第124話「伝授」
東西の勇者を加えた聖騎士団は、残存兵力をまとめて南下を始めた。敵が待ち構えているウルド平原は通常の行軍で三日ほどの距離にある。伏兵の可能性を考慮した進軍のため、少し遅くなることが予想されていた。
その日の行軍が終わり野営の準備を進めていると、マリアがカサンドラに呼び出されていた。彼女の付きの神官に、盾を持参して聖堂長の元に行くように告げられたマリアは、イサラから怪訝そうな顔で問い詰められる。
「貴女……いったい、何をしたの?」
「何もしてないよっ!」
身に覚えがないマリアは必死に反論したが、聖堂長であるカサンドラを待たせるわけにもいかないので、彼女が待つ天幕に向かったのだった。
「アルカディア聖堂長、聖女さま付きシスターのマリアです」
「よく来たわね。シスターマリア」
椅子に腰を掛けていたカサンドラは、マリアの姿を見ると立ち上がり彼女に近付くと肩に手を置いた。
「それじゃ、ちょっと付いて来て頂戴」
「えっ!?」
突然連行されることになったマリアは、やはり何か彼女の機嫌を損ねることをしたのか? と不安になりながら今までの行いを思い出していた。カサンドラは、固まっている彼女を見つめると首を傾げた。
「何をしているの? 早くしなさい。暗くなってしまうわ」
「は……はいっ!」
マリアは上擦った声で返事をすると、カサンドラの後を歩き始める。
彼女たちは野営地から離れると、程よく開けた場所まで歩いてきていた。カサンドラは一言も喋らなかったが、マリアはこの人に逆らうとまずいと本能的に感じていた。
「さて、ちょっと『守護者の光盾』を使ってみなさい。可能な限りの最大の硬度でね」
「えっ!? 守護者の光盾を?」
突然言われたマリアは、惚けた顔で聞き直してしまった。それに対してカサンドラは、呆れた様子で早くするように告げる。
「早くなさい」
「は……はい! 女神シルさま、悪しき者から我々をお守りください……守護者の光盾」
元々彼女は、聖女巡礼団の盾役として防御系の法術が得意だった。中でも最も使用頻度が高い守護者の光盾は、かなり自信がある法術である。
カサンドラがノックするように展開された光盾を叩くと、水が波立つように光盾に波紋が浮かぶ。
「うん、なかなかの硬度ね」
「そうでしょ!」
褒められたマリアが鼻を鳴らして胸を張ると、カサンドラは苦笑いを浮かべながら続ける。
「確かに、かなり強力な光盾を張れるのはわかったわ。イサラが作戦の一部に貴女を組み込んだのも頷ける。でも……」
カサンドラが少し強めに押し込むと、マリアの光盾が砕け散ってしまった。カサンドラが展開した光盾と接触したため、干渉により弱い方が砕け散ったのだ。その様子にマリアは唖然として口を開けている。
「この程度では、あの閃光を止めることはできないわね。今度の作戦は辞退なさい、私が代わりに参加するわ」
「えっ……嫌ですっ! わたしも聖女さまの役に立つんだっ!」
マリアは駄々を捏ねるように首を振って答える。その答えを予想していたカサンドラはため息をついた。
「仕方がないわね……それが嫌なら、これぐらいは出来るようになりなさい。女神シルに付き従いし一柱『盾の守護者』よ。その輝く盾にて我を守りたまえ。『盾の守護者の大盾』」
カサンドラが詠唱をしながら右手を前に突き出すと、翼が生えている巨大な盾が形成される。光輝いているが光盾とは違い、守護聖衣と同様にはっきりと盾の形が見て取れる物だった。
それを見たマリアは驚いて目を見開く。『盾の守護者の大盾』は、四守護者の一柱である盾の守護者の力を借りるもので、シルフィート教の神官が使える最上位の防御系法術である。
「やってみなさい。今、見た盾をイメージするのよ」
カサンドラは、『盾の守護者の大盾』を消しながら告げる。マリアは小さく頷くと、両手の盾をクロスして構えると力を集中していく。
「盾に翼を生やして……大きくて白い」
マリアが目を閉じ呟きながら集中して行くと、手にした盾が徐々に輝きを増していった。力の高まりを確かに感じたマリアは瞳を開いて詠唱を開始する。
「女神シルに付き従いし一柱『盾の守護者』よ。その輝く盾にて我を守りたまえ。『盾の守護者の大盾』!」
現れた盾はカサンドラが創ったものとは違い、かなり小さく繊細さは欠けたが何とか盾の形が形成されている。
「ぐぬぬぬ……」
マリアは必死にその状態を維持していたが、少し気を抜いた瞬間砕け散ってしまった。その様子にカサンドラは少し呆れた様子で告げる。
「まぁ初めてにしては上出来か……しかし展開が遅すぎる。戦場に辿り着くまでに、普段と同じ程度の速度で展開できるようにするのよ」
「え~どうすれば?」
「練習あるのみ!」
きっぱりと言われたマリアは肩を落とす。カサンドラはそんな彼女の頭を撫でると、ニッコリと微笑んだ。
「とにかく頑張りなさい。もし出来るようになれば、御褒美をあげるわ」
「えっ!? 御褒美?」
マリアは目を輝かせながら首を傾げるのだった。
◇◇◆◇◇
丁度その頃、野営地の近くではフィアナも修行をしていた。手にしているのはいつもの騎士剣ではなく、キースの『魂喰らい』だった。彼女はこの作戦のために、この剣をイサラから託されたのだ。
フィアナの目の前にはいくつか樽が用意されており、すでに三つほど粉々に破壊されていた。
「ヤァァァ!」
気合の掛け声と共に駆け出したフィアナが、構えた剣を樽に向かって振り下ろす。木でできた樽に刃が食い込むとフィアナは切っ先に意識を集中した。その瞬間、刀身から黒い魔素が溢れ出し樽の中に充満していく。
剣士であるキースには魔法剣を扱う素養があまりなかったため、決められたワードを口にすることで発動させていたが、フィアナは意識を集中するだけで魔剣の力を発動させることができた。
これはイサラが一人で旅をしている最中に気が付いた、この剣の特性の一つだった。
フィアナが振り上げるように剣を引き抜くと、黒い蛇の様な靄が石を咥えて飛び出てくる。その衝撃で樽は粉々に砕け散ってしまった。フィアナは砕け散った樽を見つめながら悲しそうに呟く。
「やっぱり引き抜くのは、そんなに難しくはないみたい。問題は対象を完全に破壊してしまうところね……なるべく傷付けないようにしないと」
先ほどから何度か試したところ、『魂喰らい』の扱いはそれほど難しいものではなかった。その点ではフィアナは、すでにキースと同等程度には扱えている。
しかし今回の作戦ではより繊細な動きを要求されるため、まだまだ十分だとは言えなかった。フィアナが剣を振り下ろすと暴れる黒蛇が靄のように消えて、大きめの石がフィアナの足元に落ちてきた。
そして再び構えると後ろから拍手の音が聞こえてきた。フィアナが慌てて振り向くと、そこには拍手をしているロビンとリーンが立っていた。
「何か妙な気配がすると思えば、可愛らしいお嬢さんが剣の修業をしてたのか」
「あぁ、偵察に出るほどもなかったな」
どうやら二人は『魂喰らい』が発する魔素を感じて確認に来たようだった。ロビンは笑いながら、じっとフィアナを見つめる。
「それで、その魔剣は使えるようになったのかい? 可愛らしいお嬢さん」
「確か、ロビンさんでしたか? まだ練習中です。邪魔をしないでください」
「そうツンツンしなさんな。ちょっと貸してみなっ、それの使い方を教えてやるよ」
ロビンが差し出してきた手にフィアナは少し警戒したが、彼が教えてくれるという「使い方」には興味があった。意を決したように『魂喰らい』を渡すと、ロビンは剣を鞘から抜いて鞘をフィアナに戻す。
そして樽にゆっくりと近付くと、そのまま剣を無造作に樽に振り下ろした。
「よっと」
何の力も入れないような動きで、抵抗もなく樽を通り過ぎる剣にフィアナは驚いて目を見開いた。樽には傷がまったく付いておらず、剣の通った跡に僅かに魔素が見て取れた。
「可愛らしいお嬢さん、あんたは力み過ぎなのさ」
ロビンはニヤッと笑うと剣を一振りする。剣先から伸びた黒い靄は竜のような形になっており、その顎は大きな石を咥えていた。
「えっ……どうやって?」
しかしフィアナが驚いたのはその靄ではなく、まったく壊れていない樽の方だった。これこそが彼女の求めていた結果であり、今の自分では到達できない領域だった。
ロビンが再び剣を振るとドラゴンは消えて、大きな石が地面に転がった。そして、ロビンは『魂喰らい』をフィアナに差し出した。
「まっ、こんな感じさ」
「す……凄いです」
「まぁな、これでも勇者だからなっ!」
フィアナの羨望の眼差しに少し照れたロビンに、リーンが疑惑の目を向けながら告げる。
「それぐらいで何を照れてるんだ。そんな若い子に手を出したら切り落とすぞ?」
「出さねぇよ! 何をだよっ!?」
ロビンが必死の弁明に、リーンはまったく信じてない様子で首を横に振る。そんな二人のやり取りをフィアナはクスクスと笑った。そして、意を決したように頷き
「ロビンさん、この剣の使い方をもっと教えて貰えませんか?」
と頼み込むのだった。




