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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
【南方聖戦編】
111/130

第111話「聖戦の裏側で」

 ソフィたちが旅立ちを決める数日前、西の大貴族であるギント侯爵の元に帝都から書状が届いていた。ギント領の領主はまだヨーム・エフ・ギントであり、養子であるハートス・ギントは後継者としてヨームから指導を受けている最中だった。


 ヨームは執務室で使者が持ってきた書状を読んだあと、それを側に立っていたハートスに手渡す。そして彼が一通り読むのを待ってから彼に向かって問い掛ける。


「ハートス、お主はどう思うか?」

「勅命とあらば、帝都の危急に駆け付けるのが臣たる侯爵家の務めかと」


 ハートスは自信に満ちた表情でそう答える。彼は若く聡明で文武に長けている青年だった。そんなハートスが付け加えるように続けた。


「しかし我がギントは、先の事件の影響で地盤が揺らいでおります。現状を省みるに兵を出すのは早計でしょう。それに聖騎士団を率いているのは、アルカディア家であると聞いております」

「そうじゃのぉ」


 ヨームは瞼を閉じて頷く。その瞼の裏には巨大な犬の魔獣を打ち抜いた、光輝く聖女の姿が鮮明に残っている。あの一撃によってギント家は崩壊を免れたと言っても過言ではなかった。


「大司教猊下には多大な恩があります。彼女たちに敵対する道は選びたくありません」

「うむ」


 その想いは実際に彼女の活躍を目にしたヨームの方が大きかった。しかし、ここで聖騎士団側に付けば、万が一カサンドラ派が負けた場合、ギント家は間違いなく生き残れないだろう。


 ヨームはしばらく考えたあと頷くと、ハートスを真っ直ぐに見つめる。


「帝都には現在再建中で、ギントから兵は出せないと伝えることにしよう。もちろんワシの名でじゃ」


 ハートスは少し驚いたが、ヨームの「責任は自分が取る」という意思を感じ、そのまま押し黙った。自身の力不足を感じながら押し黙るハートスに、ヨームは優しげに微笑み掛ける。


「そんなに心配するな、どうせワシは老い先短いからな。それよりハートス、お前に頼みたいことがある」

「はい、何でしょうか?」

「我々は大手を振って兵を出すことはできない。しかし彼らなら問題ないだろう。お前の口から、彼らに秘密裏に伝えてくれるか?」


 ヨームは多くは語らなかったが、彼の真剣な表情にハートスは力強く頷いた。


「わかりました、必ずや!」


 こうしてルスラン帝国西部の大貴族ギント家はソフィへの義理を通すために、この戦いの参戦を拒否したのだった。



◇◇◆◇◇



 一方その頃、北の地でも暗く重い雰囲気が流れていた。フォレストの街の城館の一室で少女と、老人が報告書に目を通して頭を抱えていた。少女は公爵令嬢レーティア・フォン・フォレスト、老人は執事長のクローベ・シー・オウミルである。


 兄であるアルバートが出征しているため、妹のレーティアが留守を守っているのだが、まだ幼いため実務的なことは残った臣下やクローべが補佐していた。


 その報告書には中央で戦っている兄や聖騎士団の戦況の他に、北部の国境を監視している部隊からの報告、そして東部のハーラン侯爵の動向を探る密偵からの報告である。平時よりハーラン侯爵を信用していなかったアルバートは密偵を放ち、彼の動向を逐次報告させていたのだ。


「やっぱり、お兄様が言っていた通りになったみたい」

「そうですな。ハーラン侯爵なら留守を狙ってくるとは思ってましたが、まさかここまで露骨に狙ってくるとは思いませんでした」


 フォレスト公爵軍は帝国最強の軍隊である。しかし北の国境を維持しなければならないため、全体の総数に比べて動かせる数はかなり少ない。カサンドラに同行したアルバートが、一万しか連れて行けなかったのはそのためである。


「急ぎ対応をしなくてはっ! 東のグランの街に兵を送らなくちゃいけないわ」

「如何ほど送りますか? グランの街は一万ほど駐在しておりますが」

「どれぐらい送れるの?」


 レーティアが首を傾げながらクローベに尋ねると、彼は少し考え込み執務机の上に地図を広げた。そして時間的に召集が間に合う範囲で、各地を指差しながら余剰兵数を上げていく。


「……以上を合計すると、二万ほどですな」

「常備軍を含めて三万? 敵の予測は十万はいるようだけど……」


 あまりの数の差に、レーティアの顔には不安の色が色濃く出ている。そんな彼女を元気づけるようにクローべは微笑みながら励ます。


「レーティア様、ご安心なさいませ。グランの街は強固な都市でございます。三万でも時間稼ぎなら十分可能なはず。その間に西からも召集して向かえば、内外で挟むことができハーラン侯爵の軍如き問題ありません」


 実際は若干厳しいものがあったが、留守を守っているレーティアが不安によって判断を誤ることは避けなければならなかった。


「わかったわ、クローベ。それでは各所に伝令を送って頂戴」

「畏まりました」


 覚悟を決めたレーティアの指示にクローべは深々と頭を下げると、関係各所に伝達するために部屋を後にするのだった。


 ルスラン帝国内で加熱する内戦の中、フォレスト家も自領を守るために行動を開始したのだった。



◇◇◆◇◇



 ルス平原で貴族連合を破った聖騎士団とフォレスト公爵軍は、ゆっくりと帝都に向けて進軍していた。当初の予定ではすでに帝都に着いているはずだったが、貴族連合の妨害や徐々に増え続ける民兵によって進軍の足が止まってしまったのだ。


 先の貴族連合が敗走した際に置いていって物資によって大丈夫だが、このまま進軍を続けていけば兵站の維持にも無理が出てくる。現在はフォレスト公爵領からの輸送で、何とか維持している状況だった。


 そんな状況の中、カサンドラとアルバートは天幕の中で、今後についての話し合いをしていた。


「困ったわね。まさかここまで数が膨らむなんて思ってもなかったわ」

「それほど帝都のやり方に、不満を抱えていた者が多かったのだろうね」

「そうね……」


 アルバートの考えにカサンドラが頷く。事の始まりはノイスとの対立であったが、すでにそんな次元の話では無くなりつつあった。


「まぁ、なってしまったことを嘆いても仕方がないわ。問題なのは今後よ、どう考えているの?」

「そうだな……このまま大軍で南下するのは無理だろう。肥大化した兵站が維持出来なくなる」


 簡易テーブルに広げた地図を見つめながら、答えるアルバートにカサンドラは小さく頷いた。


「後はそうだな……帝都がよほど馬鹿でなければ、ギント家とハーラン家に兵を出させて我が軍に横槍を入れるだろう」


 元々の計画では強行突破して、両家が動き出す前に帝都に雪崩れ込んで片を付ける予定だったのだ。カサンドラは唸り声をあげながら首を傾げる。


「彼らは動くかしら?」

「ギント家の当主ヨーム様は聡明な方だ。我が軍と戦っても無駄な血が流れるだけで、意味がないことはよくわかっているはずだ。しかし万が一ということもある。備えとして我が軍を半分にして民兵を中心に右翼をつくる」


 アルバートが現在地を示す駒の横に駒を置く。カサンドラは黙って頷いて、話を進めるようにアルバートを見つめる。


「ハーラン侯爵は、まず間違いなく動くだろう。彼は忠義に篤い人物ではないから、この戦場に向かわない可能性が高い。この隙を狙って我が領に侵攻を目論むだろう。念のためにこちらに来た時のことを考えて、やはり我が軍の残りと民兵を中心に左翼をつくり、ここの守りにつかせる」


 今度は先程とは逆の場所に駒を置く。そこには放棄された砦があり、そこから東部のハーラン家へ睨みを利かせるのだ。カサンドラは心配そうに首を傾げながら尋ねる。


「フォレスト領のことは大丈夫なの?」

「レーティアたちなら上手く対処してくれるはずさ」


 自分の妹と残してきた臣下を信頼しているアルバートは力強く頷く。カサンドラは本陣を示す駒の上に指を置くと、それをまっすぐ帝都に向けて進めた。


「身軽になった聖騎士団は、そのまま南下するってわけね?」

「その通りだ。これなら兵站も何とかなるだろう」


 アルバートの提案にカサンドラも概ね賛成しており頷く。しかし、彼女には気になることもあった。


「あのノイス(ハゲ)が何か仕掛けてこないかしら?」

「仕掛けると言っても、彼には兵はないのだろう?」

「えぇ帝都の聖騎士団は懐柔されているかもしれないけど、それでもその数は二百ぐらい。でも彼……いえ、聖堂派には妙な噂があるの」


 神妙な物言いにアルバートが首を傾げる。


「妙な噂?」

「どうやら魔獣などの研究を進めていたみたいなの。生物を作り出そうとするなんておぞましい」

「ふ~む……なるほど。そうなると魔獣の対策なども考えておかないといけないな」


 アルバートは小さく頷くと、そのまま対策を考え始めるのだった。

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