第12話「勇者登場?」
ソフィ、マリア、レナの三人は、昼食を取るために冒険者ギルドに併設されている酒場に訪れていた。
冒険者とは住民や国から依頼を受ける者たちのことだ。大きな街には、彼らの互助組織である冒険者ギルドが存在しており、依頼の受付や斡旋、報酬の受け渡し、そして情報提供などを行っている。
街にもよるが併設されている酒場は、市民でも利用できる上に駆け出し冒険者にも優しいお値段で提供されているため、市民にも人気のスポットだった。
店内に入ったソフィたちは、頑丈な木製の円卓を囲んで席に着く。程なくしてウェイトレスが注文を取りに来た。
「はぁ~い、可愛らしいシスターさんたち、ご注文はどうしますか~?」
「ミルクとおすすめを三つ、お願いっ!」
「は~い、ちょっと待っててね!」
ソフィたちは注文の勝手がわからなかったため、レナがまとめて注文をするとウェイトレスは笑顔でカウンターの方へ下がっていった。
レナが注文している間に、ソフィが周りを見渡すと様々な人たちがいた。如何にも冒険者風の男がカウンター横の掲示板から、受ける依頼を見繕っており、テーブルには酔っ払っているのか大きな笑い声を上げている青年と、彼のパーティと思われる三人組、如何にも掛け出しといった様子の男女二人組、そして昼食中の職人たちなどが座っている。
しばらくしてウェイトレスが運んできた食事は、パンを半分に切り焼いた薄い牛肉とキャベツを挟んだものと、コップに入ったミルクだった。
「わぁ、美味しそうねっ」
さっそく一口食べてみると、マスタードが効いている味付けが、いい感じに食欲を刺激している。その上瑞々しいキャベツが確かな歯ごたえを与えていた。
口一杯に頬張っていたものを飲み込むと、マリアが笑顔で感嘆の声をあげる。
「美味しいです~」
「ふふん、アリストは畜産も有名だから、美味しいお肉がたくさんあるんだからっ!」
レナは自慢げに胸を張っているが、口の周りには肉に染み込んだソースがべったりと付いている。ソフィが微笑みながらそれを拭いてあげると、レナは顔を赤くして俯いてしまった。
美味しい料理に喜んでいる三人に、一人の男が青年が声を掛けてきた。
「お~……こんな所にも神官がいるぞ? お姉さん、ガキどもの相手なんてしてないで、俺と一緒に飲まないかい?」
「ちょっと、ロビン! やめなさいよっ!」
お酒の臭いを纏わせたロビンと呼ばれた青年は、ソフィたちが座るテーブルに手を付いて絡んできた。彼が座っていたと思われる席からは、ローブを着た女の子が彼に対して文句を言っている。
「結構です」
「つれないこと言うなよ~。この街の教会の区長に呼ばれて、大型モンスターを退治しに来たってんのに、もう終ってるとか言いやがる。しかもちょっと遅れたからって、契約違反だから金も払わねぇとか言いやがる。あぁいう奴ほど、どうせあまいこと言って教徒から金集めてんだろ?」
その瞬間、彼の顔に顔が真っ白に染まった。レナが思いっきりロビンの顔にミルクをぶちまけたのだ。
「うわっ……ぺっ、ぺっ……なんだ、こりゃ?」
「パパの悪口を言うなっ!」
レナがワナワナと震えながら叫ぶと、ロビンはようやく状況を掴んだようでレナを怒鳴りつける。
「何しやがる、このガキィ!」
ソフィはすぐにレナとロビンの間に入り、ハンカチでロビンの顔を拭きながらその場を収めようとする。それを見ていた駆け出し冒険者たちはヒソヒソと噂話をしていた。
「ねぇシスターさんたちが困っているわ、貴方助けてあげなさいよ」
「無理いうなよ……あれ、西の勇者ロビン・スフィールドだろ? 俺じゃかなわねぇよ」
このロビンと呼ばれた冒険者はかなり実力者のようで、周りの冒険者たちは及び腰になっていた。彼の仲間だと思われるローブの女の子が、彼を止めるために呆れた様子で席を立った瞬間それは起きた。
ロビンは顔を拭いてくれていたソフィの手を、握るとにこやかに微笑む。
「……よく見たら可憐なお嬢さんだ。俺の名はロビン・スフィールド。お嬢さん、あんたがちょっと俺と付きあってくれよ。それで許して……げふっ!」
彼がソフィの手を握った瞬間、マリアがテーブルに駆け上がるとそのまま彼の顔に蹴りを叩きこんだ。そして、吹き飛んだロビンを指差しながら怒鳴りつける。
「無礼者っ! その汚い手で聖女さまに触るなっ!」
「ちょ……ちょっと、マリアちゃん!?」
それに対して周りで様子を窺っていた客たちは、立ち上がって両手を上げて歓声を送る。
「おぉぉおぉぉ! すげぇぞ、お嬢ちゃんたち!」
「あははは、あいつ頬に足跡付いてるぞっ!」
周りの客に笑われて、我を忘れたのかロビンはわなわなと震えながら叫ぶ。
「ガキども、もう許さねぇぞっ!」
「ロビン、やめなって!」
仲間の制止にも耳を貸さずマリアに向かって駆け出したロビンに、ソフィがその間に割って入るように飛び込んだ。
「やめてくださいっ!」
ゴッ!
その瞬間、ロビンは足を縺れさせるように倒れると、その場から動かなくなった。
「ちょっとロビン、大丈夫?」
ローブの女の子が彼に駆け寄ると、呆れた様子で呟いた。
「この馬鹿……頭でも打ったのかしら、白目向いてるわ。コレット、ちょっと手伝って!」
「は……はい」
席に座っていた神官の女の子は、ロビンに駆け寄って様子を確認している。その間にローブの子は、ソフィたちに向かって頭を下げる。
「この馬鹿がごめんねっ! 酒を飲んでなければ、もう少しはまともなんだけど……」
「いいえ、大丈夫ですか?」
「はい、気を失ってるだけみたいです」
コレットと呼ばれた神官は様子を報告する。それに対してローブの子はホッとため息をつくと、椅子に座っている剣士風の女性に向かって頼む。
「リーン! 私たちロビンを連れて宿に戻っているから、ちょっと弁償とかお願い! あとでこの馬鹿に払わせるわっ!」
「了解だ、ローナ」
リーンと呼ばれた剣士は右手を軽く上げて答える。ローナとコレットは、まだふらついているロビンに肩を貸してギルドから出ていった。
リーンは立ちあがると、周りに頭を下げて告げる。
「みんな、あの馬鹿が騒ぎを起こして申し訳ない。まだ昼時だが一杯奢らせてくれ」
「おぉぉぉ、いいぞ! ねぇちゃん!」
周りの客は現金なものでワイワイと騒いでいる。リーンはソフィたちに近付くと、改めて深々と頭を下げる。
「君達には特に申し訳なかった。あの馬鹿は酔いが醒めたら、三人できっちりボコっとくから安心してくれ。食事代もこちらに持たせていただくよ」
「い……いえ、そんな……」
こめかみに青筋を立てたリーンはソフィたちの席を見ながらそう言うと、彼女の手を取って無理やりお金が入った袋を持たせる。ソフィたちのテーブルはレナがぶちまけたミルクと、マリアが飛び乗ったことでひどい有様になっており、上に乗っていた皿もひっくり返っていた。
その時食堂の騒ぎを聞き付けて、ようやく事態の収拾に現れたギルド職員たちは周りを見ながら叫んだ。
「な……何事ですか!?」
リーンは面倒なことになったという顔をすると、諦めたようにため息をついて
「私が説明しておくよ。面倒なことになる前に行くといい。大丈夫、君たちに悪いようにはしないさ」
「すみません、お願いします」
ソフィは頭を下げるとリーンは小さく頷いた。
「ところで君……凄いな。あの一瞬で、あの馬鹿の顎を打ち抜くとはね」
他の人には聞こえないような小声でそう言い残したリーンは、そのままギルド職員に事情を話しに行ってしまった。
あのロビンと交差した瞬間、ソフィは彼の顎を掌底で軽く揺らして脳震盪を引き起こしていたのだ。いくら酒に酔って激怒していたとは言え、西の勇者と呼ばれるほどの冒険者が一撃で沈静化させられたことに、リーンだけは気が付いていた。
「面白い聖職者もいるものだな」
「ちょっと、リーンさん! ちゃんと聞いていますか?」
ギルド職員から小言を言われながら、リーンはそう思ったのだった。




