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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
【南方聖戦編】
113/130

第113話「東の勇者」

「ぷはぁっ!」


 フィアナは汗だくになりながら、敷物の中から顔を出すと新鮮な空気を深く吸い込む。そんな様子に御者台の老人は笑いながら尋ねてくる。


「ははは、嬢ちゃん大丈夫か?」

「は……はい、ありがとうございました。バロックさん」

「なぁに、良いってことよ」


 バロックは笑いながら手を振っている。街の外で声を掛けてきたのは、モルドゴル大平原で度々一行に話しかけてきた織物商人のバロックだった。護衛には前回と同様にモルダー族のザガロがついていた。


 検問で困っていた二人が事情を話すと、バロックもザガロも街に入るための協力を申し出てくれたのだ。バロックからすればモルドの民に被害がでれば、彼らと商売をしている彼自身の問題でもあったし、ザガロにとってもモルドの民に大きな危機が迫っていると聞けば、協力は惜しむものではなかった。


 聖騎士であることがバレるとまずいフィアナは、バロックが運んできた敷物の束の中に隠れることになり、クリリはフィアナの馬を引きながら護衛の一人としてザガロと共に馬車の横についた。


 門を通るときにモルドの民を見咎められ門番に止められたが、バロックが少し握らせると門番は上機嫌になり一行を快く通してくれたのだ。長く戦がなかったとは言え杜撰な警備体制である。


「それで嬢ちゃん、どこに向かえばいいんだね?」

「冒険者ギルドに向かっていただけますか?」

「了解だ」


 バロックは手綱をしならせると、そのまま冒険者ギルドがある港に向かって馬車を進めるのだった。



◇◇◆◇◇



 冒険者ギルドに着くとフィアナたちを下ろして、バロックは宿に向かっていった。しかし護衛に付いていたザガロは、フィアナたちに付いてくることになった。


 冒険者ギルドに入ると以前とは違い、中はピリピリと緊張した雰囲気が漂っていた。フィアナは首を傾げながらもカウンターに向かう。カウンターの前に立つと以前会った受付嬢が笑顔で尋ねてきた。


「冒険者ギルドにようこそ。今日はどのような……」

「クリス姉はどこだ~?」


 いきなりカウンターに飛びかかれた受付嬢は驚いていたが、すぐにクリリの顔を思い出したのか怪訝そうな表情を浮かべている。


「貴方は、確か……クレスさんの妹さん?」

「すみません。クレス・モルガナさんに会いたいのですが」


 フィアナが頭を下げて尋ねると受付嬢はすぐに営業スマイルに変わり、後にある掲示板を確認してから尋ねてきた。


「クレスさんは部屋にいるようですが、念のために確認してきます。貴女たちのお名前は?」

「フィアナ・フェル・ティーです」

「クリリだぞ」

「ザガロだ」


 それぞれが名乗ると、受付嬢はそれを書き取って近くにいた職員に渡す。メモを渡された職員はそれを持って、二階のクレスの部屋に確認に向かった。


「すぐに戻ってくると思いますので、そこの椅子に座ってお待ちください」


 フィアナたちが振り返るとそこには長椅子があり、受付嬢に言われるままその椅子に座った。しばらく待っていると、先程メモを持って行った職員が近付いてきた。


「お待たせしました。クレスさんがいましたので二階へどうぞ~」

「ありがとうございます」


 フィアナはお礼を言うと、クリリたちと共に二階のクレスの部屋に向かうのだった。



◇◇◆◇◇



 二階にあるクレスの部屋に通されると、クレスが椅子に座って寛いでいた。フィアナたちが入ってくるとクレスは手を軽く上げて挨拶してくる。


「よく来たな。アンタたちだけかい?」


 クレスはフィアナとクリリだけだったことに、疑問を感じたのか少し首を傾げている。


「はい、ソフィ様たちとは今は別行動です」

「ふ~ん、まさか何か悪さをして神子(シャーメ)に追い出されたわけじゃあるまいね?」

「違うぞ、クレス姉っ!」


 クレスがからかうように言うと、クリリは両手を挙げて怒りだした。そんな妹にクスッと笑うと、彼女たちの後ろに立っている男に視線を移して、怪訝そうな表情を浮かべながら尋ねる。


「それで……なんでアンタがいるんだい? アンタ、モルダー族のザガロだろ?」

「あぁ、久しぶりだな。まずはこいつらの話を聞いてやってくれないか?」


 彼女とザガロは顔見知りのようで簡単に挨拶を交わすと、さっそく話を切り出してきた。クレスも小さく頷くと作戦机の方を指差して


「そうかい……それじゃ。そっちで聞こうかね」


 と言って、席を立つと作戦机の方へ移動した。フィアナたちも頷くと作戦机の席に座る。作戦机にはハーランの街と近海の地図が広げられており、灯台島の近くにいくつか駒が置かれている。


「あぁ、すまないね。昨日まで灯台島の調査に行ってたんだよ」


 クレスは地図を片付けながら、幽霊船の調査結果を教えてくれた。彼女の話では、昨晩まで幽霊船の調査の一環で灯台島の調査をしていたらしい。結果としてはあの事件以降、幽霊船は現れておらず、犯人はあのフードの男ということで決着がついたとのことだった。


「それじゃ、いまハーラン……いえ、ルスラン帝国で起きていることは知らないんですか?」


 フィアナが尋ねると、クレスは再び怪訝そうに眉を顰める。いきなり話の規模が大きくなったからだ。


「ふ~ん、なんか下の連中がピリピリしているのと関係してるのかね? とりあえず話してみなよ」

「はい、実は……」


 フィアナはクレスにカサンドラの起こした聖戦やハーラン侯爵の出征、それに伴いモルドの民が危険なことを告げる。始めは小さく頷いていたクレスだったが、最後には呆れた様子で首を横に振っていた。


「確かに……ハーラン侯爵の軍がモルドゴル大平原を通ろうとすれば、モルドの民は反発するだろうねぇ。親父殿はもちろん、爺様だって我先にって駆けつけそうだよ」

(オップ)なら、絶対来るな!」


 クリリは嬉しそうに同意した。彼女たちの祖父や父は戦士の出身で、モルドの民の誇りを守るためなら命すら惜しくないといった感じの人物である。この考え方はモルドの民の男衆なら殆どが同じような考え方をする。


「話はわかったが、私に何をしろって言うんだい?」

「えぇ、モルドの民に軽はずみな行動をしないように説得して欲しいのです。このままではモルドゴル大平原は血に染まってしまいます」


 フィアナが必死に説明すると、クレスは瞳を閉じて顎を擦りながら少し考え込んでいる。やがて考えがまとまったのか、瞼を開くとクリリとザガロを見つめる。


「なんで私なんだい? クリリやザガロ、アンタたちでもいいだろう?」

「俺もさっき聞いたばかりだし、こいつらに会ったのも偶然だからな」

「クリリは、(オップ)に会いに行ったら怒られるぞっ!」


 ようやく納得したのかクレスは大きく頷くと、少し恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。


「なるほどね……アンタたちの言いたいことはわかったよ。確かに追放になったクリリの話じゃ、モルドの民は話すら聞かないかもしれんな。でも私も勘当寸前で飛び出てきた口だからね。親父殿たちは私の話も聞かないと思うがね」

「クレス姉ぇ!」


 あまり気乗りしない様子のクレスだったが、妹の期待に満ちた瞳に押されていき、やがて諦めたように肩を竦めた。


「あぁ、わかったよ。まったく、とんだ里帰りになりそうだ」


 協力を決めたクレスは、作戦机の下から地図を取り出すと机の上に広げた。その地図は先程の物とは違いモルドゴル大平原の地図だった。モルド語で書かれていたため、フィアナには読めなかったが位置関係から大まかに判断することにした。


「それで? ハーラン侯爵軍はもう出発しているのかい?」

「いや、俺はバロック爺さんの護衛でモルドゴルから来たが見なかった。おそらくまだ出発してないんじゃないか?」


 そう答えたのはザガロだった。クレスは大きめの駒を地図の外に置いた。


「さっきの話だと噂はだいぶ前からあったんだよな? モルダー族は聞いてなかったのかい?」

「いや、どうだろうな? しばらく集落(バッパー)には帰ってないからな」


 ザガロは商人の護衛で生計を立てているため、いつもはモルドイーラやモルドアンクに住んでいる。その為、集落(バッパー)にはあまり寄りつかないのだ。


モルガル族(うち)は通常なら、ここ……モルダー族はこの辺だったか?」

「おーそうだな」

「あぁ、だいたいあってる」


 クレスが示した場所を見てクリリとザガロが頷く。モルドの民は遊牧民だが季節でだいたい決まった位置にいるため、知ってさえいれば位置を割り出すことは容易だった。


「まぁ行ってみなきゃわからんか……えっとフィアナだったか、アンタはどうするだい?」

「はい、私はグランの街を目指します。フォレスト公爵ならハーラン侯爵の動きは察知しているでしょうが、一応報せなくては! 戦になればグランの街が最前線になるでしょうし」


 フィアナの真剣な表情だったが、クレスは呆れた様子で尋ねる。


モルドの民(うち)には戦わないように勧めるくせに、帝国民(アンタら)は戦いを選ぶのかい?」

「そ……それは」

「いや、わかってるさ。相手は十万以上、モルドの民(うち)の戦士団は集めても一万ぐらいだからねぇ。だが、おそらくモルドの民(うち)は戦いを選ぶと思うよ」


 クレスは確信を持って言っていた。彼女の中に流れるモルドの民の血が、彼らの歴史が、モルドゴル大平原を蹂躙する軍隊を許さないと語っているのだ。


「そこでだ! こういうのはどうだろうか? 帝国民(アンタら)の協力が必要だが……」


 クレスはニヤッと笑うと、地図上にいくつか駒を並べ始めたのだった。

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