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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
【南方聖戦編】
115/130

第115話「問答無用」

 モルドゴル大平原でクレスたちがモルドの民を説得していた頃、ソフィたちは西に向かって街道を進んでいた。マリアが先頭を歩き、後ではソフィが地図を見ている。いつものようにマリアが道を逸れていくと、後ろからソフィが声を掛けていく。


「マリアちゃん、そっちじゃないと思うんだけど?」

「え~? 大丈夫、こっちですよ~」


 散々迷っておきながらどこからその自信がくるのか、マリアはソフィの忠告も聞かずに自信満々に答えた。ソフィはあまりマリアに口煩く言わないため、誰もマリアの暴走を止める者はいないかと思われたが……


「いたたたっ!?」


 マリアの背嚢で寝ていたレオが彼女の頭に飛び乗ると、彼女の頭に爪を立てて唸り声を上げていた。


「ぐるるるるるぅ」

「わかったっ! わかったから、爪立てないで!」


 マリアが涙目になりながら頼むと、レオはフンと鼻を鳴らして再び彼女の背嚢に戻っていった。ソフィとマリアの旅が何とか方向を間違えずに進んでいるのは、ソフィの言葉を聞いてレオがマリアを操縦しているからに他ならない。


 彼からすれば出来の悪い妹を軽く躾けているつもりなのだろうが、猛獣の爪は軽くでも非常に痛かった。マリアは涙目を浮かべながら自分の頭に治癒術を掛けていく。


 ソフィは地図を見ながらマリアに尋ねる。


「地図によると、もう少しで村があるみたいだけど見える?」

「う~ん、まだ見えませんね」


 マリアが前方を見ながら首を横に振る。するとレオが唸り声を上げ始めた。


「ぐるるるる」

「えっ!? ちょっと待って、レオくん? 聖女さまに口答えとかじゃないからっ!」


 マリアは慌てながら頭を守っていたが、ソフィも前方に何かを感じたのか肩掛けカバンの中から、ガントレットを取り出しながら叫んだ。


「違うよ、マリアちゃん。前で何か起きてるみたい!」

「えっ!?」


 微かに悲鳴のようなものを聞いたソフィは、肩掛けカバンを外してマリアに頼み右手にガントレットを装着しながら前方に走り始めた。いきなり走り始めたソフィにマリアは戸惑った様子で呼び止める。


「えっ!? ちょっと待って、聖女さま!?」

「マリアちゃんは後から来て! レオ君、マリアちゃんをお願い!」

「がぅ!」


 レオは返事をするとマリアの背嚢から飛び降りて、マリアの足元に寄り添っている。


 ソフィが超過強化(リミットブレイク)を発動させながら前に進むと、すぐに騎士風の鎧を着た三人組が若い女性を襲おうとしている場面が見えてきた。


 今までも何度も見てきた光景である。ソフィは男たちの姿に眉を顰めると、駆け抜けながら女性に最も近くにいた男の横顔に右拳を叩きこんだ。


「えっ?」


 突然視界から消えるほど吹き飛んだ男に、仲間の男たちはおろか助けられた女性も唖然としていた。殴られた男は地面に何度もバウンドして動かなくなっている。


 男の一人が状況を確認しようと兜のバイザー上げた瞬間、そこにソフィの右拳が振り下ろすように叩きこまれた。男は膝を折り後頭部を地面に叩きこまれて動かなくなる。


 もう一人の男がようやく剣を抜いて距離を取ると、突然現れた光輝く聖女に向かって叫ぶ。


「な……なんだ、貴様はっ!?」


 虚勢を張っているが明らかに動揺している男の質問には答えず、ソフィは問答無用で拳を叩きこんだ。


 その後ソフィが女性を助け起こしていると、遅れていたマリアとレオが駆け寄ってきた。


「聖女さま~、大丈夫ですか?」

「えぇ、この方も無事みたい。マリアちゃん、この人たちを縛っておいてくれる?」

「はーい」


 マリアは頷いてから背嚢からロープを取り出すと、完全に気を失っていた男たちを手慣れた感じで縛り上げていく。


 その間にソフィは震えている女性に寄り添いながら話を聞いていた。彼女はマリアが持ってきてくれた肩掛けカバンから水筒を取り出すと女性に差し出す。


「大丈夫ですか、お水をどうぞ」

「あ……ありがとうございます」


 しばらくして女性も落ち着きを取り戻し、ポツポツと状況を話し始めてくれた。


 彼女はこの辺りを治めるミドン男爵領の村の住人で、襲っていた彼らはミドン男爵の配下の騎士とのことだった。騎士と言っても男爵の取巻きといった感じで、普段から傲慢な態度で領民に対して威張り散らしていたらしい。


 ミドン男爵も決して良い貴族ではなかったが、それでも彼らに領民に手を出させるようなことはなかったと言う。彼からすれば領民は貴重な労働力で搾取する対象なのだ。


 しかし帝都からの命令で参加した貴族連合は、カサンドラ率いる聖騎士団とフォレスト公爵軍の連合に惨敗しミドン男爵も討ち死にしてしまった。本来であれば彼を守るべきだった騎士たちはさっさと逃げ出し、領地に戻ると鬱憤を晴らすように暴れ始めたのだという。


「前の暮らしも幸せじゃなかったけど、戦争なんて起きなければ……」


 その女性の呟きはある種の諦観を感じる響きがあった。ソフィはそれを聞きながら彼女の肩を擦って慰めている。そこに騎士たちを引きずったマリアが近付いてきた。


「聖女さま、この人たちどうしますか?」

「そうね……この辺りに縛っておこうか、彼女の話だと辺りの統治が乱れているらしいから、彼女を送って村の人にお願いしよう」

「はーい」


 マリアは近くあった木の幹に騎士たちをグルグル巻きにして拘束した。そしてソフィたちは女性を立たせると、彼女を送るために村に向かって歩き始めるのだった。


 一度だけ縛られた騎士たちの方を振り向き、決心するように呟く。


「やっぱり早く止めなくちゃ……」



◇◇◆◇◇



 それから数日後、再びモルドゴル大平原──


 ハーラン侯爵軍がモルドゴル大平原に侵攻してから数日が経っており、現在は横断街道を西北に進んでいた。


 豪華な戦車に乗った一際派手な中年男性に、併走していた老騎士が声を掛ける。


「侯爵閣下、順調に進んでおります。明日にはモルドイーラに辿り着くでしょう」

「おぉ、そうか」


 この派手な中年男性がウィル・ラス・ハーラン侯爵、海洋交易で財を成してきたハーラン侯爵家の当主である。出世欲がとても強く野心家であり、皇族の一員であるフォレスト公爵家を目の仇にしていた。


 帝国内でも有数の財力で貴族たちに取り入り勢力を伸ばしたため、貴族の中には彼の家のことを成り上り貴族と比喩する者も多いが、今では四大貴族の一角を数えられている。


「ふんっ、モルドの民も噂ほどではなかったようだな」

「まったくですな……勇猛果敢なモルドの民はもはや居ないのかもしれませんな」


 少し寂しそうに語る老騎士は、ハーラン侯爵の近辺を護衛している騎士でノーウェイという名だった。彼は先代のハーラン侯爵からの忠臣で現侯爵も信頼している人物だった。彼はこの遠征には反対だったが侯爵が強硬な態度で聞かなかったため、せめて同行して彼を守ることにしたのだ。


「昔からお前は慎重すぎるのだ。モルドの蛮族どもに何が出来ると言うのだ。そんなことよりフォレスト公爵家だ。奴がいない今がチャンスではないかっ!」


 熱く語るハーラン侯爵に老騎士ノーウェイは考えを巡らせる。予想される当面の数の上ではハーラン侯爵軍が圧倒しているが、戦略上の橋頭堡となるグランの街を速やかに落とせない場合は、フォレスト公爵軍が各地から集結してくることも考慮しなくてはならない。そしてモルドゴル大平原を越えて進軍している侯爵軍は、現在補給線が延びてしまっていることも気がかりだった。


 ノーウェイがそんな事を考えていると、ハーラン侯爵は下品な笑みを浮かべて呟く。


「ぐふふふふ、フォレスト家のレーティア嬢は美姫じゃからなぁ、今から楽しみじゃわい」

「侯爵閣下、レーティア公女は十やそこらの小娘と聞きまするが……」


 ノーウェイが窘めるように言うと、ハーラン侯爵は鼻を鳴らすと嗜虐的な笑みを浮かべる。


「だから何だと言うのだ? あの娘を穢しきってあのいけ好かないアルバートの眼前に晒してくれるわっ!」

「っ!?」


 ノーウェイが顔を顰めていると、後方から伝令が駆け寄ってきた。


「伝令! 伝令ですっ!」

「閣下の御前であるぞ、何事かっ!?」


 ノーウェイが叱りつけるように叫ぶと、伝令は馬から飛び降りてその場で傅く。


「申し訳ありません、閣下。ノーウェイ様」

「ふんっ、まぁいい。それでどうしたと言うのだ? モルドの蛮族でも攻めてきたのか?」


 ハーランが興味なさそうに尋ねると、伝令の騎士は大きく頷いて答える。


「はっ、モルドの騎兵が後方の補給の中継地を次々と襲撃しているとのことです」

「なっ!? なんだと? 数は?」

「い……いえ、それが不明です」


 不確かな伝令の言葉にノーウェイは顔を顰める。彼の嫌な予感は当たってしまっていたのだ。


「ノーウェイ、何を慌てておるか。今すぐ二万ほど率いて八つ裂きにしてこい」

「し……しかし、ワシは閣下の護衛ですぞ?」

「ははははは、二万連れていっても俺の周りには五万はいるんだぞ? いいから行って来い。中継地を奪われるわけにはいかんだろう。しっかり蹴散らして反抗できないようにしろ」


 ノーウェイは侯爵の周りから離れるべきではないと考えていたが、侯爵の考えが変わらないことも理解していたため、仕方がないと頷くと周囲の兵に向かって叫ぶ。


「後続部隊はワシに続けっ! 補給拠点の援護に向かうぞっ!」


 こうしてノーウェイ率いる二万が、襲撃を受けたという補給の中継地に向かって出発することになった。


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