第125話「第二次ウルド会戦」
数日後、ウルド平原 ──
ウルド平原を挟んだ丘の上に両軍が睨みあっている。位置関係は第一次ウルド会戦と同じく北側にカサンドラとアルバートが率いる聖騎士団とフォレスト公爵軍の連合軍、南側にはシコウ将軍とノイス聖堂長が率いる帝国軍が待ち構えている。
連合軍の陣容は、前衛に公爵軍四千と聖騎士団八千の一万二千、後詰に民兵を中心に一万三千、本陣には聖騎士を中心に二千、聖女巡礼団と彼女たちを守るための選抜中隊が千だった。
対して帝国軍は、中央が傭兵を中心とした二万、本陣と両翼に帝国兵を中心としたに一万ずつが展開、両翼と中央の間に巨人兵が一体ずつ、中央の前には魔獣の群れが配置されている。
その陣容を見つめながらアルバートが呟く。
「どうやら最初から閃光は出してこないようだね」
「そう何度も撃てないか……活動時間に限りがあるのかもしれないわね。ある程度予想されていたことよ」
カサンドラの答えにアルバートが頷く。
第一次ウルド会戦で放たれた謎の閃光は数発放ったあと、突然攻撃を停止していた。あのまま攻撃を続ければ全滅できたにも関わらずである。その事から活動に何らかの制約があるのではないか? と考えられていた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「貴方に武運を祈る必要など無いでしょうけど……女神シルの加護があらんことを」
アルバートはカサンドラを本陣に残し馬に乗ると、そのまま前衛が待機しているところまで駆けていく。最前列まで来ると鞘から剣を引き抜いて、掲げながら鼓舞していく。
「北の地を守る騎士たちよ。そして信仰の守り手たちよ! 前回の屈辱を晴らす機会を女神から与えられ、再びこの地に集いし勇士たちよ! 我々は何者だっ!?」
「我々は信仰を守る剣!」
「我々は閣下の剣だ!」
聖騎士と公爵軍の騎士たちが、それぞれ武器や手を掲げながら答える。
「精強なる剣たちよ、ここは己が信念を示す戦場だ。我々の信念と誇りが聖女の道を作る! さぁ征くぞっ、悪徳の徒らを突き破る時だっ!」
「おぉぉぉぉぉぉ!」
騎士たちの鬨の声を受け、アルバートが愛馬を走らせ始めた。その後から前衛隊が声を張り上げながら続いていく、その声は前回の恐怖を打ち払うものであり、横を走る戦友たちに勇気を与えるものだった。
その連合軍の突撃に対して、帝国軍は前衛に配置していた魔獣の群れを放つことで対応しようとした。それを見ていたアルバートは剣を掲げながら叫ぶ。
「魔獣が来るぞっ! 我が騎士たちは弓を構えろっ! 聖騎士たちは突撃陣形だっ!」
「はっ!」
「おぉぉぉぉ!」
アルバートの命令で聖騎士たちは槍を構えて前に出て、公爵軍の騎士たちは後に下がり弓を構える。矢を番えてギリギリと引き絞られる弦の音を聞きながら、騎士たちは息を飲む。
十分に引き付けたところで、アルバートは剣を振り下ろしながら命じた。
「放てっ!」
一糸乱れぬ斉射で弓なり飛んでいった矢が、魔獣の群れの先頭に突き刺さり倒れていく。転倒した魔獣によって勢いが削がれたところに、先行していた聖騎士たちが突撃していく。
激しくぶつかる両軍、勢いでは聖騎士団の方が上だったが、大型の魔獣に激突した衝撃で次々と落馬していく。それでも層を厚くしてあった中央付近は、横並びで突撃してきた魔獣の群れを食い破っていくのだった。
◇◇◆◇◇
それを見ていた選抜中隊の隊長アレクシオス・エス・アルカディアは、掲げていた剣を振り下ろした。
「見ろっ! アルが前衛を撃ち崩したっ! 我々も行くぞっ!」
「おぉぉぉぉ!」
選抜中隊は中央と左翼の中間地点を狙って進み始めた。
彼らの目的は先行して本陣に辿り着き閃光が放たれるのを阻止することだった。つまり聖女巡礼団を敵本陣に連れていくことだった。馬に乗れないソフィとマリアはフィアナとイサラの馬に乗っており、レオはマリアの頭の上に乗っていた。そして、クリリは単独でファザーンに乗っている。
さらに左翼にいる巨人兵に対抗するためにクレスが同行していた。ロビンたち、西の勇者パーティは、すでに右翼の巨人兵を押さえるために先発していた。
「ソフィ様、しっかりと掴まってくださいね」
「えぇ、大丈夫よ。フィアナちゃん」
ソフィはそう言いながら、フィアナの腰のベルトをしっかりと掴む。その腰には魔剣『魂喰らい』が輝いていた。
中央では連合軍と傭兵たち、そして連合軍を追いかけた魔獣たちによって乱戦になっている。その連合軍前衛を狙って巨人兵も動き出していた。
巨大な体躯を鎧で包み、手にはウォーハンマーを握っている。巨漢ゆえ歩く速度は遅いが、その強力な膂力は一薙ぎで二、三十人は軽く吹き飛ばすものだった。巨人族と呼ばれる種族は元々温厚な種族なのだが、聖堂派の洗脳により巨人兵として駆り出されているのだ。
「アレク隊長、巨人が来ますっ!?」
近付いてくる巨人兵に聖騎士の一人が叫ぶ。アレクは迫り来る巨人を睨みつけながら、不安を噛み殺すように歯噛みした。そして自分に付き従う騎士たちに向けて叫ぶ。
「大丈夫だ、我々には東の勇者がいる! 彼女と彼女を連れてきた猊下を信じるのだっ!」
クレスは肩を竦めながら、併走しているソフィに尋ねる。
「随分と期待されているようじゃないか?」
「えぇ、貴女だけが頼りです」
「まぁ悪い気はしないがね……さて、行くか! ワントレット、お前は帰れ」
彼女は愛馬の首を軽く撫でると、そのまま馬から跳び降りた。ワントレットと呼ばれた彼女の馬は、彼女の命令通りに戦場を離脱しようと北東の方角へ走り去っていく。
クレスの身体が輝いたと思った瞬間、猛スピードで巨人兵の方へ向かって突き進んでいく。
「うぉぉぉぉぉぉぉん!」
向かってくるクレスに何かを感じたのか、巨人兵は雄叫びを上げてウォーハンマーを振り回した。クレスは跳んでそれを躱すと、ウォーハンマーの柄を蹴り飛ばして宙に浮き上がると、巨人兵の右肩口に槍を突き刺した。
「ぐがぁぁぁぁ!?」
巨人兵は叫びながら、まるで蚊を潰すように左手で痛みを感じた右肩を叩いた。激しい衝撃音が鳴り響いたが、クレスは寸でのところで回避していた。
「やっぱり、この程度で効きやしないか……」
着地したクレスはそう呟きながら、槍をグルンと回して構えるのだった。
◇◇◆◇◇
クレスが巨人兵との戦闘に入った頃、ロビンたち西の勇者パーティも巨人兵との戦闘に入っていた。
勇者ロビンと剣士リーンは巨人兵の左右に別れると、それぞれが巨人兵の鎧に覆われていない足首の裏側を切り裂いた。ぐらついて膝をつく巨人兵だったが、離脱するリーンを捕まえようと左手を伸ばす。
「やらせるかよっ!」
その手がリーンを捉える瞬前、いつの間にか腕に下に回っていたロビンが、剣を振りあげて巨人兵の腕を弾き飛ばす。
「ローナッ!」
ロビンが振り向きながら叫ぶと、後方で詠唱をしていた魔法使いのローナがニヤリと笑う。
「準備できてるわよ。この大魔法使いローナの魔法に喰らいなさいっ! 『大火球』!」
ローナの杖から放たれた巨大な火球は、四つん這いになっている巨人兵の顔に直撃し一気に燃え広がった。
「うごぉぉぉぁぁあぁ!?」
顔を燃やされた巨人兵はもがきながら腕を振り回す。それを横目にロビンとリーンは、巨人兵から離れてローナたちと合流した。
「やったかっ!?」
「いや、まだみたいだな……」
リーンは巨人兵を睨みながら答えた。巨人兵はゆっくりとした動きで起き上がるとロビンたちを見下ろす。顔には酷い火傷を負っているが、足首の傷はすでに治っているようで、顔の傷も徐々に修復していっている。
「おいおい効いてねぇぞ、大魔法使いローナ様よ~?」
「うるさいわねっ! きっと鎧に対魔法処理されてるのよ」
「自己再生も備わっているようだな。トロルほどじゃないようだが」
煽るロビンにローナが言い返し、リーンは冷静に分析していく。そんな三人の様子に神官のコレットが叫ぶ。
「三人とも! そんなこと言っている場合じゃありませんよっ!」
巨人兵は勇者パーティに向かって進んで来ていた。
「仕方がねぇな、作戦変更だ! ローナとリーンは援護! コレットは『祝福』を、後は俺がやるっ!」
「しょうがないわね、後は任せたわ馬鹿勇者っ!」
「わかった、しっかりやれよ」
「はいっ! 慈悲深き女神シルよ。勇敢なる戦士たちに祝福を……『祝福』」
ロビンの言葉に即座に反応した三人は動き出す。まずコレットの『祝福』が発動し、パーティ全体の防御力を底上げしていく。
ローナは動き回りながら巨人兵の顔を狙って、詠唱が短い炎の矢を連続で放っていき、リーンは再び巨人兵の股下に入り込むと鎧がない左足首と切り裂き、そのまま回転しながら跳ね上がると右の膝裏を切りつける。
その攻撃に怯んだ巨人兵は再び膝をついた。そしてロビンの体は眩いばかりの光に包まれる。
「うぉぉぉぉぉぉ! 今こそ見せてやるぜ、勇者の剣技っ!」
技の発動前にポーズを決めて格好付けているロビンに、仲間たちから野次が飛んでくる。
「そんなポーズはいいから早くしなさいよっ!」
「さっさとしろ、馬鹿めっ!」
「ロビンさん、早くっ!」
仲間の声援に押されて勇者ロビンが駆け出すと、巨人兵はロビンに向かって手を伸ばしてきた。ロビンは地面を蹴って巨人兵の攻撃を躱すと、そのまま腕を駆け上がる。
「くらえっ、化け物っ! ロビン・スラッシュ!」
ロビンが放った一閃は見事に首を跳ね飛ばし、巨人兵は大量の血を撒き散らせながら倒れた。倒れた巨人の背中に着地したロビンは、剣の血を払ってから天高く掲げて勝利を宣言するのだった。




