第123話「集結」
ソフィの鈴鳴りの儀の翌日、戻ってきたイサラを含めた聖女巡礼団とクレス、そしてアルバート、カサンドラ、アレクの三人が本営になっている天幕に集まっていた。レオは部屋の隅で興味無さそうに欠伸をしている。
「君たちに集まって貰ったのは、あの人造神と目される謎の光への対策について話し合うためだ」
アルバートが最初に議題を告げると、カサンドラが怪訝そうな顔で首を傾げた。
「選抜中隊で対処することになっていたはずよね?」
当初の予定では閃光が再び確認された場合、アルバートとアレクを中心とした選抜中隊にて突破制圧することになっていた。あの閃光の前では通常兵力をいくら集めて無駄であり、速やかに排除しなければ被害が拡大するからだった。
「そのつもりだったんだが、昨夜ある提案を受けてね。まずは彼女の話を聞いてあげて欲しい」
アルバートはそう言うとソフィを見て頷いた。それに合わせて彼女は立ち上がる。
「無謀であることはわかってますが、私はエリザちゃんを助けたいと思ってます」
真剣な表情のソフィに対して、カサンドラは右手で口を隠しながらジッと見つめる。しばらくしてカサンドラは自身の考えを口にした。
「貴女には悪いけど、敵味方関係なく焼き払うような相手なのよ? 話し合いでもするつもりなのかしら? とてもじゃないけど出来るとは思えないわ」
先のウルド会戦では聖騎士団にも多くの死傷者が出ていたが、閃光が乱戦時に放たれたこともあり敵軍にもかなりの被害が出ていた。あれを見た者にとって、カサンドラの意見は至極まともな意見に聞こえた。
カサンドラの正論にソフィが困っているとイサラが立ち上がり、手にした布で包んだ棒状の何かをテーブルに置いた。
「確かに無謀ですが、彼女を救うために私に少し考えがあります」
「それは?」
カサンドラは彼女が置いた包みを見つめながら尋ねる。イサラは包みの紐を解き中身を取り出した。中から出てきたのは黒い鞘に入った剣だった。
「この剣は『魂喰らい』です」
「それはキースさんの剣ですね?」
以前見たことがあるフィアナが尋ねるとイサラが頷いた。しかし、カサンドラはさらに怪訝そうな顔で首を傾げる。
「その剣が何だと言うの?」
魔剣である『魂喰らい』からは溢れ出る力を感じるが、アルバートが持つ氷騎剣やソフィのガントレット:レリックに比べれば微々たるものだった。
「私はここまで来るまでに、この剣の力を色々と試してきました。そこで面白いことがわかったのです」
イサラはその検証の結果と、それによって導き出された作戦を参加している者たちに聞かせた。その話を聞いた者たちの反応は様々だったが、カサンドラは呆れた様子で呟く。
「ひどく分の悪い賭けね」
「そうかい? 私はいいと思うよ。失敗しても大勢に影響がないところが特にね」
話に割って入り、作戦に賛同したのはアルバートだった。カサンドラは少し驚いた顔をしたが、しばらく考え込んでから頷く。
「わかったわ。貴方たちがそこまで言うなら、その作戦を許可しましょう」
「あ……ありがとうございます、叔母様っ!」
ソフィが嬉しそうに彼女に抱きつくと、カサンドラは少し照れたような表情を浮かべた。
「でも、少しでも危険と感じたら、当初の予定通りにしますからね?」
「はい、わかっています」
こうしてソフィの意向を汲み、イサラが考えた作戦を採用することになったのだった。
◇◇◆◇◇
そのまま細かな話を詰めていると、天幕の中に報せを持った伝令が入ってきた。伝令の男性は、その場で傅くと帰還の報告をする。
「公爵閣下、団長、偵察任務から戻りました」
「ご苦労様、それでどうだった?」
アルバートが労いつつ尋ねると、伝令は顔を上げて答える。
「はっ公爵閣下の予想通り、敵方はウルド平原まで退却をする模様です」
「やっぱりか……」
あの閃光のことを考えればケイトルコ絶壁よりは、ウルド平原のほうが戦いやすいと考えるのは自然な流れだった。しかし伝令はさらに報告を続けた。
「またウルド平原を探っていた偵察によりますと、巨人兵が少なくとも二体、魔獣らしき大型獣も多数いたようです」
「巨人兵……まだ居たのね」
カサンドラは顔を顰めながら忌々しそうに呟く。アルバートは伝令に向かって確認するように尋ねる。
「ギント侯爵や帝都に動きは?」
「はっ、確認できた範囲では動きはないようです」
「増援はなさそうか……それなら」
アルバートは伝令の存在を忘れたように少し考え込むが、やがて思い出したように謝罪しながら労いの言葉を掛ける。
「あぁ……すまない。ご苦労だった、しばらく休め」
「はっ!」
伝令は返事をすると立ち上がり、そのまま天幕を後にした。
「さて、聞いての通りだ。あの閃光以外にも問題は山積みのようだ」
アルバートが肩を竦めるとアレクが答える。
「巨人兵がいるなら、そちらも考慮しないといけないな」
「仕方がない、ここは私が何とかしよう。巨人兵を野放しにはできないからね」
「しかし、二体もいるんだぞ? それに全体の指揮はどうするんだ?」
アレクの懸念はもっともで、いくらアルバートでも巨人兵二体を相手取るのは難しく、彼が戦っている間に全体の指揮が乱れる可能性があった。
「それなら、私が一匹受け持ってやるよ」
考え込んでいる二人に、そう持ちかけてきたのは東の勇者クレス・モルガナだった。
「確かに君なら申し分ないな。任せても?」
「あぁ、ただし私は冒険者だ。報酬は貰うからね」
「安心してくれ。報酬は弾ませてもらうよ」
アルバートの確約を得たクレスは、槍をクルリと回してから石突きで地面を突いて胸を張る。
「それを聞いて安心したよ」
「本当なら、あと一体も任せられる者がいると良いんだが……」
アレクはそう呟いたが、アルバートは苦笑いを浮かべて首を横に振る。
「大型魔物専門の討伐隊ですら複数で戦うんだ。私の氷騎剣で戦うしかないだろう」
「う~ん……仕方がないか」
アレクが諦め掛けた時、いきなり天幕の入口が開いて天幕の外で護衛をしていた騎士が入ってきた。
「閣下、お話中のところすみません。大司教猊下にお客人が……」
騎士がそこまで言いかけると、再び天幕の入口が開いて男が入ってくる。その後ろからは違う騎士が男を止めようとしている。
「話は聞かせて貰った。その敵は俺たちが相手してやるぜっ!」
「あの……困りますっ!」
会議に参加していた者たちは、一斉にその声がした方を見る。突然の来客にアルバートは怪訝そうな顔をしていたが、ソフィたちは驚いた表情を浮かべていた。
「なぜ、貴方が? ……ロビンさん!」
「そう、俺の名はロビン・スフィールド。西の勇者ロビン・スフィールドだ! 可憐なお嬢さんを助けにきたぜっ!」
親指を立てて眩い笑顔を向けてくるロビンに、クレスは物凄い嫌そうな顔をして首を横に振る。
「うげ……西のじゃないか」
「おー! おー! なんだ、東のまでいたのか? 相変わらずいい乳してるなっ! うごっ!」
ロビンが怪しい手付きで宙を揉んでいると、いきなり杖で後頭部を殴り飛ばされた。
「いい加減にしないさいよ、馬鹿勇者!」
「まったくだ、我々まで同類だと思われるだろ?」
「皆さん、お騒がせして済みません」
彼を殴り倒した魔法使いのローナ、剣士のリーン、神官のコレットが次々と天幕に入ってくる。彼女たちは西の勇者パーティの面々だった。
彼らが漫才をしている間に、ソフィから素性を聞いたアルバートは微笑みながら両手を広げる。
「君たちが西の勇者ロビンとその仲間たちか! お初にお目にかかるアルバート・フォン・フォレストだ。よく来てくれた、よろしく頼むよ」
それに対して起き上がったロビンは、怪訝そうな表情でアルバートを睨み付けると、突然ローナたちの方を振り向いて尋ねる。
「俺の方が、いい男だよな?」
それに対して、ローナたち三人はそれぞれ呆れた様子で答える。
「アンタ、馬鹿なの!? この方は公爵閣下よ?」
「勝負しようなどとおこがましい。鏡を見ろ、馬鹿が」
「え……っと、黙秘します」
その答えにショックを受けたロビンは、膝をがっくりと落として項垂れる。彼の代わりにローナが頭を下げると
「この馬鹿のことは放って置いてください。先ほど話されていた大型モンスターの件ですが、私たちに任せていただけませんか? 彼女たちを助けよとあるお方からの依頼なんです」
と告げた。少々回りくどい言い回しだったが、アルバートは全て理解したように頷く。
「西の勇者パーティまで参戦してくれるとは……とても心強いよ」
こうしてロビンたち西の勇者パーティも、ソフィたちと合流することになり、ルスラン帝国の四英雄がここに揃ったのだった。




