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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
【南方聖戦編】
110/130

第110話「聖戦の噂」

 古城から脱出した聖女巡礼団は、イスコロという小さな町に滞在していた。エリザの行方も気掛かりだったが行方がわからず、キースも目覚めなかったからである。外傷などはなくダメージの蓄積が影響していると言うのがイサラの見立てだった。


「キースは、私が看てますから」


 とイサラが申し出たので彼の世話は彼女に任せて、ソフィたちは宿の一室を借りて町の住人の治癒などをして過ごすことに決めた。イスコロは聖堂もないような小さな町で、治癒術が出来るソフィたちは住民たちに歓迎されていた。この町でも魔獣の被害が出ていたため、怪我人がたくさん出ていたのだ。


 しかし、すでに半月ほど滞在しているため重傷人はほとんど治療が終わっており、治療に訪れるのは仕事中にケガをした職人や近所に住んでいるお年寄りぐらいだった。


 今もソフィの前には老婆が座っており、治療が終わっても帰る気配がない。


「本当にね。最近はすぐに腰が痛くなってね。ソフィちゃんに治癒してもらうとすごく調子のいいの」

「それは良かったです。お身体には気を付けてくださいね」

「本当にソフィちゃんはいい子ね。孫の嫁に来ないかしら?」


 いきなり孫の紹介を始める老婆に、ソフィは苦笑いを浮かべながらも話相手を務めている。ソフィが捕まっている間に来た患者はマリアが対応していた。


「なんだよ、今日はマリアちゃんか? こいつぁツイてねぇぜ」


 マリアの前の席に座った職人風の中年男性は、頭を掻きながら天を仰ぐように残念がる。対するマリアは呆れた様子で答える。


「おじさんのは慢性的な腕の痛みでしょ。わたしの治癒術で十分だよ」

「いーや、ソフィちゃんの治癒術を受けると、数日は痛みがスーッと引くんだぜ。きっと滲み出る優しさが違うんだ」


 慢性的な痛みを伴う症状は状態固定してしまっているため、ソフィの治癒術でも完治はしない。そのためマリアの治癒術でも大した違いは無いのだが、彼からすれば大違いのようだった。


 文句を言ってくる男性の右手に治癒術を施すと、彼の二の腕を思いっきり引っ叩く。パチーンと痛そうな音がすると男性は二の腕を押さえながら立ち上がった。


「いてぇぇ」

「はい、終わりだよっ! さっさと行くっ!」


 男性は何か文句を言いたそうだったが、ぐっと堪えてスゴスゴと帰っていった。マリアがソフィの方を見ると丁度老婆が帰っていくところだった。


「聖女さま、終わりましたか?」

「えぇ……」


 そう返事をしたソフィは浮かない顔で首を傾げている。そんな彼女にマリアが尋ねる。


「何かあったんですか、聖女さま?」

「さっきのご婦人のお孫さんが最近兵士になったと言っていたの。この辺りの領主が兵を集めるなんて変だなって思って……」


 ルスラン帝国は北部の全域と東西の一部が他国の国境と面しており時々戦が起きていたが、このイスコロの町がある南部は長年戦争が無い地域だった。そのため帝都を除く南部の領主は、最低限の兵士しか所有していないのが普通だった。その領主が突如徴兵を開始したという話に、ソフィは不穏な空気を感じていた。


 そして、その理由はすぐに判明することになる。キースの代わりに依頼(クエスト)完了の報告をするために、ハーランに向かっていたフィアナとクリリが戻ってきたのだ。


 大きな音と共に開け放たれた扉から、フィアナが慌てた様子で入ってきた。


「ソ……ソフィ様、大変ですっ!」

「どうしたの、フィアナちゃん。そんなに慌てて?」


 ソフィはテーブルから水差しを持ち上げると、コップの中に水を入れてフィアナに差し出した。フィアナはそれを受け取り一気に飲み干すとようやく一息つく。そして落ち着きを取り戻したフィアナの口から、驚くべき事実が発せられるのだった。


「カサンドラ様……いえアルカディア聖堂長がシリウス大聖堂にて挙兵! 南部に向かって進軍中とのことです」

「えっ!? 叔母様が? どうしてそんなことを……」


 予想もしていなかった事態に、ソフィは信じられないと言った様子で首を横に振るのだった。



◇◇◆◇◇



 その後クリリが戻ってきたので、イサラを交えて食事をしながら状況整理をすることになった。現在は宿の一階にある酒場で丸机を囲んでいる。


「それで……もう一度最初から聞かせてくれる?」


 イサラが首を傾げながら尋ねるとフィアナは小さく頷いて、ハーランで聞いた話を彼女たちに聞かせていく。


 彼女が集めてきた話では、一月ほど前シリウス大聖堂のカサンドラ・エス・アルカディアが、自身の配下である聖騎士団二万と共に南下を開始した。それから数日後、その動きを察知した帝都はすぐに意図を確認する使者を送ると共に、各地の貴族に帝都への侵攻の阻止を指示した。


 そして半月ほど経った頃、帝国中心部にあるルス平原で聖騎士団は貴族連合軍と会敵することになる。その数は五万ほどだったが、驚くべきことに貴族連合はあっけなく敗走することになる。


 帝都に伝わった情報にはなかったが、聖騎士団には北の若獅アルバート・フォン・フォレストとその軍一万が協力していたのだ。さらに帝都の政策に不満を持っていた国民や、今回のノイスの決定に納得できなかった敬虔なシルフィート教の信徒たちも参加しており、その規模は五万を越えるほどになっていたのだ。


 熟練の北部の軍や聖騎士団を中心に士気が高い信徒たちの姿に、戦争もなく緊張感もなく過ごしていた貴族たちは戦う前から恐怖し、あっという間に蹴散らされてしまったのだ。


 ここまで来てカサンドラの行動が、ようやくフォレスト公爵と共に起こした反乱であると認識した帝都は、常備軍のいる大貴族たちにも援軍を求めることになる。西部のギント侯爵と東部のハーラン侯爵である。


 その中でハーラン侯爵は、すでに軍を動かし()()に向けて、進軍の準備しているとのことだった。元々フォレスト公爵家とはあまり仲が悪く、領主であるアルバート不在の隙にフォレスト領への進軍を決めたようだった。


「なんてこと……」


 あまりの驚きにソフィは口を押さえて首を横に振る。イサラは真剣な表情でフィアナを見つめると確認するように尋ねる。


「アルカディア聖堂長が、私利私欲で軍を動かすとは思えません。何があったんですか?」

「それがよくわからないんです。事の発端は両聖堂長の対立ということなんですが、色んな憶測が流れてて……」

「どんな内容ですか?」

「なんでもソフィ様を廃して新しい指導者を作ろうとしたとか、何か禁忌に触れることをしたとか、ただの権力争いであるとか……そんな噂が多かったですね」


 フィアナの言葉にイサラは少し考え始めた。カサンドラは元々ノイスの相手をまともにしていなかった。彼女が動くとしたら、それは愛する姪であるソフィのためである。


「猊下、どうしますか?」

「とりあえず止めなくちゃ……でもどうすればいいのかな?」


 大司教とは言え十九歳の少女であるソフィには、ここまで大事になってしまうと対処は難しかった。そもそも彼女の後ろ盾であるカサンドラが、内戦を始めた張本人である。


「いくつか方法がありますが……まずアルカディア聖堂長にあって事情を聞く必要があるのではないでしょうか?」

「そうか……そうだね、まずは叔母様に会わなくちゃ」


 イサラの提案にソフィは納得したように頷く。そこにフィアナが困ったような表情で訪ねてくる。


「聖騎士団も気になるのですが、ハーラン侯爵の動きも……」

「そうよね。フィアナちゃんは北部出身だし、ご家族が心配だよね」

「クリリも心配だぞっ!」


 クリリが元気良く主張する。ハーラン領からフォレスト領に進むためには、彼女が住んでいたモルドゴル大平原を通らなくてはならないが、自由を脅かす行為として大平原に軍隊が入ることを嫌うモルドの民が、そのまま通すとは思えなかった。


 しかし両者の衝突となれば少なくない血が流れることになる。賢い者なら自軍より圧倒的な数がいる軍隊に喧嘩を売ったりしないが、勇敢なモルドの民なら間違いなく行動に移すはずである。クリリが心配しているのはそこだった。


「それでは貴女たちは戻って、ご家族にこの事を報せなさい」


 イサラの提案にフィアナは驚いて目を見開く、そしてすぐに首を横に振った。


「しかし、私はソフィ様の護衛をっ!」

「フィアナちゃん、私なら大丈夫よ。私たちは中部に向かって叔母様に会い行くから、家族の安全が確認出来たら戻ってきてくれる?」

「ソフィ様……わかりました」


 ソフィに諭されたフィアナは小さく頷いた。イサラは続いてクリリの方を向くと話を続けた。


「貴女は追放された身ですから、クレスさんを頼りなさい。きっと彼女なら上手く対処してくれるでしょう」

「わかったぞ、クレス姉だなっ!」


 クリリはまったく考えてないと言った様子で頷いた。彼女なりにイサラは信用できる存在になっていたようだ。そしてイサラはソフィの方を向き直すと、少し困ったような顔を浮かべた。


「それで猊下、私は……」


 そんな彼女が切り出したのはキースのことだった。寝たきりの彼のために、彼女はここに残りたいとの希望したのだ。この局面でイサラと別れるのは辛かったが、それが彼女の選択であればとソフィも快く了承した。


「あの馬鹿が起きたら、必ず追いつきますので」


 こうして聖女巡礼団は、それぞれの目的に向かって動き出すことになったのだった。

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