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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
【南方聖戦編】
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第116話「潰えた野望」

 モルドゴル大平原の横断街道に点在している補給物資を集めた中継地点に対して、モルガル族のリムロとモルダー族のザガロを中心にした戦士団が次々と襲撃していた。ハーラン侯爵軍がモルドゴル大平原を我がもの顔で進むのを我慢して、伸び切った補給線を寸断するための一撃である。


 各拠点には千から三千ほどの警備兵がいたが、襲撃の気配がまったくなく気が緩んだところの襲撃で、大した抵抗も出来ずに潰走した。襲撃に参加したモルドの戦士団は五百程度である。


 物資を奪うつもりがないモルドの民は奪い取った物資に火を掛けた。そして次の拠点に向かって急行する。この烈火の如く進軍速度によって、逃げ出した者たちが他の拠点に報せる前に次々と襲撃することが出来たのだ。


 燃え盛る拠点を背に次の襲撃予定地に向かおうとしたリムロに、併走するザガロが声を掛けてきた。


「おい、リムロ。正面を見ろ(ギッジュビュー)!」

「んっ? あれは(ワーム)……」


 正面にかなり大きな土煙が上がっており、多数の騎兵がリムロたちの所に向かっているのが見えた。ノーウェイ率いる二万がようやく到着したのだ。あまりの数の差にリムロは顔を顰める。しかし、当初の予定通り馬を止めると部隊を停止させる。


引きつけろ(イク ザル テーク)逃げるぞっ(ルンワグ)!」

「ヤァァァ!」


 リムロの号令で戦士団は、追ってくる軍と着かず離れずの距離を保ちながら逃げ始めた。ノーウェイが率いる軍は、そんな彼らを追いかけるために進路を変更するのだった。



◇◇◆◇◇



 その頃ハーラン侯爵は老騎士ノーウェイを待たずに、五万を率いてモルドイーラに迫っていた。補給線はノーウェイが奪還すると信頼していたし、目の前の町から略奪でもすればいいと考えていたのだ。


 しかし、もう少しでモルドイーラという所で、目の前に飛び込んできた光景に驚きながら叫んだ。


「なっ……なんだと!?」


 モルドイーラの前には軍が展開しており、その旗印はフォレスト公爵軍のものだった。


「なぜ、奴らがこんな所にいるのだっ!?」

「わ……わかりません。しかし三万はいます!」

「三万だとっ!? グランの街を空にしてきたのか?」


 フォレスト公爵軍はグランの街で籠城すると思っていたハーラン侯爵は、突如現れたフォレスト公爵軍を前に激しく動揺していた。予想される敵勢力がすべて平地に出てきていることも、その動揺に拍車を掛けていた。


 動揺していたハーランに、騎士団長の一人が落ち着かせるように進言する。


「侯爵閣下、落ち着いてください。こちらの兵力は勝っておりますっ!」

「おぉ……そうじゃな、よし任せるぞ」

「はっ!」


 騎士団長は部下に声を掛けていき、進軍用の隊列から突撃用の隊列に変更していく。




 一方、対するフォレスト公爵軍では──


 戦車の上に小柄な少女が立っている。この軍の総司令官であり公爵令嬢のレーティア・フォン・フォレストである。体の小ささに対して大きくて派手な兜をかぶり、鞘に入った剣を杖のようにして立っている。


 その隣にはクローベが立っており、優雅な所作で腰を折るとレーティアの耳元で告げる。


「レーティア様、ハーレンめがこちらに気が付いたようですぞ。今更展開しているようですが、わざわざ待ってやる必要もありますまい?」

「うん、大丈夫。わかっている」


 少し不安そうな表情だったが、レーティアはキッと唇を引き締めると一歩前に出た。そして、精一杯の声を張り上げて騎士たちに告げる。


「フォレストの騎士たちよ! 我らが土地、我らが民の尊い命を奪おうとする者たちが来たぞっ! 奴らに我々の土地を踏ませるなっ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!」


 小さなレーティアの鼓舞に、騎士たちは「天よ裂けよ!」と言わんばかりに声を張り上げる。その中には聖騎士のフィアナもいた。


 彼女がグランの街に辿り付いた時、レーティアの軍はすでに籠城の準備を始めていたが、彼女がレーティアを説得して、フォレスト軍をこの場所まで連れてきたのだ。彼女がソフィの仲間であることと、レーティアの軍に同行していたフォレスト公爵の騎士である彼女の父と兄の口添えによるところが大きい。


 そして彼女が持ってきた作戦にレーティアは驚きながらも納得して、籠城ではなく数的に不利な平地戦を選択したのだった。フィアナは一万ほど動かせればいいと考えていたため、まさかレーティアが全軍を引っ張り出し自身も出撃するとは思っていなかった。


「では、各騎士団長よ。あとは頼むわよ」

「はっ、お任せください!」


 総司令官であってもレーティアは戦争の経験などないため、指揮権を各騎士団長に委譲する。彼らはアルバートや先代公爵と共に様々な戦を生き残ってきた猛者たちである。


「よし、いくぞっ! 進軍開始っ!」

「おぉぉぉぉぉぉ!」


 その掛け声と共に騎士たちが、一斉に展開中のハーラン侯爵軍に向かって進軍を開始した。距離を詰めて切迫すると突撃体勢に入り立てていた槍を敵に向ける。


「突撃ィィィィ!」

「うぉおぉ!」


 隊列が完全に整う前にフォレスト公爵軍の突撃を受けたハーラン侯爵軍は、手痛い打撃を受けて乱戦にもつれ込んでいた。混乱する現場にハーランが苛立ちながら叫ぶ。


「何をしているのだっ! 押し返せぇ!」


 不甲斐ない配下に向かって豪華な戦車から罵声を浴びせるハーランと、同じく前線には出ていないが配下の者たちの無事を祈るレーティアの違いがはっきりと出た瞬間だった。


 しばらくして混戦が極まってくると、戦車の上のハーランはさらに激しく両手を振り上げて叫んでいる。そんなハーランを近くの丘から見つめる者がいた。


「まったく、いい噂は聞いてなかったが……醜いねぇ」


 その人物は東の勇者クレス・モルガナだった。そんなクレスにモルドの民の男が声を掛けてくる。


「クレス、準備完了だ(キール)!」

「それじゃ、行こうかね……突撃(アナバルゥ)!」

「ヤァァァァァ!」


 クレスが号令を掛けると、彼女を先頭にモルドの民の部族間連合の騎兵団が一斉に丘を駆け下りて、ハーランがいる本陣に向かって突撃を開始した。


 突然後方から上がった鬨の声に、ハーランが慌てた様子で叫ぶ。


「な……なんだ、何事だぁ!?」

「侯爵閣下、敵です! 後方から敵がぁ……」


 報告に来た騎士の兜に矢が突き刺さり馬の上からズルリと落ちる。それを見てハーランはヘナヘナと腰を抜かしてしまった。


「ヒィィィィ」


 騎兵団の先頭を駆るクレスは混乱しているハーランの周りを兵たちを、その槍捌きで次々と薙ぎ倒していく。そしてハーランの戦車まで辿り着くと槍の穂先を彼に向ける。


「あんたがハーラン侯爵だね? あんたには恨みはなかったが、モルドの土地に土足で踏み込んだことを後悔するんだね」

「ま……待てっ! いくらだ、いくら欲しいっ!? 金ならいくらでも出す。それとも宝石か? 地位が欲しいなら騎士でも男爵でも……」


 涙を流しながら惨めに命乞いを始めたハーランにクレスは顔を顰める。そして槍の穂先を下ろすと吐き捨てるように告げる。


「殺す価値もない男だねぇ」

「うぅ……ありがとう……」


 クレスがハーランから興味を無くし、周囲の仲間たちを確認するために背を向けた瞬間、ハーランの瞳に鋭い眼光が閃いた。


「馬鹿めっ! 喰らぇ、魔剣ヴァー……アプンッ!?」


 ハーランが腰の短剣を引き抜きながらクレスに飛びかかった瞬間、ぐるんと回された槍の石突きがハーランの顎を砕き割り、自らの歯で噛み切った舌の先が宙を舞う。そして口からは大量の血が流れ出ていく。


「あがぁぁ……うがぁ……あぁ」


 ハーランは血まみれの状態で転がりまわる。その様子をクレスは虫を見るような目で見つめると鼻で笑う。


「はんっ、くだらないことを言えなくなってよかったじゃないか?」

「あがぁぁ!?」


 そしてクレスは、彼の兜を穂先で持ち上げると天高く持ち上げて勝鬨を上げる。


「ハーラン侯爵を討ち取ったぞっ! まだ戦う奴はいるのかい!?」


 その声にハーラン侯爵軍の動揺は更に広がり、戦っていた兵たちも逃げ出し始め、結果として時間を経てず潰走することになったのだった。



◇◇◆◇◇



 その頃逃げていたリムロたちは未だに追われていた。彼らの役目としてハーラン侯爵軍から何割かでも兵を割ければ作戦成功だったのだが、ノーウェイ率いる兵はどこまでも追いかけてくる。


 リムロが顔を上げると、予定された位置で狼煙が上がっているのが見えてきた。


狼煙だっ(ウルフローク)! あっちに向かうぞ(イッカダー)


 リムロの号令で戦士団が、そちらに向かうと狼煙の所にクリリが待っていた。クリリと合流したリムロは彼女に尋ねる。


準備はどうだ(ワーム キール)?」

問題ないぞ(キール)!」


 狼煙を見て少し速度を落としたノーウェイ率いる騎士団だったが、やはり追跡をやめなかった。侯爵から殲滅を命じられておきながら、何も戦果なしでは帰れないということもあったが、圧倒的な数の有利で気が大きくなっていたのかもしれない。


 しかし、それが命取りになった。


「あれは……なんだ!?」


 騎士の一人が丘を指差しながら叫んだので、ノーウェイを含む近くにいた騎士はそちらを見る。そこには白く美しい獣の群れ、レオンホーンたちが丘の下の騎士団を見つめていた。


 次の瞬間複数の雷撃が騎士団に降り注ぎ、一際巨大なレオンホーンが雷獣化しながら吠えると、仲間たちと共に一気に丘を下って騎士団を蹴散らしていく。


「うわぁぁぁぁ」

「ぎゃぁぁ」


 この雷獣化したレオンホーンは群れのボスで、以前ソフィと戦った個体だった。クリリは単独で彼らの縄張りに向かい彼らを連れて戻って来たのだ。


 騎士団と言えどレオンホーンの群れに襲われては一溜りもなく、数多くの被害者を出しながら潰走する結果となったのだった。

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