第105話「ヴォルオン」
巨大な鎧は城門の脇にただ佇んでいた。馬車から降りたソフィが無防備に城門に近付いていくと、鎧からパラパラと土埃のような物が落ちてくる。ソフィが顔を上げると鎧は動き出しており、手にしたウォーハンマーを振り上げていた。
それを見ていたキースが不安そうに呟く。
「本当に嬢ちゃんだけで大丈夫なのか? 援護ぐらいしたほうが良くないか?」
「邪魔になるだけです。猊下を信じなさい」
きっぱりと答えるイサラの言葉にはソフィに対する確かな信頼があった。実際問題としてリビングアーマーやゴーレムは、かなり高い魔法耐性を備えていることが多いので、イサラたちでは足手まといになる可能性が高いのだ。
振り下ろされたウォーハンマーを超過強化を発動させながら躱すと、ソフィはウォーハンマーの柄に飛び乗って顔に向かって駆け上がっていく。
「モード:拳!」
肩まで駆け上がると、そのまま跳躍しながら顔に向かって右拳を繰り出した。鐘を付いたような激しい金属音と共に傾いていく巨体から、ソフィは身を翻して着地した。巨大な鎧は城門を破壊して崩れ落ちる。
「おぉ、やりやがったっ!」
「猊下、リビングアーマーはコアを壊さなければ起き上がりますよっ!」
鐘のような金属音から中身は空洞と悟ったイサラが叫ぶ。その言葉に頷いたソフィは、起き上がろうとするリビングアーマーを駆け上がると、顔を踏んで宙に舞い上がった。そして空中で翻ると、リビングアーマーに向かって右手を振って鎖を伸ばす。
「お願い、レリ君っ! モード:鞭」
伸びた鎖が鎧の首にグルグルと巻き付かせると、右拳を握り込みリビングアーマーに突き出した。
「モード:拳!」
急速に巻き取られる鎖に引っ張られ、雷のように加速したソフィの拳がリビングアーマーの胸部を貫いて着地した。かつてアンデッド・トロルを屠った一撃だが、あの時より威力が上がっており通常のモード:拳で抜けないような分厚い鎧をコアごと貫通していた。
コアを失ったリビングアーマーは身体を維持することが出来ず、ただの鉄屑としてバラバラと崩れていく。ソフィは半壊した城門の前まで来ると、イサラたちに向かって手を振る。それに応じてフィアナは手綱をしならせて馬車を進めると、そのまま城門の中に入っていった。
「さすがです、猊下」
イサラの称賛の言葉にソフィは微笑むことで返した。キースは信じられないと言った様子で首を横に振っている。本来であれば軍隊や熟練の冒険者がパーティを組んで、倒すような相手を一人で圧倒してしまうこの少女の力にに驚愕する他なかったのだ。
城門から入った場所は広場になっており、かつてはこの場所に多くの騎士が集っていたことだろう。一行は馬車から降りると、その場所に馬車や馬を繋ぐことにした。
「まずはどこから捜しますか?」
「そうだな。とりあえずあの扉から試してみるか」
キースが指差した方に顔を向けると大きな鉄製の門が見える。城館に続くかなり大きな門で、開けるのに何人も必要そうな程の門だった。
「……これは開きそうもないかな?」
鉄扉の前まできたソフィたちが押してみたが、予想通り内側に閂があるようでビクともしなかった。他に入り口はないかキョロキョロと見回していると、レオが何かを訴えるように吠え始めた。
「がぅがぅ!」
「どうしたの、レオ君?」
「ぐるるるる……」
レオが唸り始めると黒い角に小さな雷が発生している。ソフィたちが慌てて左右に別れて扉から離れると、レオはもう一吠えして雷撃を放った。
「ぐがぁぁ!」
雷撃によって扉が歪むと、雷はそのまま広がるように周辺の外壁を破壊していった。支えを失った扉がゆっくりと倒れていく。扉が壊れて中への道が繋がると、ソフィはレオを抱き上げて褒める。
「すごいよ、レオ君! さすがだねっ!」
「にゃふ~」
褒められたレオは頭をソフィの頬に擦り付けるようにして甘えている。キースとイサラは開かれた先を警戒しながら観察していた。
「何か潜んでるかもと思ったが、どうやら何もいないようだな」
「えぇ、さすがに気づかれているとは思いますが」
「とりあえず進んでみよう」
キースの言葉に一行は頷き、城館への侵入を開始するのだった。
◇◇◆◇◇
城館の中はしっかりと管理されているのか、廃墟とは思えないほど整っていた。先頭に斥候役のキース、その後ろにマリアとフィアナ、さらに後ろにソフィとレオ、最後尾にイサラといった隊列を組みながら廊下を進み部屋を一つずつ確認していく。
どの部屋も石造りで中には家具なども何もなかった。少なくとも生活感はまったく感じない部屋だった。隠れられる場所もなく部屋の確認はスムーズに進んでいく。
いくつかの部屋を検めたあと、一行の目の前に一際大きな扉が姿を現した。キースが目配せをするとイサラが頷いて扉の前で待機する。
「いくぞっ!」
キースが扉を思いっきり開けながら中に入ると、イサラはタイミングを合わせて中に侵入して周辺の確認をする。
「ここは……」
扉を開けた先は聖堂だった。長椅子が並んでおり正面には女神シルの石像が鎮座されている。差し込んでいる光に舞い上がった埃を照らして、厳かな雰囲気を感じる部屋だった。
しかし、その雰囲気に似つかわしくない強烈な臭いが漂っていた。聖女巡礼団の一行は一様に鼻を押さえていたが、キースだけは口端を上げて笑っている。
「この臭い忘れもしねぇぞ、あいつだ! 間違いないっ! どこだっ!?」
キースから溢れ出す殺気に、一行も気を引き締めて周辺を警戒する。しばらくしてカツンカツンと階段を登る音が聞こえてくると、一行は音が聞こえてきていた女神象の方を向いた。
「ふぉふぉふぉ、もう来たのか? 報告より随分と早かったな」
低いしゃがれた声に一行は身構える。どうやら女神像の前には下に向かう階段があるようで、一人の司祭服を着た老人が姿を現した。その顔を見たソフィが驚いて声を上げる。
「あ……貴方は、カタルフ司教っ!? なぜ、こんな所に?」
今から十年ほど前、先代大司教カトラス・エス・アルカディアが生きていたころ、カタルフはある罪により破門になり帝都を追われていた。そのため当時子供だったソフィも、彼の顔を覚えていたのだ。
「ふぉふぉふぉ、あの子供が今や大司教とは……随分と成長したものだ」
口調は穏やかなものだったが、目は決して笑っていないカタルフにイサラはソフィを守るように一歩前に出る。
「やはり貴方が絡んでいましたか……カタルフ元司教」
「フンッ、司祭如きが口の聞き方を……まぁよい、貴様ら何をしにきたのだ? ワシは研究に忙しいのだ」
カタルフは老齢とは思えぬ鋭い眼光でイサラを睨みつける。
「お前なんてどうでもいいっ! あの魔獣を出せっ! 黒くて翼が生えた豹みたいな奴だっ!」
キースが叫ぶとカタルフの眉が少しだけ動いた。そして興味深そうにキースの顔を見つめると、やがて納得したように頷く。
「その顔の傷……そうかお前らか、あの時カトラスの護衛についていたのは? ククク……面白い、面白いぞっ」
カタルフは一人で愉快そうに笑っているがキースは苛立ちを募らせ、イサラは目を細めてカタルフを睨みつける。
「その口ぶりだと、貴方があの襲撃を目論んだのですね?」
「そうだともっ! ワシじゃ、ワシのヴォルオンを使ってカトラスを襲わせたのじゃ。完璧な計画じゃったのに貴様らが邪魔してくれたがなぁ」
イサラとキースの二人に消えない傷を負わせ、仲間二人の命を奪った先代大司教襲撃事件、その首謀者が目の前にいた。イサラは反射的に炎の矢を放っていた。
しかし、その攻撃が届く前に空間を引き裂き一匹の獣が現れ、カタルフを守るように炎の矢を踏む潰した。
「なっ!?」
その獣は全身は真っ黒な体毛に覆われており、豹のような体に巨大な翼が生えている。尻尾は何本か生えており後ろでウネウネと動いている。
「ふははははは、その程度の攻撃がヴォルオンに通じるかぁ! さぁ感動の再会だぞ? ヴォルオンよ、そいつらを食い殺せっ」
「グルゥゥゥゥゥゥ……!」
ヴォルオンと呼ばれた魔獣は、イサラたちに向かって威嚇するように唸り声を上げるのだった。




