第108話「神魂の大釜」
カタルフを追いかけていたソフィたちは、広場のような場所に踏み込んだ。石造りの部屋で六角形をしており、左右の壁には無数の柱が立っていた。そして、その柱の奥は暗闇に覆われている。
「聖女さま、嫌な予感がします」
「私もよ、マリアちゃん」
「ソフィ様、何か来ますっ!」
何かが動く音を聞いたフィアナとクリリが、ソフィを中心に武器を構える。しばらくして柱の影から鎧が大量に溢れ出してきた。
ガチャガチャと金属が揺れる音を立てながら、あまり機敏とは言えない動きで近付いてくる鎧に、フィアナが剣を突きつけて叫ぶ。
「貴様ら、何者だっ!」
「…………」
しかし鎧たちは無言のまま、ただソフィたちに向かって歩みを続けている。ソフィは眉を顰めながら先程の大鎧を思い出していた。
「たぶん外にいたのと同じリビングアーマーだね。大して強くはないと思うけど、この数を相手にしていては……」
百に届きそうなぐらいの鎧の群れである。ソフィたちであれば対処可能だが、かなり時間が掛かってしまう。その間にカタルフが逃げてしまうのは確実だった。
「フィー! クリリ! ここはわたしたちがっ」
「おー任せろ~」
「わかってる。ソフィ様は先に行ってください。ここは私たちが何とかします」
マリアたちが真剣な表情でそう言うと、ソフィは驚いて声を上げた。
「えぇ!? でもマリアちゃんだけじゃ」
「大丈夫だよっ! ……って、きゃっ」
マリアがニカッと笑うと、背中からレオが駆け上がって彼女の頭に乗った。
「レオくん、重いよ~」
「がぅ!」
「レオ君も残ってくれるの?」
「がぅがぅ!」
マリアの頭の上で澄ました顔で鼻を突き上げると、自信満々の様子でフンッと鼻を鳴らした。その様子にソフィは微笑むと力強く頷いた。
「わかったわ。それじゃ、ここはお願いね」
「はいっ!」
しかし話している間に取り囲まれてしまっており、カタルフが逃げたと思われる通路も鎧の壁によって塞がれてしまっていた。ソフィが強行突破しようと拳を握った瞬間、マリアの頭の上でバチバチと何かが弾ける音が聞こえ始め、巨大な雷球が発生してた。
「ぐるるるるる……ガァァ!」
レオが吠えると雷球から極太の雷撃が放たれて、鎧たちを薙ぎ払い通路までの道を作ってくれた。
「ありがとう、レオ君っ!」
ソフィはレオにウィンクして微笑むと、雷撃で出来た道を駆け出す。頭の上で雷撃を使われたことで、髪の毛が爆発したようになったマリアをクリリがゲタゲタと笑い始めた。
「あははは、マリーア! 頭すごいぞっ!」
「うるさいっ! レオくん、頭の上で雷撃はやめてって言ってるでしょ!?」
「ギリギリギリ」
マリアの苦情だったがレオは特に気にした様子はなく、歯軋りをしてソッポを向いている。どこかゆるい雰囲気のマリアたちに、フィアナが嗜めるように叱りつける。
「貴女たち、敵に囲まれているのよっ! もっと集中してっ!」
「りょーかーい」
「おー任せろ~」
マリアは盾を構えて鎧の群れに突っ込むと、身体強化を発動させて力任せに弾き飛ばす。鎧はバランスが悪いのかバタバタと倒れると、立ち上がるのに苦労しているようだった。そこにレオが飛びかかり、その爪で鎧で引き裂くとコアを破壊していく。
クリリはジャンプすると鎧の肩に飛び乗って、後ろに回り込みながら頭を掴む首から胴に向けて短剣を差し込む。胴体部分にあるコアを砕き割ると、鎧は関節がバラバラになって崩れ落ちた。クリリは崩れる前に次の鎧に飛び乗っている。
そんな二人の動きに驚きながら、守護聖衣で盾と鎧を生成すると、盾を前に出しながら接近して騎士剣で胴を突き刺していった。
一体一体の強さは大したことはなかったが、とにかく数が多いため完全に足止めを食らってしまう。それでもフィアナたちは、先にいったソフィを追いかけさせないように必死に戦うのだった。
◇◇◆◇◇
先に進んだソフィが通路の行き止まりにある扉を開けると、目の前に大きな釜が鎮座しており左右には螺旋状に階段が伸びていた。あまりの大きさにソフィは見上げながら、イサラから聞いた名を呟く。
「ひょっとして、これが『神魂の大釜』?」
その声に反応したのか、大釜の影から手を叩く音が聞こえてくる。ソフィがそちらを見るとカタルフが拍手しながら姿を現した。
「小娘如きがよく知っていたな、そう……これが『神魂の大釜』じゃよ」
「カタルフ司教っ! 貴方は何を企んでいるの!?」
ソフィの問いかけに、カタルフはゆっくりと彼女に近付きながら答える。
「ワシの目的は昔から変わっておらんよ。カトラスめは理解しなかったがのぉ」
懐かしむような口調で祖父の名前を語るカタルフに、ソフィは戸惑いながら叫ぶ。
「貴方はお祖父様が破門にしたはずでしょ!?」
「ふぉふぉふぉ、奴はお前に理由は話さなかったようじゃな……よいじゃろう、浅学な小娘にワシの崇高な研究を教えてやろう」
ソフィの前まで来たカタルフは両手を広げると、ソフィは警戒したように拳を構えた。
「ワシの研究は……『神の創造』じゃよ。貴様はおかしいとは思わんのか? 女神シルは全てを見守っているはずなのに、苦しむ者を助けようともしない。そんな虚ろなものではなく目に見える神を信仰する。それが聖堂派の目的でありワシの研究じゃ!」
自慢げに『神の創造』と言われ、ソフィは困惑した表情で首を横に振る。
「貴方は何を言っているの? 人の手で神を作ろうなんて正気ではないわ」
「貴様もカトラスと同じく理解せんか……まぁいい、この『神魂の大釜』によってワシの研究は成就したのじゃからな!」
カタルフがそう叫んだ瞬間、大釜の上から光輝く少女が降りてきた。肌は光輝き白く長い髪、瞳はソフィと同じく金色をしていた。しかし、どこか虚ろげで見えているのに存在感がまったく感じられない。ソフィは驚きながらも、拳を固め超過強化を発動させた。
「その子が人造の神!?」
「ふぉふぉふぉ……これは、その残骸よ。神を作る上で出来てしまった残り香。しかし、お前程度ならこれで十分じゃろう」
カタルフはニヤリと笑うと、上げた手を下ろして合図を送る。その合図にその少女が襲い掛かってきた。ソフィに向かって一気に駆け寄ると少し離れたところから跳躍、そして左足で飛び回し蹴りを放ってきた。
「くっ!」
そのあまりの速度に反応が遅れたソフィは、なんとかガントレットで蹴りを止めたがあまりの威力に吹き飛ばされてしまう。そのまま壁に衝突したソフィは瓦礫に埋もれてしまった。
「ふぉふぉふぉ、女神の化身と呼ばれていようが、所詮はその程度か……んんっ!?」
瓦礫の中から白く輝く鎖が飛び出てくると、少女をグルグル巻きにする。そして少女はグンッと瓦礫の方へ引っ張られた。次の瞬間瓦礫が跳ね上がり中からソフィが現れると、向かってくる少女に右拳を放った。
「ヤァァァァ!」
ソフィの拳がヒットすると少女は逆の壁まで吹っ飛び、ソフィと同じように瓦礫に埋まった。振り返ったカタロフが狼狽えながら叫ぶ。
「何をやられておるかぁ!?」
ソフィは殴った右拳を見つめてから、カタルフの方を向くと睨みつける。
「その子は何!? 触れた感じが人間のそれじゃなかったわ」
「当たり前じゃ。そいつは、あの娘に神を宿した際に溢れ出た神性をかき集めたものじゃ。さぁ立ち上がれっ!」
これまで戦ってきた合成獣やリビングアーマーも、この研究段階に発生した残骸なのだろう。そして、この少女も人の形をしているが人ではないのだ。ソフィは少し悲しそうな表情を浮かべていた。その瞳には憐れみにも似たものが宿っている。
次の瞬間、瓦礫が爆発したように弾け飛ぶと少女が飛び出してきた。
「おおおお、そうじゃ! その程度でやられるわけがない」
少女は無言のまま掌をソフィに向けると、光が収縮して閃光が奔った。ソフィが反射的に横に飛ぶと、後ろの壁が光に食われたように抉れている。次々と放たれる閃光にソフィは走りながら躱していく。
「くっ……このままじゃ」
閃光が掠めてソフィの左腕から鮮血が吹き出す。その痛みでソフィは覚悟を決めたのか、その場で立ち止まった。そして放たれた閃光に向かっていくと、右拳を繰り出しながら叫ぶ。
「モード:槍!」
聖印が輝きながらガントレットが変形していき穂先が閃光に対して射出される。その閃光は穂先を中心に、広がる水の如く拡散すると周辺を削り取っていく。その光景にカタルフは驚愕の声を漏らす。
「ば……馬鹿なっ!?」
「覚悟しなさいっ!」
ソフィが駆け出すために一歩踏み込むと、足元に転がっていた何かを蹴った。クルクルと回って大釜に当たったソレを見てソフィの顔が強張る。
「この弦楽器は……エリザちゃんの?」
そのリュートに掘られている十字と花模様に、かつてモルドアンクで別れた旅芸人の顔を思い出したのだった。




