第126話「閃光を防ぐ盾」
冒険者の間でよく酒の肴にされる話で「東西の勇者はどちらが強いのか?」というものがある。そもそも『勇者』とは、東部と西部を管轄する冒険者ギルドが認定する称号であり、当代で最も活躍した者に授けられる称号である。
大体五年から十年、長くても二十年周期で入れ替わる称号で、これは冒険者としてのピークがそのぐらいで終るためだった。当代の勇者であるロビンやクレスは数年前に認定された比較的若い勇者だった。
ある冒険者は「最も功績を挙げているロビン・スフィールドが最強である」と言う。しかし、ある冒険者は「奴の功績はパーティによるものだ! やはり最強はクレス・モルガナである」と言った。
この手の論争は度々行われるのだが、二人が直接戦ったことはないので優劣は今もついていないのだ。
そして、西の勇者ロビンが巨人兵の首を跳ね飛ばしている頃、東の勇者クレスも巨人兵の眉間に槍を突き立てていた。巨人兵の身体を駆け上がり上空に飛び、落下しながらのクレスの一撃は巨人兵の頭蓋骨を粉砕し、その大きな頭を支えていた太い首も粉々にへし折っていた。
声にならない悲鳴を上げながらゆっくりと沈む巨人兵の上に立ち、クレスもまた槍を掲げて勝利を宣言するのだった。
◇◇◆◇◇
二人の勇者の活躍で巨人兵を倒されたことに一番驚いていたのは、帝国軍の本陣で戦の推移を見守っていたノイスとシコウ将軍だった。
「なっ!? 馬鹿なっ!」
虎の子だった巨人兵をあっさりと倒されてしまい、シコウ将軍は慌ててノイスに詰め寄る。
「聖堂長殿、どうなさるおつもりですか!?」
ノイスはすがり付いてくるシコウ将軍を、煩わしいと払い除けると怒鳴りつけた。
「えぇい、うるさいわい! 貴公にはその剣を授けただろうが、それを持って向かってくる部隊を蹴散らしてこられよっ!」
怒鳴られて落ち着きと取り戻したのか、シコウ将軍は腰に下げている剣を掴む。
「あぁ、そうだった……この神剣があればっ!」
「そうだ、その『神剣ドラグセイン』があれば貴公は無敵だ。ワシはシャロン様にお願いしてくる。安心しろ、我々の勝利に揺らぎないわ」
ノイスはシコウ将軍を残して、シャロンがいる天幕に向かってしまった。残されたシコウ将軍は『神剣ドラグセイン』と呼ばれた剣をうっとりと見惚れると、気味の悪い笑みを浮かべながらブツブツと何かを呟いている。そして天幕を出ると、巨人兵を失って動揺している部下たちに命じる。
「お前たち、落ちつけっ! 巨人兵などなくとも我々には『神の光』が居られる! まずは脇を抜けて向かってくる部隊を迎え撃つぞ!」
「は……はいっ!」
普段は頼りないシコウ将軍が、この時ばかりは頼もしく見えた。しかし神剣のお陰で自信を付けても愚将であることに変わりはなく、彼は本陣に僅かな兵しか残さず迎撃に向かってしまったのである。
◇◇◆◇◇
選抜中隊の先頭で馬を駆けさせるアイクは、敵本陣の動きが自分たちを狙ったものであることはすぐに気が付いた。そして隣を走る騎士に問い掛ける。
「ほぼ全軍で動いているようだ、何を考えているんだ?」
「わかりません。閃光に巻き込まれないための行動かもしれません」
アレクは少し考えた後、剣を掲げながら命じる。
「よし作戦通りいくぞ。猊下と護衛兵は最後尾に! 我々はその道を作るぞ!」
「はっ!」
アレクの命令は即座に部隊に伝達されていく。ソフィたちを守る百名は彼女たちと共に最後尾に付き、アレクたちは向かってくる敵本隊を睨み付ける。その敵の後ろでは光の柱が打ちあがっていた。
最悪のタイミングだった。アレクたち選抜中隊は、敵本隊を突破するために密集隊形を取っており、この場所に閃光を放たれたら全滅は免れなかった。
しかし、ここで部隊を回避させれば、後衛に下がっているソフィたちに被害が及ぶかも知れない。そう考えたアレクは咄嗟に光盾を展開するように命じていく。
「光の柱だ! 光盾を展開……」
「大司教の名において命じますっ! 散開してっ! いますぐっ!」
精霊魔法によって拡張された声が突然聞こえると、前衛を担当していた聖騎士たちは即座に反応し、突撃用の密集隊形から左右に別れていく。いざという時は、ソフィの命令を優先するように厳命されていたのだ。
そして聖女を守る護衛兵の前に、マリアを乗せたイサラの馬が出る。その瞬間、彼女たちに向かって閃光が放たれた。
「女神シルに付き従いし一柱『盾の守護者』よ。その輝く盾にて我を守りたまえ。『盾の守護者の大盾』!」
マリアが盾を構えながら『盾の守護者の大盾』を唱えると、翼が生えた巨大な盾が現れて閃光を捻じ曲げる。
その衝撃に地面ごと抉り取られたマリアたちは、吹き飛ばされながら落馬してしまう。彼女の頭の上にいたレオは突撃前にいち早く離脱しており、ソフィを乗せているフィアナの馬と併走していた。
「きゃぁ」
「くっ!」
ソフィはフィアナの馬から飛び降りると、吹き飛ばされた二人に駆け寄る。
「大丈夫!? 先生、マリアちゃん!」
巻きあがった土に埋もれていたが、閃光のダメージはないようで二人とも起き上がる。しかしマリアは先程の『盾の守護者の大盾』で、極度に消耗してしまっているようで顔色が悪く肩で息をしている。そして右手の盾は亀裂が走り、すでに盾としての機能は失われていた。
「大丈夫です……聖女さま。早く行ってください」
「でも……」
「よく言いました、シスターマリア。私たちが、しばらく時間を稼いでみます。猊下は、その間に接近して彼女を止めてください」
イサラの真剣な表情にソフィはゆっくりと頷く。それを見ていたフィアナは、馬上からソフィに手を伸ばす。
「猊下、行きましょう」
「はいっ!」
ソフィがフィアナの後に乗ると、マリアが左の盾を外してフィアナに差し出す。
「フィー。これを持って行って、昨日話したでしょ? これで聖女さまをお願い」
「マリア、これ? ……ううん、わかった。任せなさいっ! 行きますよ、ソフィ様!」
フィアナは手綱を撓らせて護衛兵の方に駆け出す。それを見送ったあと膝を付いたマリアにイサラは微笑みかける。
「よく頑張りましたね。少し休んでいなさい」
「……イサラ司祭が優しいなんて矢でも降るんじゃ?」
「戦場で縁起でもないこと言わないの。さて、私の力でどこまで押さえれるか……」
イサラはそう呟くと、右手に力を込めて守護聖衣の杖を作り出す。その杖で地面を突き意識を集中していくと、足元に巨大な魔法陣が描かれる。
「女神シルに付き従いし四柱たる守護者よ。我が願いを聞き遂げ、その御姿を現したまえ」
その詠唱に応じて敵本陣の上空に四つの光、翼を生やした『四柱たる守護者』を模したものが現れる。
「汝らが傅く、その威光でこの地を照らしたまえ……」
呪文の詠唱が完成すると魔法陣が一際輝き出す。そしてイサラが杖で、もう一度杖を突くと呪文を発動させた。
「四守護者の聖光!」
極大の聖光が敵本陣に降り注ぐ。イサラの最強の攻撃手段であるが同じ聖属性の攻撃であり、イサラもこの攻撃で相手を倒せるとは思っていない。
イサラの持つ魔法の中で、これほど大出力の攻撃魔法は他になく足止め程度はできる算段だった。現に敵本陣には巨大なドーム状の防壁が展開されており、閃光による第二射は放たれていなかった。
「これで少しでも時間を稼がなくては……」
イサラはそう呟きながら、丘の上に向かうソフィたちの背中を見送るのだった。
◇◇◆◇◇
閃光が放たれたのを見ていたカサンドラは、ざわめく部下たちを諌めていた。
「落ち着きなさい、みっともない! 猊下ですらあの閃光の前に立っているのよ?」
「は……はっ、すみませんでした」
先の戦いで多くの戦友を失った者たちには酷な話だったが、全体の士気に関わるため本陣を混乱させるわけにはいかなかった。
戦場全体を見渡すと中央で乱戦になっているアルバートたちと敵軍は、閃光より目の前の敵に集中しなければならない状況である。しかし動き出した敵本隊と、左右に展開して帝国騎士たちは明らかに動揺が走っていた。
「閃光が近かった敵右翼は、完全に及び腰になっているわね。敵左翼も巨人兵を失ったあたりから浮き足立っている。まぁ無理もないわよね、敵味方関係なしで攻撃してくるんだから……」
先の戦いで大きな傷を負ったのは敵軍も同じだったのだ。カサンドラは意を決したように頷くと、周りの部下たちに向かって命じる。
「私たちも出るわよ!」




