に囲まれてしまっていた。
「囲まれてしまったね……」
「私たちが血路を開きます。ソフィ様だけでも進んでください。司祭の四守護者の聖光もそろそろ効果が……」
フィアナが丘の上を見上げると、四守護者の聖光の光がかなり弱まっていた。今は四守護者の聖光で押さえているが、あの光が消えたとき再び閃光による攻撃が始まるだろう。
「わかった。先に行かせて貰うね」
「がぅ!」
ソフィがフィアナの馬から降りると、その足元でレオが吠える。ソフィはそんなレオに微笑みながら尋ねる。
「レオ君も来てくれるの?」
「がぅがぅ!」
レオが返事をするように吠えると、ソフィは力強く頷き超過強化を発動させる。それに合わせてレオの体が雷を纏い雷獣化させた。
「ぐがぁぁぁぁぁ!」
雷獣化したレオは吠えながら丘を無人の如く駆け上がる。レオに触れた敵兵は吹き飛ばされて消し炭になっていく。その姿にソフィは少し哀しそうな顔をしたが、真っ直ぐに丘の上に向き直すとレオが開いた道を駆け抜ける。
「フィアナも行けっ! その剣が必要なんだろう?」
そう声を掛けてきたのは、この部隊を指揮していたアイクだった。フィアナは自分の腰に下げている『魂喰らい』を見て頷く。
「わかりました……お願いします!」
「おっと、猊下は止めれないがお前らは通さんぞ」
決心したフィアナをあざ笑うように現れたのは、どちらかと言えば痩せ型の中年男性だった。ただし身に付けているものが、かなり上等な鎧なところを見るとかなり上位の将なのがわかる。
「何者だ!?」
「我が名はシコウ! シコウ・フォン……ぐあっ!?」
名乗り上げようとしたのは敵軍の総大将シコウ将軍だったが、突然飛んできた矢に左目を射抜かれて落馬してしまう。その矢を放ったのはクリリだった。驚いて彼女を見るアイクとフィアナに、彼女はキョトンとした顔をしながら
「将の癖にベラベラと喋って隙だらけなのだ」
と答えるのだった。フィアナは少し笑うと肩を竦めた。その瞬間クリリは目を見開いて叫んだ。
「フィアナ、危ないのだっ!」
「貴様らぁぁぁぁ!」
いつの間にか立ち上がっていたシコウが剣を振り上げて、フィアナに襲いかかっていた。明らかに致命傷を負って倒れたシコウからの反撃に、フィアナは完全に対応が遅れた。
金属音と共に火花が散る。シコウが振り下ろした剣は、アイクの剣によって弾かれていた。その予想外の膂力に、アイクも吹き飛ばされ落馬してしまう。
「なんだ、こいつはっ!? 致命傷だったはずだぞ?」
「くくく……この程度の傷、痛くもありませんよ。なにせ私には神の加護と、この剣がありますからね」
目に刺さった矢を引き抜くとシコウ将軍はニヤリと笑う。心なしか先程より身体が大きくなっており、着ていた鎧がミチミチと音を立てて軋んでいる。そして剣を手にした右手と先程矢で射抜かれた左目の周辺が、爬虫類のように緑色の鱗に覆われていた。
そのシコウの姿にアイクは顔を顰めて呟く。
「これは竜化か……竜魔法を宿した剣があると聞いた気がするが……それなら完全に変化する前にっ!?」
アイクは剣を握ると振り上げながら、シコウに駆け寄り一気に振り下ろした。その一撃は見事にシコウの鎧を切り裂いて、深々と彼の身体にめり込む。
「くははははは、効かぬわっ!」
シコウは自身にめり込んでいる剣を掴むと、アイクに向かって剣を振り下ろした。アイクは自ら剣を手放して後に退いてそれを躱す。
「この化け物めっ!」
アイクとシコウが離れるとその間を埋めるように、クリリの連射とフィアナの聖光槍がシコウ将軍の肩と脚に突き刺さる。
しかしシコウは一切怯まず、徐々に巨大化していく強靭な身体を誇示するように、両手を広げて恍惚とした表情を浮かべる。
「素晴らしい……素晴らしいぞ、まさに神の力……私は神に選ばれたのだぁ」
そう叫んだかと思えば、彼は突如クリリに向かって駆け出した。
「まずは左目の礼をしなくてはなぁ!」
「あぶないっ!?」
クリリに向かって剣を振り上げているシコウ将軍の前に、フィアナが飛び出るとマリアから預かった盾を掲げながら叫ぶ。
「盾の守護者の大盾!」
盾に付けられた宝玉が割れると、翼が生えた巨大な盾が現れる。これはカサンドラが御褒美と称してマリアの盾の宝玉に込めた法術で、法力が完全に尽きた時に使うように言われていたものだった。
「うぁぁぁぁぁぐぅぁ!」
シコウの剣がフィアナの盾に当たると、爆発したような音が響き渡る。馬は吹き飛び、フィアナは盾ごと叩き潰されてしまう。押しつぶされながらも踏ん張るフィアナだったが、右足と左肩そして肋骨が悲鳴を上げる。
「フィアナっ!?」
クリリも衝撃で吹き飛んでおりファザーンから落馬していたが、すぐに体勢を整えるとシコウ将軍に向かって矢を放つ。その矢はシコウの右目に当たり大きく仰け反らせた。その隙を突いてアイクはフィアナが落とした剣を拾いあげて、シコウの首筋に力任せに剣を叩きつける。
シコウ将軍の首がへし折れたような感触はあったが、彼は振り向きざまに左の裏拳を放ってきた。
「うがぁっ!?」
吹き飛ばされたアイクはすぐに立ち上がったが、鎧は拳大に拉げており左脇腹から胸に掛けて激痛が走っていた。
「これは……まずいな」
激痛でくらつきながらも周りを見回したアイクは、味方も徐々に劣勢になっているのを感じていた。このままでは全滅必至である。
シコウ将軍の身体は半分以上が鱗に覆われており、その貫かれた瞳は爬虫類のそれになっていた。そして未だに矢を放ってくるクリリに向かって歩き始める。
「に……逃げなさい、クリリッ!」
痛む身体を押して叫ぶフィアナに、クリリは腰の短剣を引き抜いて叫ぶ。
「モルドの民は仲間を見捨てたりしないのだ!」
「それでは、死ねぇぇ!」
クリリの前までたどり着いた、シコウ将軍は剣を振り上げた。
「よく言ったぞっ!」
その声が聞こえた瞬間、何かが上空からシコウ将軍に向かって落ちてきた。舞い上がった粉塵が晴れると、そこには巨人兵を倒してから駆けつけたクレスが、シコウ将軍を押しつぶす形で槍を突き立てていた。
「ぐぅ……邪魔だぁっ!」
「なっ!?」
シコウ将軍はさらに巨大化し、起き上がりながら力任せにクレスを吹き飛ばした。クルリと空中を翻って着地したクレスは呆れた様子で呟く。
「おいおい、この化け物はなんだい?」
「燃えよ、燃えよ。炎の子、矢となりて我が敵を穿て! 炎の矢!」
突如クレスの後ろから放たれた炎の矢がシコウ将軍の顔を焼く。クレスが驚いて振り返ると、そこには西の勇者パーティがいた。
「おいおい、苦戦してるのか? 東の」
「アンタの出番はじゃないぞ、西の」
ロビンがからかうように言うと、クレスはニヤリと笑うと槍を構えた。その間にコレットがフィアナたちに治癒術を掛けている。
「ぐ……ありがとうございます。すみません、早く私を動けるようにしてください」
「こんな酷い怪我……私の力じゃ、すぐには動けませんよ?」
勇者パーティであるコレットは、神官としては上位神官程度の実力を持っている。それでも複雑に砕け散った骨を、すぐに回復することは難しかった。
「それでは! この腰の剣をロビンさんに……お願いします」
「この剣をですか? リーンさん、こっちに」
「なんだ?」
「この子が、この剣をロビンさんにって」
リーンはフィアナの剣を見ると、全てを理解したように頷いた。
「わかった。安心しろ、必ず向かわせる」
「お願いします……」
フィアナは安心したように微笑むとその場で気を失った。リーンは彼女の腰から『魂喰らい』を抜き取るとロビンに向かって叫ぶ。
「おい、ロビン! これを持っていけ」
「あぁ? そいつぁ……」
ロビンは倒れているフィアナを見つめると力強く頷いて、その剣をリーンから受け取った。
「わかった。お前ら、ここは頼むぜ?」
「任せろ」
「大丈夫です、お気をつけて」
リーンとコレットが頷くと、ロビンはクレスに向かってやや馬鹿にしたように叫ぶ。
「おい、東の! 俺はちょっと野暮用が出来ちまった。一人で大丈夫か?」
「当たり前だ、仲間も連れてったっていいんだよ?」
その答えにロビンは肩を竦めると、ローナに向かって頼む。
「おい、ローナ! 丘の上までの道を開けてくれ!」
「お願いしますでしょ!? しっかりやってきなさいよっ! 燃えよ燃えよ……火の雫、降れよ降れよ……赤き雨、すべてを焼き払う炎よ降り注げ!『炎の雨』」
ローナが空に向けて杖を構えながら唱えると、巨大な火球が上空に打ち上がり爆発して降り注ぐ。その攻撃に周辺を囲んでいた帝国兵は、慌てふためいて逃げ惑っている。
その隙にロビンはこの場を味方に任せて、ソフィたちの後を追いかけるのだった。




