表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
【南方聖戦編】
114/130

第114話「強者問答」

 ハーランの街でクレスと話し合ってから十日程が経ったころ、フィアナは単独でモルドゴル大平原を横断しようとしていた。途中まではクレスたちも同行していたが、彼らはそれぞれの部族に連絡するために別れのである。


 数日前モルドアンクに辿り着いた時、馬に荷物を積んだ状態では踏破は難しいと感じたフィアナは、荷運び用の馬を用意して貰おうとしたところ、そこで懐かしい姿を見た。


 それから数日ひたすら走り続けていると、ようやく前方にモルドゴル大平原の北西の町モルドイーラが見てきた。フィアナは自分の馬を撫でながら右後方を見て労うように声を掛ける。


「フィーナ、ナターク、もう少しだ。頑張ってくれっ!」


 彼女がモルドアンクの厩舎で選んだのは、かつてソフィたちと共に大平原を旅した羊馬(ヤクル)のナタークだった。フィーナというのはイスコロの町から乗ってきた馬の名前である。


 普段ならもう少し馬を気遣う乗り方をするフィアナだったが、今は速度を優先しているためフィーナにもかなりの疲労が見える。ナタークに関しては羊馬(ヤクル)は馬に比べて体力のある種族なので、まだまだ余裕がありそうだった。


「クリリやクレスさんは大丈夫かな?」


 フィアナは後を振り向いて呟くが、迷いを振り洗うように首を横に振って前を向く。彼女はある使命を帯びてグランの街に向かっているのだ。


「とにかく急がなくてはっ!」


 彼女は決意を新たにそう呟くと、手にした手綱に力を込めるのだった。



◇◇◆◇◇



 一方クレスたちは、『戦の祭壇(オルターヴァル)』と呼ばれる土地に来ていた。モルドアンクの近くにある部族の集落(バッパー)に寄ったところ、すでにハーラン侯爵軍がモルドゴル大平原に向かっていることは知っており、部族間会議が行われることを聞いたのだ。


 その話を聞いたクレスたちは、それぞれの部族の集落(バッパー)には帰らず一路『戦の祭壇(オルターヴァル)』に向かったのだ。先のルスラン帝国との大戦の時も、獣の神子(シャーメ)が活躍した大戦の時も、各部族が集まって話す時はこの場所と決まっていた。


 クレスたちが馬を降りて会場の警備についていた部族の男たちに近付くと、男たちは怪訝そうな顔で槍を向けてくる。


立ち止まれ(ドマーラ)どこに部族の者だ(ウェゼ イェーイ)?」

私は(ウェゼ)、クレス・モルガル」

「ザガロ・モルダーだ」


 クレスとザガロの二人が名乗ると警備の男たちは驚いたが、お互いの顔を見合わせると道を開けてくれた。追放処分になっているクリリが、この会場に来ると話が面倒になるため彼女は別行動を取っている。


 会場に入ると石で作られた壇上を取り囲むように篝火が焚かれており、その中心で各部族の(オップ)たちが円を描くように座っていた。各部族の(オップ)の他にも、その部族の主要な人物も混ざっており、モルガル族からはクレスたちの父のモイヤー、そして兄のリムロも同席している。


戦うべきだ(モス ベックトー)

待て(ドマーラ)! 戦力差が(ステーク ヴェスリゥ) 大きすぎる(グロート)

「|モルドの民の誇りを忘れたのか《ワーム モルド トローズ》?」


 静観派と抗戦派で意見が纏まらず部族会議が難航しているのか、全体的に重い雰囲気が流れていた。そんな会場内に姿を現したクレスに、モルドの民の(オップ)たちは怪訝そうな顔をしている。彼女の顔をしっているモルガナ族は目を見開き、父であるモイヤーが立ちあがると驚きながら叫んだ。


「クレス!? |何故、お前がここにいる《ヴァンボー イーヤ 》?」

久しぶりだな(ヒィラング)親父殿(ヴァダー)


 クレスは挨拶もそこそこに壇上から伸びる祭壇に登っていき、注目している(オップ)や主要な人物たちに告げる。


私は(ウェゼ)、クレス・モルガル。誇り高きモルドの民よ(モルド トローズ)、|話を聞いて欲しい《イケ ヴァン ヌ オーラ》」


 その言葉に少しざわめいたが会議が難航していたこともあり、(オップ)もまずは話を聞くことに決めたようだった。


 クレスはハーラン侯爵の大軍がこのモルドゴル大平原に向かっていること、その遠因が帝国内で起きている内戦であることを伝え、ハーラン侯爵軍が十万以上を有しモルドの民の戦力ではとても戦いにならないことを説いた。


 それは真実であり(オップ)もよくわかっていたが、いきなり現れた小娘にそんなことを言われては治まりがつかない。特に抗戦派のモルオン族の(オップ)、モルオンが声を荒げた。


モルガルの小娘(ドゥケェ モルガル)! 突然来たかと思えば(ワンポーツリー)|モルドの民の誇りを忘れたのか《ワーム モルド トローズ》!?」

笑わせるな(ニット)モルオン族の長(モルオン オップ)! |滅びるのが《ワット ゼー ヴァンガル》|モルドの民の誇りだとでも言うつもりか《ワーム モルド トローズ》!?」


 比較的身長が高いクレスよりも二回りは大きな偉丈夫であるモルオンにも一歩も引かず、大喝すると会場が一瞬静まり返った。


モルガルの小娘ぇ(ドゥケェ モルガル)!?」


 モルオンがワナワナと震えながら声を荒げた。しかし、クレスは鼻で笑うと手にした槍をモルオンに向ける。


モルオン族の長(モルオン オップ)! ここは(デイプラート)戦の祭壇(オルターヴァル)』だぞ?」

「ぐぬぬ……いいだろうっ!(ダ グーデン)


 モルオンは顔に青筋を立てながら立ちあがると、後ろにいた部族の者に大剣を受け取ると壇上の中央に進み出る。それに対してクレスも戦の祭壇(オルターヴァル)から降りて、壇上の中央まで歩いていく。


 戦の祭壇(オルターヴァル)は、この会議の最終決定を告げる場所であり、そこでの宣言に異を唱える際は、口ではなく力を示さなければならないと言われている。つまり力尽くで引きずり下ろすしかないのだ。これは強き者を尊敬するモルドの民たちに即した決め方だった。


 壇上に集まっていた(オップ)もそれはわかっていたので、速やかに壇上から離れて戦いの場所を空けていく。


モルガルの小娘(ドゥケェ モルガル) 掛かって来い(モス ベックトー)っ!」


 モルオンが巨大な大剣を構えると、クレスもニヤリと笑って槍を構えると短く深呼吸して身体強化を発動させた。光輝くクレスにモルドの民たちは眉を顰める。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 モルオンは雄叫びを上げクレスに向かって突撃すると、壇上を砕き割る勢いで大剣を振り下ろす。クレスはそれを見切って横にズレるように躱した。そして槍を回して石突きを跳ね上げてモルオンの顎を狙う。


「ぐぬぅ!」


 モルオンは跳ね上がってきた石突きを、顔を逸らして躱すと後に跳んで距離を取った。その左頬は顎からざっくりと切れて鮮血を噴き出した。モルオンはそれを右手の甲で拭うと再び大剣を構える。その目は先程まであった侮りの色が消え、猛獣と対したときのような緊張感があった。


 その目を見たクレスはグッと槍に力を入れる。


「こいつは……こっちも気合を入れなきゃダメかね」

「ぬぅおぉぁぁ!」


 モルオンは気合いがこもった蛮声と共にクレスに駆け寄ると、先程のように大降りで大剣を振り下ろした。先程よりは速かったが、クレスに躱せないほどの速度ではない。同じように右にズレるように躱したが、そこで目を見開いた。


「ウォラァァァ!」


 モルオンは大剣を地面に叩き付けると同時に、クレスに突っ込むように剣を薙いできたのだ。それは巨漢とは思えぬ俊敏さにクレスは完全に虚を突かれていた。槍でのガードが間に合わないと悟ったクレスは、槍を手放して左手で剣の(ガード)を掴んで受け止める。


何っ(ワーム)!?」


 自分より遥かに小さく軽量なクレスに、片手で動きを止められたモルオンは目を見開いて硬直する。そして、その隙を見逃すクレスではなかった。モルオンに潜り込むように身体を捻ると、右拳でモルオンの顎を跳ね上げたのだ。


「グヴォァァア!」


 モルオンは宙に浮くと、そのまま壇上で大の字に倒れる。クレスは落ちていた槍を拾うと、倒れているモルオンに向ける。


まだやるのかい(デ ステーデン)?」


 モルオンは大の字で倒れたまま右手を上げると、やや聞き難い声で答える。


「エ……もう異論はない(エン ヴィズワー)


 この結果に(オップ)たちはざわめいたが武闘派であるモルオンがやられたことで、この場でクレスに勝てる者はいないと察して、彼らは彼らの掟に従うことにしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ